オーデンセの夜
一行はギルドを出ると、まずはヴォルカスの店に立ち寄った。
西の空には美しい夕焼けが広がっていた。
市街地から離れた街外れに位置するためか、店の周辺の被害は少くて済んだようであった。
店に入ると、すぐにヴォルカスがカウンター奥の扉から現れて一行を出迎えた。
「こんな寂れた店に良く来る奴等じゃ。少し外が騒がしかったようじゃが、街でなにかあったのか?」
驚くべきことに、ヴォルカスはゴブリンどもの襲撃に気付いていなかったらしい。
アルフォンスが事情を説明すると一瞬驚いたようではあったが、すぐに気を取り直して言った。
「じつはおまえさんたちが店に来てからは、ほとんど工房に籠っているんじゃ。客が来ればわかる仕組みにはなっているんじゃが、おまえさんたち以外の客なんて、ほとんど来ないからなぁ」
それを聞いて一行は呆れるとともに、ヴォルカスの新作を楽しみに感じた。
「それにしてもじゃ、そのゴブリンの装備というのが気になるな」
「そう仰ると思って標本をお持ちしましたよ、巨匠」
そう言ってディオゲネスはローブのポケットから金属片を取り出した。
先程グィードとアルフォンスが撃破したゴブリンのものを、いつの間にか採取していたのである。
ディオゲネスは探求者として、自らも武具創作を行う者でもあったので、ヴォルカスを心から敬っていた。
「なかなか気が利くなぁ、ディオゲネス」
「巨匠に名前を覚えて頂けるとは光栄です」
ディオゲネスは恭しく答える。
ヴォルカスは金属片を受け取り、ルーペを装着した。
それからヴォルカスは、しばらく金属片を観察した後で、一行に向き直って言った。
「これはかなり純度の高いコボルダイトじゃな。まだまだ完璧とまでは言えないが、通常の鋼に比べれば遥かに高い硬度を持っておるうえに、魔力にも高い耐性を持っておるはずじゃ」
「そうですか。それではすでにコボルトの王は復活していると見て、間違いなさそうですね」
ディオゲネスは一行に向けて言った。
「コボルトの王か、鍛冶屋としては一度会って話でもしてみたいもんじゃな」
ヴォルカスが、どこまで本気なのか解らないようなことを口にした。
「ところでヴォルカス、ひとつお願いしたい仕事があるんだが」
グィードが言った。
「なんじゃ?」
「俺の剣を、明日の朝までに打ち直して欲しいんだ」
「なんじゃと?新しい剣をではなく、打ち直して欲しいじゃと?」
「ああ、俺の剣はちょっと特殊な素材でできているんでな。そう簡単に替えが利かないんだ」
「どれ、ひとつ見せてみろ」
そう言われて、グィードは愛剣黒い幻影を鞘ごとカウンターに置いた。
ヴォルカスがゆっくりと剣を鞘から抜いた。
その黒い剣身を見て、ヴォルカスの目が一瞬、驚いたように見開かれた。
「まさか、黒狼石か?」
「ああ、よく見抜いたな。さすがだ」
黒狼石とはオリハルコンに並ぶ伝説的な金属の名であり、ヴォルカスも実際にそれを見るのは初めてのことであった。
「これをどこで手に入れたんじゃ?」
「剣自体は王都の鍛冶師、クレニオに依頼して俺が作らせたんだ。その昔にな」
「クレニオの名は聞いたことがある。人間にしてはなかなかの腕だと聞いておる。じゃが、黒狼石を製錬できるとは聞いておらん。そもそもそんな者が、この時代に存在している訳がないんじゃ」
「ああ、だからその剣はもともと、打ち直されたものなんだ」
「どういうことじゃ?」
「じつは俺は昔、深淵の牢獄を探索したことがあるんだが、そこで一本の折れた槍を見つけたんだ」
「まさか、その槍が黒狼石で、できておったのか?」
「ああ、俺もそのことまでは知らなかったんだけどな、黒い金属の槍なんて珍しいだろ?だから持って帰ったんだ。それでクレニオの奴に見せたら、彼奴もかなり魂消やがったな」
「なんとも信じられんわい」
「だが、実物が目の前にあるんだ。信じるしかないんじゃないか?」
「まあそうじゃな」
「それで、今まではこれで満足していたんだけどな。いよいよコボルトの王だとかコボルダイトだとかが出てきたからな。俺もそろそろグレードアップしなけりゃならないんじゃないかと思ってよ。どうだ頼めるか?」
「グレードアップか?面白い」
ヴォルカスは不敵に笑った。
「良かろう。わしがこの剣を最強の剣に鍛え直してやろう!」
「そうか、引き受けてくれるか?では頼むぜ、ヴォルカス」
「ところで、その黒い槍の話じゃがな。それをおまえさんが深淵の牢獄で見つけたと言うなら、その槍の名は恐らく、竜殺しに違いない」
それを聞いて、ディオゲネスは思わず叫んだ。
「まさか、それは英雄王アルバートが用いたと言われる十二の武器のひとつではないですか!」
「英雄王の?そいつは初耳だな。では俺の愛剣は、文字通り伝説級ということになるなぁ。いよいよ偉大な英雄の父親に相応しいじゃねぇか!」
グィードはそう言って、高笑いをした。
それから一行は、街の宿屋炎の蛙に向かった。
ところで炎の蛙は、今となっては不吉な名前のような気もするが、外壁の一部が焼け焦げた程度で営業に問題はなかった。
店主は名前に護られたのだと、なにやら迷信深いことを話していた。
