双刀の剣舞闘士ムスターファ
またまたQUEENの名曲からムスターファ登場です。ぜひこれから大活躍させたいと思います。
翌朝一行は、宿で朝食を済ますと、まずはグィードの剣を取りにヴォルカスの店に向かった。
出来上がった剣を見て、グィードは鳥肌が立つのを感じた。
剣の形にはほとんど代わりがなかったが、剣身の色は以前よりも深い漆黒となり、鏡のようにグードの顔を映していた。
さらに、黒光りする剣身に窓から射し込む朝日が反射して、一瞬虹色に輝くのをグィードは目撃した。
柄と鍔には、以前には無かった特別な意匠が施され、その意匠が魔力を発揮していることは明らかであった。
「やれやれ、昨夜は久しぶりに徹夜をしたわい」
そう言ったヴォルカスの顔には、大仕事を成し遂げたという達成感が滲み出ていた。
「これはもう前の剣とはまったく別物だな。黒い幻影は消え去って、黒い虹が現れやがった」
こうしてグィードの愛剣は黒い幻影から黒い虹に進化したのであった。
それから一行は、ヴォルカスと再会の約束を交わし、改めて旅の準備を整えると、早速街の南門からコーサラ砂漠へと出発した。
スオウは不要だと言い張ったが、一行はスオウのために馬を一頭調達した。
乗馬は生まれて初めてだと言っていたが、アーシェラが簡単に指導をするとスオウの乗馬の腕は驚くほど早く上達した。
スオウも、そのなんとも言えない疾走感を気に入ったようだった。
そうして一行は、昼過ぎにはパンカーダ村に辿り着いた。
村に到着する少し前から、景色は急激に荒涼とし、植物相も変化していた。
この大陸では地域によって、気候が一気に変化することがある。
それは創世神話に記された魔王と神々の戦いによる天変地異によるものであると言われているが、高位の魔術師たちによれば、この大陸では気候を司る四大精霊の力が、別の何らかの力によって乱され、混乱させられているのだと言う。
因みに四大精霊とは、エルフたちが召喚する精霊の根源となる上位の霊的な存在であり、創世神話によれば神々と共に創造主によって原初に創造された、通常の被造物とは区別される存在である。
いずれにせよ、その過酷な自然環境もまた、大陸が呪われた大陸と呼ばれる由縁の一つである。
コーサラ砂漠の北端に位置するパンカーダ村は、人口的にはグレンナと同程度の田舎の村という印象であったが、森と砂漠では人々の服装や家の造りなどもまったく異なり、ヒューゴやレーナにとっては物珍しいもので溢れていた。
また、それはグレナリオ山脈からほとんど出たことの無かったスオウにとっても同様で、特に三人の目を引いたのはラクダであった。
スオウは、今朝までは馬に乗ることも固辞していたというのに、今や早くラクダに乗ってみたくて仕方ないようであった。
グィードやアルフォンスたちは、スオウが一行との旅を思いの外楽しんでいるようで安心した。
一行はパンカーダに入ると、まずは馬を預け、ラクダの他にコーサラ砂漠一帯の地図を購入した。
その地図はなかなかの優れもので、現存が確認されている遺跡や水場やオアシスの位置が事細かに記されていた。
そして地図を買った雑貨店の主人は、とにかく巨大サンドワームと巨大アリジゴクには気を付けろと忠告を付け加えた。
一行を砂漠の初心者と看做してのサービスだったのであろう。
だが、グィードとアルフォンスたち三人は、砂漠の旅自体は初めてではなかった。
グィードは若かりし頃、世界中を旅した時、幾つかの砂漠地帯を経験していたし、アルフォンスたちは大陸南部にあるパルミナ砂漠を探索した経験があった。
ひと通り買い物が済むと、一行は酒場で少し遅めの昼食を取った。
酒場の名前は砂漠の薔薇と言った。
グィードは砂漠の薔薇の店内で一人の気になる男を見つけた。
悠々と空を飛ぶ鷹を思わせるような雰囲気を持つ、冒険者風の男であった。
その男が、かなりの腕を持つ冒険者であることをグィードは直感した。
