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オーデンセ炎上

新章の開幕です。何卒お付き合い下さい。

 万魔殿パンデモニウムの死闘から一夜明けて、一行はスオウをパーティーに加え、人鬼の里から、再びオーデンセへ向けて出発することになった。

 目的は、多発する魔物による連続拉致事件と、グレンナ山脈に突如現われた謎の古城の影について、調査した結果をオーデンセの冒険者ギルド支部長(ギルドマスター)ハンネスに報告するためであった。

 昨夜の夕食の席で旅立ちの話がまとまっていたことに加え、なにかあった時にはすぐに里に帰ることができるように、恒久的に効果を持つ時空の扉(ザ・ドアーズ)を里の敷地内に一つ設置したこともあり、人鬼たちの見送りは、あっさりしたものとなった。

 もともと湿っぽいことを好まない性質の上に、人間に比べて遥かに長い寿命を持つ人鬼たちは、ほんの数年の別れを、あまり大きな事とは受け止めていないということも、その理由であったかもしれない。

 いずれにせよ一行は、朝早くに里を出発し、今は先日も一行が旅した、あの街道を西ヘ進み、オーデンセまであと一時間ほどのところまで来ていた。

 ウァサゴは黒猫の姿で、もはや習慣のようにレーナの荷物袋の中に収まり、スオウは自力で走り、その他の者は馬を駆っていた。

 その時グィードは、進行方向から漂ってくる、焦げ臭い空気に気付いた。

 グィードは嫌な予感がした。

 さらに進むと、オーデンセの街から黒煙が昇っているのが、一行の目に確認できた。

 「街が燃えている。いったいなにが起こっているんだ」 

 ヒューゴの口から動揺を隠しきれない声が漏れた。

 「街が魔物に襲われているんだ」

 アルフォンスが答えた。

 「急ぐぞ!」

 そう言ってグィードは、乗馬の腹を蹴った。

 グィードの乗馬が一気に速度を上げた。

 一行もそれに続く。

 以前訪れた時には街の門を守っていた守衛の姿もそこにはなかった。

 一行は騎乗したまま街中に入り込む。

 街の至る所から火の手が上がっていた。

 グィードはすぐに、街の南側に撤退する魔物の群れの姿を認めた。

 それは武装を整えたゴブリンの群れであった。

 「こっちだ!」

 グィードが馬首をめぐらして、その群れの追跡を始める。

 一行がグィードを追う。

 グィードは追跡しながら、群れの前方に穀物用の麻袋のようなものを抱えた一群がいることに気付いた。

 そしてその麻袋は、まるでそれ自体が生きているかのように、もぞもぞと動いているのを見て取った。

 「奴ら、街の住民を(さら)っていやがる!」 

 グィードが叫ぶ。

 「十の戒め(テンコマンドメンツ)!!」

 ディオゲネスが馬を駆りながら、前方のゴブリンの群れに向って右手を翳して唱える。

 群れの中の十体が突然動きを止め、それに巻き込まれる形で数十体のゴブリンが転倒する。

 しかし麻袋を抱えたゴブリンは、その中にはいなかった。

 十の戒め(テンコマンドメンツ)の射程が、そこまでは届かなかったのだ。

 グィードの乗馬は転倒した群れを飛び越えて追跡を続ける。

 先行するゴブリンの群れが町の南門を潜った。

 そしてその先に、すでに多くのゴブリンの群れを呑み込んでいる時空の歪みをグィードは見た。

 「ちくしょう!」

 グィードは叫びながら手綱を引き、乗馬を緊急停止させる。

 一行がグィードに追いつき、グィードと同じ光景を呆然と眺める。

 「私の時空の扉(ザ・ドアーズ)と同じ理屈ですね」

 ディオゲネスが苦々しそうに口にした。

 転倒したゴブリンの一群を見捨てて、時空の歪みは閉じようとしていた。

 さすがに一行の中に、その中に飛び込もうという無謀な者は一人もいなかった。

 「仕方ない。とりあえず残った奴らをどうにかしよう」

 そう言ってグィードは、(ブラックファントム)を抜き、手綱を操り乗馬を方向転換させた。

 グィードが乗馬の腹を蹴る。

 乗馬が走り出し、のそのそと起き上がりつつあるゴブリンの群れに突進した。

 アルフォンスがそれに続く。

 取り残されたゴブリンの群れは、二組の人馬によって瞬く間に壊滅させられてしまった。

 しかし、その時グィードとアルフォンスは、そのゴブリンたちが身に着けている装備の耐久性が、驚くほど高いことに気付いていた。

 そこで二人は、装備に覆われていない個所に狙いを定めて、斬撃を浴びせたのであった。

 そしてそれは、卓越した能力を持つ二人であったからこそ、即座に対応できたことであり、並みの冒険者であれば苦戦を強いられたであろうことは、想像に難くなかった。

 一行が市街に戻ると、住民や冒険者たちによって消火活動が行われていた。

 そして、その指揮を執っていたのは、あのオーデンセの冒険者ギルド支部長(ギルドマスター)ハンネスであった。

 ハンネスの姿を認めて、アルフォンスが声を掛ける。

 「いったい何が起こったんだ?」

 ハンネスが焦燥した顔つきでアルフォンスを振り返り、答えた。

 「驚くほど統制の取れたゴブリンの群れが、突然街に侵入し、火を放ち住民を攫って行ったんだ。ギルドの私兵も、居合わせた冒険者も必死に抵抗したが、奴らの装備が強力で、ほとんど対抗できなかった」