とは言え、あんなことがあった後ということもあり、一階の酒場を利用する客は少く、ちらほら見える客たちも、一様に不安そうな顔をしていた。
一行が食事をしながら今後の予定を話し合っていると、聞き覚えのある声で呼び掛けられた。
「グィードさん、アルフォンスさん、私たちもご一緒してよろしいですか?」
それはハインツたち一行であった。
「おう、おまえたちか。その後の調子はどうだ?」
グィードが、気安くそう答えながら席を勧めた。
ひとつのテーブルでは席が足りなかったので、ハインツたちが隣の空いたテーブルを移動して並べた。
「襲撃の時、ハインツたちはどうしていたんだ」
アルフォンスが気遣わしげに尋ねた。
「はい、私たちはあれから東の街道の警備の依頼を受けて街道周辺を巡回していたのですが、突然街から黒い煙が立ち上るのを見て、すぐに街に駆け付けたんです。そうしたらゴブリンどもが大暴れしていて、私たちも何とか対抗したのですが、自分たちの身を守るのが精一杯でした」
ハインツがそう答えた。
「そうか、だが無事でよかった」
アルフォンスが、その無事を心から喜ぶように言った。
それから一行は、ハインツたちにコーサラ砂漠について、詳しく聞くことにした。
ハインツたちは、さすがにオーデンセを中心に活動している冒険者らしく、コーサラ砂漠の歴史や遺跡について、ある程度の知識を持ち合わせていた。
ハインツたちの話を整理すると、次のようなものであった。
コーサラ砂漠とはオーデンセから南へ、乗馬で半日ほどの距離から広がる砂漠地帯である。
その北端にはパンカーダという村があり、オーデンセからの旅人は大抵その村でラクダに乗り換えて旅をするという。
砂漠には、今からおよそ二千年ほど前に滅びたと言われるコーサラ王国の遺跡が点在しており、一部の冒険者たちが古代の夢を追い求めて遺跡を探索するが、多くの遺跡はすでに盗掘された後であり、中には魔物や盗賊の住処となっているものも少なくないという。
この場合の盗賊とは、当然、冒険者としての盗賊ではなく、文字通りの盗賊、すなわち無法者、ならず者の集団のことである。
ハインツたちは一度だけ、盗賊退治の依頼を受けて砂漠を探索したことがあった。
結果、盗賊は無事退治できたが、なれない砂漠の旅で道に迷い、遭難しかかったという苦い思い出も語った。
食事を終えると一行は、ハインツたちとお互いの無事を祈り合って別れると、二階の客室に移動した。
アーシェラとレーナは寝室が別なのだが、もうしばらく話し合いをするために一室に集まっていた。
そこで、ギルドの会議室では黙っていたディオゲネスが、コーサラ王国の歴史について、王都の王立図書館で読んだ、興味深い話を一行に語った。
「じつはコーサラ王国は、ある精霊の呪いによって滅びたと伝えられています」
それを聞いたグィードたち一行は、一斉にレーナの荷物袋を見つめた。
すると黒猫がそこから飛び出して、人間の姿に変わった。
「私ではありませんよ」
そう述べてから美しい笑顔を浮かべる。
「でも、精霊は人間に危害を加えないんじゃなかった?」
ヒューゴが言った。
「ええ、ですからその言い伝えが、まったく正しいとは私も思いませんが、少なくともコーサラ王国と精霊は、なにか深い繋がりがあったのではないかと思うのです」
「深い繋がりって?」
ヒューゴが興味津々で尋ねた。
「さあ、そこまでは。ウァサゴは何か知りませんか?」
「そうですね。一言で精霊とは言っても性格は様々ですからね。それに私たちはお互いに干渉し合うことを極力避けるという暗黙のルールがあるのです」
「なぜなの?」
レーナが聞いた。
「それは精霊たちの力があまりにも強力だから、もしちょっとしたことで衝突が起きて、互いに争うことにでもなったら、人間の世界に大きな被害が出る可能性があるからよ」
そう答えたのはアーシェラであった。
それを聞いてウァサゴは、美しい笑顔を浮かべたまま深く頷いた。
「そういえば、昔この辺りに砂漠の悪魔と呼ばれた精霊がいたと聞いたことがあります」
ウァサゴが思い出したように口にした。
「精霊なのに悪魔と呼ばれてたの?」
ヒューゴが訪ねる。
「ええ、アーシェラが仰った通り、私たちの力は強すぎるのです。それで人間たちは時々、私たちを恐れて、悪魔のようなものと勘違いしてしまうようです。悲しいかなスカーレットとグィードでさえ、私をそのような存在と誤解していたようですし。反対に、神々のように崇められている者も稀に存在します」
「そうなんだ。ウァサゴもいろいろ苦労しているんだね」
ヒューゴが納得するように言った。
するとディオゲネスが、ヒューゴを諭すように言った。
「それも仕方のないことでしょう。なぜなら普通の人間は、精霊に出会う機会など一度もなく、その生涯を終えて行くのですから」
「それでは私たちは幸運だったのね」
レーナがウァサゴの方を見ながら言った。
「そう言っていただけると幸いです」
ウァサゴは恭しくお辞儀をした。
「参考までに聞くが、その砂漠の悪魔と呼ばれた精霊の名前はなんて言うんだ?」
「確か、グレモリーだったかと」
その名前を聞いた瞬間、一同は心の奥に運命的なものを感じたが、誰もそれを口には出さなかった。
オーデンセの夜が更けていった。




