マガダン遺跡
これから物語が大きく動きます。よろしくお付き合いください。
一行がパンカーダ村の酒場、砂漠の薔薇で食事をしている時、黒猫はいつものようにレーナの荷物袋の中から一行を観察していた。
グィードは、一行から少し離れた席に一人で座っている男が気になっている様子であった。
黒猫もその男を観察した。
「ほう」
黒猫はその男の中に強い力と運命と、もう一つの興味深い存在を感じ取った。
これはヒューゴのうちに働く自身の加護、名も無き英雄たちの新たな能力、英雄の絆の効果であることを黒猫は確信した。
偉大な英雄のもとには力ある者が自然に集まるものだ。
そして、力ある者は例外なく、ただ強い力だけでなく強い運命をも持っているものなのである。
これは面白いことになって来た。
果たして、この男の中の存在は自分の存在にも気づいているだろうかと黒猫は考えた。
そして、恐らく気づいているだろうと結論した。
「さあ、ここがマガダン遺跡だ。そしてあの中央に入口がある迷宮が、武装した邪妖精どもの根城だと噂されている」
マガダン遺跡に到着するとムスターファが一行に説明した。
「よし、それじゃあ早速探索するとしよう」
そう言って、グィードがラクダの背から降りた。
一同もそれに従う。
ムスターファは、手慣れた様子で一同のラクダを遺跡の一画にある朽ち果てた石の柱に繋いだ。
いつものようにディオゲネスが、一同に猫の目を付与する。
一行の先頭にはムスターファが進む。
ムスターファは何度かこの迷宮を探索したことがあったので、構造が頭に入っていた。
しかしムスターファは、すぐに異変に気付いた。
「以前には無かった横道が増えている。こいつはいきなり本命で、間違いないかも知れないなぁ」
そう言いつつムスターファは、すぐ左手から延びる一番手前の分岐を迷わず進んだ。
魔物の気配があった。
迷宮の通路は大人五人が横に広がって歩けるほどの十分な広さを持っていた。
最前列をムスターファとアルフォンスとグィードが固める。
二列目にヒューゴとレーナとスオウ、最後列にディオゲネスとアーシェラが進む。
一行の前方から武装したゴブリンの群れが現れた。
通路の先が見通せないほどの夥しい大群であった。
グィードは一瞬、ムスターファの方を見るが慌てた様子はまったくない。
グィードが新生した愛剣、黒い虹を抜き、構える。
ムスターファも腰から二本の三日月刀を抜いた。
アルフォンスもまた大剣を構える
ディオゲネスは完全強化魔法、夢見る兵士をパーティー全体に施した。
一同の全身と武器が、青白い光に包まれる。
ムスターファにとっては初めての経験であったが、自分の身に何が起きたのかを、すぐに理解したようであった。
ディオゲネスを振り返り、ニヤリと笑う。
グイードには、ムスターファの戦いを観察する余裕が充分にあった。
ムスターファはグィードの見立て通り剣舞闘士で間違いなかったようだ。
両手の剣を変幻自在に操り、ゴブリンどもを次々と葬っていく。
遺跡までの移動中に、グィードが忠告した通り、鎧の繋ぎ目や頸を正確に斬り付けている。
ゴブリンの傷口から、どす黒い血液が迸り、致命傷を受けたものから順に雲散霧消して行く。
グィードの新生した愛剣の切れ味は素晴らしかった。
試しにグィードが、剣をゴブリンの脳天からまっすぐに振り下ろすと、ゴブリンの身体は、強化されたコボルダイトの兜もろとも真っ二つに割れた。
試し斬りが終わると、グィードはいつものように相手の急所を正確に狙って斬り付ける。
五体を同時に葬る程度のことは、今のグィードにとっては児戯に等しかった。
アルフォンスも大剣を軽々と振り回す。
横並びのゴブリンどもの首が、一気に三つ飛んだ。
最前列の三人が敵の群れを斬り裂いて奥へと入り込む。
ヒューゴもすでに愛剣、願望を抜いている。
「王殺し!!」
|ヒューゴの手の中で愛剣の剣身が巨大化し、二体のゴブリンの胴体を鎧ごと真横に斬り裂く。