 ハンネスは、そこまでを一気に捲し立てると、一度深呼吸してから続けた。

 「それに、群れの中に一際(ひときわ)図体のデカい奴がいたんだ。バカでかい斬馬刀を持っていて、仲間が何人も()られた」

 そう言って、ハンネスは街の広場の一角を顔で示した。

 そこには、十人近い冒険者たちが倒れていたが、回復職(ヒーラー)と思われる数名の冒険者が必死に治療と介抱を続けており、死者まではいないようであった。

 「そうか。ひとまず俺たちも消火と救助活動を手伝おう」

 一行はアルフォンスの言葉に頷き、馬を降りた。

 それから数時間、一行はギルドの職員や動ける住民たちと共に、街全体を巡って消火や救助活動、被害状況の確認などに協力した。

 消火に活躍したのは、アーシェラの召喚した水精霊(ウンディーネ)であった。

 アーシェラが三体の水精霊(ウンディーネ)を召喚して街の消火を命じると、三体は速やかに飛び去り、街の隅々までを行き巡り、すべての火を一時間ほどで消し去った。

 建物に取り残された人々の救助活動では、スオウが活躍した。

 スオウは崩落寸前の建物にも躊躇せず飛び込み、一遍に三、四人の人々を軽々と抱えて救出してきた。

 時々スオウの容貌に、特に額に生えた角に怯える子どもや老人たちもいたが、スオウの人懐こい笑顔を見ると、その怯えはすぐに解消された。

 レーナは、この救助活動の中で街の教会の祭司(プリースト)たちの指導を受けて、魔法治療に協力した。

 一行の予想通り、レーナの神聖魔法(ホーリーマジック)の才能はずば抜けて高く、一気に中級までの回復魔法を習得してしまったが、さすがに天路歴程ノッキン・オン・ヘブンズ・ドアまでは手が届かなかった。

 一通り救助活動と被害状況の確認が終わると、一行は冒険者ギルドの会議室に案内された。

 冒険者ギルドの建物は強力な結界によって守られているため、ほとんど被害は出ていなかった。

 会議室には、一行とハンネスの他にギルドの幹部や教会の祭司長などが集められており、全部で十八名が席に着いていた。

 ハンネスは一行を、特別な任務で王都(アラヴァスタ)のギルド本部から派遣されたパーティーであると紹介した。

 その紹介を受けてアルフォンスは、グレンナ山脈の一件については、今は伏せておくようにというハンネスの意図を理解し、静かに頷いた。

 「第一の問題は魔物たちの目的がいったいなんであるのかということだが、なにか心当たりのある者はいるか?」

 ハンネスが全員に尋ねた。

 するとギルドの幹部の一人と思われる男が挙手をして答えた。

 「ここ一ヵ月ほど、この地域では魔物たちによる拉致事件が多発しています。それと何か関係があるのではないでしょうか?」

 それを聞いて、多くの者が頷く。

 「しかし、これまでは街道や街の外のことであったのが、街の中にまで堂々とやって来て放火までするとなると、いよいよ我々の手には負えなくなって来ます。直ちに本部に連絡をした方が良いのではないでしょうか?」

 別の者が続けて発言した。

 ハンネスもその意見に頷く。

 「本部から遣わされたアルフォンスどのは、どうお考えになる?」

 ハンネスは街で一目見た時からグィードの正体に気付いていたが、公式の立場としては一行のリーダーはアルフォンスということになっているので、アルフォンスに尋ねたのである。

 そして、あの死の天使(アズラーイール)が共に行動しているのであるから、アルフォンスたちに任せれば、状況が好転するのではないかと期待を掛けてもいた。

 「じつは本部は、この地域に異常事態が発生しつつあることを数か月前から察知しており、私たちはその調査のために派遣されて来たのです」

 アルフォンスは出鱈目を口にした。

 その堂々とした嘘を聞きながら、グィードは美髯を撫でていた。

 「今回のことを事前に防げなかったのは、(ひとえ)に我々の力不足のためであり、皆さんにはお詫びのしようもありません」

 ここでアルフォンスは深々と頭を下げた。

 「こうなってしまった以上、速やかに攫われた人々を助け出し、事態を解決するつもりですが、何分(なにぶん)我々は、この地域に到着して日が浅く近辺の情報に(うと)い。そこで、最近多発している拉致事件について情報を改めて整理したいのですが、特に被害が集中している地域や、最近気になる情報などはありませんか?」

 アルフォンスの堂々とした態度に一同が感心し、それぞれの持っている情報を提供した。

 情報を整理すると、被害が多発しているのは町の北東地域と南西であることがわかった。

 北東と言えばグレナリオ山脈やグレンナ村の方面であり、その事情は一行もよく知るところだった。

 アルフォンスは先日まで北東地域の調査を行っていたことを皆に報告し、今回は南西からの動きではないかという自分の考えを述べた。

 「それで街の南西には、なにがあるのですか?」

 アルフォンスが訪ねた。

 「コーサラ砂漠と古代王国の遺跡だ」

 ハンネスが答えた。

 それを聞いてアルフォンスは、大陸の地図を思い浮かべる。

 確かにコーサラ砂漠のことは記憶にあった。

 ただアルフォンスは、デーヴィーナ山脈を越えて大陸の北方地域に来ること自体が初めてのことであったので古代王国の遺跡のことは初耳であった。

 またノエルへの行きの旅では、もっと西の地域を一気に北上し、それからオーデンセに向かって東進(とうしん)したために、コーサラ砂漠の周辺は通らなかったのだ。

 「古代王国の遺跡ねぇ」

 グィードが独り言のようにつぶやいた。

 相変わらず、美髯を撫でている。

 「わかりました。我々は明日、コーサラ砂漠の調査に向います」

 今後の方針が決まったため、会議は解散となった。

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