ムスターファの話、そして邂逅
とにかく楽しんで書いています。ご一緒に楽しんで頂ければ幸いです。
「俺がこの砂漠の街シャーキーナの出身だということはさっき話したな。じつはシャーキーナには古い言い伝えがある」
そう前置きをして、ムスターファが一行に語ったのは、次のような話だった。
現在コーサラ砂漠と呼ばれている地域は、今からおよそ二千年前には、今よりもずっと肥沃な土地で、コーサラ王国という古代王国の治める領地であった。
しかし、歴代のコーサラの王は残忍で、領民はいつも奴隷のように扱われて来た。
ある時、それに憤って反乱軍を指揮する英雄が現れた。
その英雄はイブラヒームという名のシャーキーナ族の青年であった。
そしてイブラヒームは、コーサラ王国の強大な軍隊に対抗するために古の秘法を用いて一体の精霊を呼び出した。
その精霊の名はグレモリーであった。
イブラヒームはグレモリーの力を得て、コーサラ王国に十の災いを下して滅亡させてしまった。
その災いによって、コーサラ王国の領地は一気に砂漠化してしまったのだという。
戦いは終わり、イブラヒームはグレモリーの力で砂漠をもとの肥沃な土地に戻そうとするが、聖霊の啓示を受けてそれを思いとどまる。
もし砂漠が肥沃な土地に戻れば、人々はその利権を求めて再び争いを起こすであろう。
だから過酷な砂漠で、皆で協力して暮らすことの方がコーサラの民にとっては幸福なのだ。
それが聖霊の啓示であった。
イブラヒームはその啓示が正しいことを悟り、人々もその啓示を受け入れて、コーサラの人々は砂漠の民として生きるようになったのだという。
ところでグレモリーは美しい女の姿をした精霊で、イブラヒームはグレモリーに恋をしてしまう。
グレモリーもまたイブラヒームを愛するようになり、二人は協力して砂漠の民をあらゆる外敵から守護するようになったが、やがていよいよ、イブラヒームの寿命が尽きる時がやって来た。
イブラヒームは最後に、グレモリーに願った。
自分がこの世を去った後も、砂漠の民を永遠に守り続けて欲しいと。
グレモリーはその願いを聞き入れて、砂漠の民の守り神となった。
しかし、人々は時の流れとともにグレモリーのことを忘れてしまった。
やがて、グレモリーもまた砂漠の底で眠りについたが、その後も砂漠の民に危機が訪れる時には必ず目覚めて、砂漠の民を救った。
そして、グレモリーが地上に現われる時には必ず、イブラヒームと同じシャーキーナ族の青年を契約者として選ぶのだという。
「俺は幼い時からこの言い伝えを聞いて育ち、いつかは自分もグレモリーの契約者になりたいと夢見ていたんだ」
ムスターファは、今もまだ夢を見ているような声で、そう締めくくった。
「まさかその夢のために、おまえはこの砂漠で一生を費やすつもりだという訳じゃないだろうな?」
グィードが真剣に尋ねた。
「なあグィード、これは単なる夢の話じゃない、現実の話なんだ」
ムスターファがそう言った時、ムスターファの二本の三日月刀が鞘の中で光を放った。
次の瞬間、一行の目の前には、三日月がそのまま人の姿を取ったように美しいひとりの女が立っていた。
「初めまして、偉大な英雄とそのご一行よ。私の名はグレモリー。このコーサラ砂漠の守護神であると自任する者です」
その美しい女は、一行に向って微笑みながらそう言った。
その肌は透き通るように白く、瞳は紫水晶、髪は美しい白金色をしていた。
アーシェラもまた美しいが、グレモリーの美しさは、どちらかと言えばウァサゴの美しさに似た妖しさを秘めていた。
「まさか」
辛うじてディオゲネスだけが、そう口にした。
その他の者は圧倒されて、声を出すこともできなかった。
その時、レーナの荷物袋から黒猫がぴょんと飛び出し、人の姿を取った。
「久しぶりですねぇグレモリー、以前会ったのは何千年前でしたかね?ウァサゴです。私のことを覚えていますか?」
ウァサゴはグレモリーをからかうように笑った。
今度は驚くのはムスターファの方であった。
まさかグレモリー以外の精霊に自分が出会うことになるとは、予想もしていないことであった。
「ウァサゴ?ああ、確かそんな名前の精霊がいたことは覚えているわ。でも、あなたはもうこちらにはいないのかと思っていたわ。いつこちらに戻ったのかしら?」
グレモリーがそう聞き返した。
「ごく最近のことです。ごく最近」とウァサゴ。
「あらそう。まあどちらでもいいことだけど」とグレモリー。
人間たちはただ呆然と二人のやり取りを見守ることしかできない。
「まさか二体の精霊を同時に目の前にすることがあるとは」
ディオゲネスは感極まったように、なんとか口に出した。
「ところで先程の話では、あなたが地上に現れるのは砂漠の民の危機の時だけのようですが、今回はいったいどのような危機のために現れたのですか?」
ウァサゴがグレモリーに尋ねた。
「さあ、それは私にもわからないの。ただなんとなくそういう決まりになっているらしい、ということなの」
グレモリーは突然なにも知らない少女のような答え方をした。
「どういうことでしょう?」
「つまり、この二千年余りの間、私が自分の意思で目覚めて地上に現れたことは一度もないの。私はただ目覚めると、その時代のシャーキーナ族の中で、私のイブラヒームの因子を最も強く持った者に恋をするの。すると彼らは私の加護を受けて、砂漠の民の危機を救ってしまうの」
グレモリーの恋をするのという言葉に、一同は一瞬声を失った。
「それではただの色ボケばばあではないですか」
ウァサゴが無表情で言った。
それを聞いてグレモリーは青筋を立てて怒った。
「色ボケばばあとはなによ!色ボケばばあとは!私は恋するオトメなの!オトメ!」
そのやり取りを聞いてムスターファが、さすがに気まずそうに頭を掻いた。
「ねえアーシェラ、精霊ってのは、みんなこんな風に思い込みが激しいというか、あんな感じなのかなぁ?」
ヒューゴがアーシェラに尋ねた。
ヒューゴはウァサゴが、スカーレットのことを私のスカーレット、グィードのことを婿どの、ヒューゴのことは我が孫と呼ぶことを言っているのだとアーシェラにもわかった。
「さあ、私も精霊の専門家という訳ではないから」
「とにかく、今回グレモリーがなんのために目覚めたのかは、まだわからないということだな」
グィードが一応話をまとめた。
「ああ。だがいずれにせよ、今回、砂漠の民の危機を救うのは俺だということだけは確かだ!」
ムスターファは、それだけは語気を強めて強調した。
グィードが振り返ると、グレモリーとウァサゴの不毛なやり取りはまだ続いていた。
「やれやれだ」
グィードが一行を振り返って首を振る。
一行は二体の精霊をその場に残して、迷宮の探索を続けることにした。