レーナの心臓を一突きは、改めて名付けられたことによって聖霊の加護を受け、明らかに成長していた。
スオウもまた、ディオゲネスの強化魔法を初めて経験していた。
まるで鬼人化した時のように全身に力が溢れるのを感じ、仲間と協力して戦うのも悪くはないと思う。
鬼功法・零式の構えを取る。
スオウの身体能力がさらに強化される。
スオウの脳裏に、今の状態ならばグレンやクレナイにも勝るのではないかという思いが一瞬過る。
しかし次の瞬間には、あの鬼人化した二人の圧倒的な力を思い起こし、その考えを打ち消す。
まだまだ甘い。
しかし、今目の前にいるゴブリン程度であれば、自分一人でも瞬く間に殲滅できる自信があった。
そしてスオウは、その考えを実行に移す。
スオウの抜き手はコボルダイトの鎧を軽々と貫通した。
手刀は兜を割り、頭蓋骨を陥没させる。
蹴りを放つと、ゴブリンどもの身体が鎧ごとひしゃげた。
スオウが掌底を放つと、一体のゴブリンが後ろの三体を道連れにして吹き飛んだ。
迷宮に入って最初の戦闘は間もなく片付いた。
一行の驚くべき強さを目の当たりにして、ムスターファが率直に訪ねた。
「おまえたちはいったい何者なんだ?」
「言い忘れていたが、俺たちは偉大な英雄とその一行なんだ」
グィードがお道化た調子で答えた。
ムスターファが思わず吹き出す。
「そうか、偉大な英雄か」
ムスターファも、それ以上はなにも聞かない。
頭ではなく、ムスターファの心が納得したのだろう。
代わりにムスターファは、別の疑問を口にした。
「それにしても、以前ここに来た時には、あんな奴らは影も形もなかった。まだ二月と経っていないのに、いったいあいつらはどこから湧き出して来たって言うんだ?」
「湧き出して来たというのは言い得て妙です。実際奴らは、地の底から湧き出して来たのだと私は考えています」
ディオゲネスが答えた。
「地の底?地下世界というやつか?」
グィードが訪ねた。
「ええ、この際ですからムスターファにもお話ししますが、」
そう言ってディオゲネスが一同を眺めると、皆がそれに同意したのがわかった。
「じつは私たちは、魔王の復活が近いのではないかと考えています」
「魔王の復活だって?そいつは穏やかじゃないな」
そう言いつつもムスターファには、どこか余裕のようなものを感じる。
それからディオゲネスは、偉大なるネズミの王やコボルトの王の伝説、コボルダイトのことまでを詳しく説明した。
「そいつは確かに、かなり緊迫した状況だな」
「だからこそ私たちは、今回のコーサラ砂漠の探索で、少なくとも偉大なるネズミの王かコボルトの王のどちらかを発見して、討伐したいと考えています」
ディオゲネスが、きっぱりとした調子で宣言した。
それは、今朝オーデンセからパンカーダに向かう道々で、一行が話し合ってきたことであった。
「そうか、わかった。それなら俺もそのつもりで、覚悟を決めなければならないな」
ムスターファが、冷静にすべてを受け止めるように、落ち着いてそう答えた。
「ところでムスターファ、おまえも只者じゃないようだが。こう言っちゃなんだが、おまえほどの腕を持つ奴が、こんなところで燻っている理由は何なんだ?」
グィードが率直に尋ねた。
「ふっ、燻っているか、なかなか痛い所を突くな。だが俺は、自分のことを燻っているとは思っていない。俺の全生涯を掛けた使命は、この砂漠の平和を守ることだと思っているからな」
ムスターファは、それを心からの誇りとしているかのように、堂々と宣言した。
「全生涯を掛けて?いったいなにがおまえを、そこまで思い詰めさせているんだ?」
グィードが問いを重ねた。
「そうだな、おまえたちとあの店で会ったのも決して偶然ではなく、創造主と聖霊のお導きだと、俺は思っている。ここまで来たら俺の話も、おまえらに全部話しておこうか」
そう言って、ムスターファは自分の身の上話を始めた。




