魔闘異聞
ウァサゴとスオウも裏では頑張っていたのです、というお話です。お楽しみください。
一行が邪妖精や巨大ネズミたちとの死闘を開始した頃、ウァサゴは黒猫の姿のまま万魔殿内を探索していた。
一見すると万魔殿には正門からの通路が一本あるだけで、その先があの巨大な扉の部屋へと続いていた。
しかし、それは幻術の類いであることをウァサゴは見破っていた。
黒猫はミャーとひと声鳴くと通路の壁をすり抜けた。
その先には、先ほどまでとよく似た通路が続いていたが、そこには普通の人間が潜れるほどの扉から、先ほど一行が潜ったのと同じような巨大な扉まで無数の扉が並んでいた。
黒猫は曲がりくねった通路を歩き続ける。
やがて黒猫は、ちょうど今の姿のままでやっと潜れるほどの隙間の空いた扉を発見した。
黒猫は迷わず中に入る。
その部屋で黒猫が最初に見たのは、あの巨大で歪な形をしたネズミの影であった。
その部屋には、七つの頭を持つ醜く巨大なネズミ、偉大なるネズミの王が玉座と呼ぶに相応しい深い紫色のビロード張りの椅子に鎮座していた。
他にはどのような存在も、その部屋にはいないことが黒猫には判った。
「ほう、珍しいものが迷い込んだな」
黒猫の頭の中に偉大なるネズミの王の不気味な声が響く。
その瞬間、黒猫は人間の姿を取り戻す。
「なぜそんな、まどろっこしいことをするのですか?あなたほどの存在なら、人間の言葉を話すことなど容易いのではないですか?」
ウァサゴは偉大なるネズミの王を魔物とは呼ばず、敢えて存在と呼んだ。
今対峙する相手が、単なる魔物ではないことをウァサゴも認めているのだ。
「ふん、わしにもおまえのように、人間の姿に化けろとでもと言うのか?愚かな人間の下僕よ」
相変わらず、偉大なるネズミの王は精神感応によってウァサゴに語り掛ける。
「私はウァサゴ、人間の下僕ではなく、父であり、舅であり、祖父であり、友人でもあります」
構わずウァサゴは人間の言葉で話し続ける。
それからウァサゴは、優越感に浸るような微笑を洩らした。
「おまえほど力のあるものが、なぜ人間になど肩入れする?」
「創造主が、私たちをそのように造ったからですよ」
「しかし、おまえたち精霊にも自由意思はあるだろう。だからこそ、我々に協力する精霊もいる」
「あなたがたに?精霊が協力?御冗談でしょう?彼らは魔王に味方しているのですよ。それは魔王も人間だからです」
「ふん、理屈を捏ねるのがうまい道化だな。それで、おまえはいったい何のために、ここまでやって来たのだ?」
「別に、ここからの方が私の婿どのや孫たちの様子が見やすいと思いまして」
そう言ってウァサゴは、偉大なるネズミの王の正面の壁を顔で示した。
そこには、魔物の群れと必死に戦う一行の姿が映し出されていた。
「おまえの贔屓の冒険者たちは、そろそろ限界のようだが?」
偉大なるネズミの王は勝ち誇ったように言った。
「さあ、それはどうでしょう?」
ウァサゴは余裕の笑みで応じる。
「これから仕上げに入るところだ」
ウアサゴが壁に映し出される映像を見ていると、一行が戦う部屋の中央に赤く光る魔法陣が出現して、三体のグレーターデーモンが召喚されるところであった。
「ほう」
ウァサゴは珍しい見物を喜ぶような声を漏らした。
「これで終いだな」
偉大なるネズミの王が確信を込めて言う。
「さて、そう簡単に行くでしょうか?」
ウァサゴはその時、ヒューゴに働く自分自身の加護、名も無き英雄たちが、大きく成長する予感を感じていた。
「一つ賭けをしましょうか?」
ウァサゴが言った。
「なんだ?」
「もし私の孫たちが、あのグレーターデーモンたちを打ち破ったら、今日のところはこのまま、手を引いていただけませんか?」
「ふん、あり得んことだ」
「では、この賭けには乗った方がいいですよ。もしあなたが勝てば、私はあなたの願いを、どんなことでも一つだけ叶えてあげましょう」
ウァサゴが誘惑するように言った。
「よかろう。わしの願いは決まっておる。おまえの強大な魔力で、この万魔殿に眠っておられるお方を、目覚めさせることだ」
「畏まりました。では、賭けは成立ですね」
ウァサゴが満足そうな笑みを浮かべた。
同じ頃、万魔殿の正門前では、スオウが一人で時空の扉の見張りをしていた。
一行が入城してしばらくは、何事もなく過ぎた。
しかしいよいよ、スオウの期待通りに魔物の群れが万魔殿から、溢れ出て来たのである。
それは二百体を超える完全武装した邪妖精の混成部隊であった。
スオウは張り切った。
これはクレナイやグレンに命令されたのではなく、グィードたちにお願いされたことなのだ。
スオウは鬼功法・零式の基本の構えを取った。
魔物たちの目的は時空の扉の出口となる魔法陣の破壊であろう。
魔法陣自体が魔法によって維持されているものであるから、その上で戦闘をしたくらいではどうということはない。
ただ、もしスオウの妨害が無ければ魔物たちは、地面を掘り返すなりなんなりして、なんとしても魔法陣を破壊するつもりなのだろう。
しかし、そんなことはあり得ないだろうとスオウは確信していた。
なぜなら、この程度の魔物の群れに、自分が敗れる訳などないのだから。
襲い掛かる魔物の群れにスオウもまた、突進した。
群れの真ん中に躍り込み、回し蹴りを放つ。
一気に十体近い魔物が吹き飛ぶ。
鬼功法の極意は、鬼功とよばれる特殊な闘気による身体能力の爆発的な強化と、その鬼功を敵の身体に撃ち込むことによる弱体化にある。
鬼功は体内で錬気された時には陽性を持つが、発気されると陰性に変化するからである。
耐性の弱い魔物は、鬼功を撃ち込まれると、一瞬、麻痺状態に陥る。
そしてその一瞬が、生死を分けるのである。
鬼功法・零式は拳と蹴り、手刀と掌底といった打撃に留まらず、極め技と投げ技も含むのだが、そこでは掴みの瞬間に掌から鬼功を流し込む。
そうすることで、スオウは圧倒的な優位を持って敵の身体を破壊するのであった。
またスオウは、敵を掴み鬼功を流し込むことで、敵の気の流れを読んで、その弱点や古傷、また、その戦闘の中で負ったダメージによって弱っている部分などを知ることもできた。
スオウはいつしか、その卓越した戦闘能力をグィードたちのために発揮している自分に満足感を覚えていた。
そうして魔物の数が半数ほどになった時、スオウは羽虫のように群がる魔物たちを驚かせてやろうと考え始めた。
「味わってみるか?俺の鬼人の宴を?」
スオウは誰に対してということもなく、そうつぶやくと自分の身体のうちに眠る荒ぶる鬼を解放した。
スオウの鬼人化が始まった。
スオウの肉体が、大きく膨らむ。
筋肉が異状に発達し、額の角が突き出し、手足の爪も伸びる。
犬歯が剥き出し、顔が醜く歪む。
そしてその顔に、恍惚の表情が浮かぶ。
グゥアオォォォォォォォォ!!
鬼人が、獣の如き咆哮を放った。