そうしてしばらく男を観察していると、男の方もグィードに気付き、目が合った。
男がニヤリと笑い、席から立ち上がったかと思うと、悠然とグィードたち一行に近付いてきた。
男は腰の両脇に二本の三日月刀を佩いていた。
それを見てグィードは男の職業を理解した。
剣舞闘士、それは三日月刀を用いた剣舞と呼ばれる特殊な戦闘技能を操る、非常に稀有な剣士の上級職であった。
そして、グィードが二刀流の剣舞闘士と出会うのは、これが生涯で二度目のことであった。
じつはグィードが万魔殿の死闘の最中に完成させた死神の大鎌・狂詩曲は、かつてグィードが出会った、その二刀流の剣舞闘士の技を参考にしたものでもあったのだ。
男はグィードの目の前まで来ると、改めてニヤリと笑い、声を掛けてきた。
「コーサラ砂漠へは初めてやって来たのかい?」
年齢は恐らく三十代の半ばというところであろうか、余裕のある鷹揚な話し方であった。
「ああ、オーデンセから、さっき着いたばかりだ」
グィードが答える。
「俺はムスターファと言う者で、この砂漠のガイドをしているんだが、俺を雇ってみる気はないか?」
グィードがアルフォンスとディオゲネスを一瞥すると、二人は頷いた。
「丁度、腕のいいガイドを探していたところなんだ。宜しく頼む。俺はグィードだ」
「条件も聞かずに即決とは、気に入った。任せてくれ。それでグィード、あんたたちは何を求めてコーサラにやって来たんだ?」
それから一行は、各自自己紹介を済ませ、事情を説明した。
「そう言えば最近、旅人や冒険者が魔物に襲われて、攫われる事件が多発しているとは聞いていたが、まさか、オーデンセの街でそんなことが起きていたとはなぁ」
そう言って、ムスターファは驚いているようではあったが、不安を感じているような様子はまったくなかった。
鷹揚という言葉は、この男のためにあるような言葉だとグィードは考えていた。
「突然のことで俺たちも驚いているんだが、何か手掛かりを知らないか?」
「手掛かりと言えるかどうかはわからんが、じつはこの辺りにも、最近武装した邪妖精どもがよく目撃されるようになったんだが、どうやらそいつらは、ある遺跡を根城にしているようだという噂がある」
「それはかなりの手掛かりだ」
アルフォンスが答える。
「そうか、それならまずは、その遺跡まで案内するとしよう」
それから一行はムスターファの案内で、早速パンカーダの南西にあるという、その遺跡に向かった。
「そこはどういう遺跡なんですか?」
ラクダでの旅を続けながらディオゲネスがムスターファに尋ねた。
「ああ、かつてそこにはマガダンという小国があったと言われている。それがコーサラ王国に滅ぼされたという話なんだが、まあ、二千年以上も前の話だからな、確かなことはわからん」
「そうですか。それにしても流石は砂漠のガイドを名乗るだけはありますね。そんな小国の名前は王都の王立図書館でも目にしたことはありませんでした。まあ、もともと王都では魔王戦役以前のことは、お伽噺や伝説のようなことしか知ることができないのですが」
ディオゲネスが訝しむように嘆いた。
「そうか、ディオゲネスは本を読むのか。俺はそれこそ、お伽噺や伝説を村の年寄りから聞いて育ったんだ」
「ムスターファは、もともとコーサラ砂漠の生まれなのか?」
グィードが尋ねた。
「ああ、マガダン遺跡から、さらに南に進んだシャーキーナという村の出だ」
「そうか、では後でその村にも寄ってみよう」
グィードが言った。
「そうだな、俺もしばらく帰っていない。そうしてもらえると嬉しい」
ムスターファは心から嬉しそうに答えた。
そうしてしばらく進むと、一行の目にマガダン遺跡が見えてきた。
かつてはそこに巨大な石造りの街があったことが、一行には一目見てわかった。
そして遺跡の中央には、いかにも地下道に繋がっていそうな暗い空洞が、朽ち果てた石造りの建物の間に、大きく口を開けていた。




