魔闘開戦
古代魔術師が使う古代魔術と古代語魔術はまったくの別物とお考え下さい。因みに、作中でディオゲネスが使用している攻撃魔法が古代魔法、猫の目や単一効果の強化魔法系は基礎魔術という設定です。また、基礎魔術にもファイヤーボールやアイスショットなどの攻撃魔法が存在しますが、作中にはまだ出ていません。が、あまり細かい設定を気にせず、単純にお楽しみ頂ければ幸いです。
時空の扉の守護をスオウに任せて、一行は、偉大なるネズミの王の予告通り、開放されたままの万魔殿の正門を潜った。
その正門は、千体のゴブリンの群れが自由に出入りできるほどの広さを持っていた。
ディオゲネスは念のため、猫の目を一行に施したが、城内には無数の松明や灯火が灯されており、肉眼でも支障はないほどの明るさが保たれていた。
城内に入ると一行には、万魔殿全体が生き物のように脈動していることが、よりはっきりとわかった。
「この城自体が巨大な一体の魔物のようだな」
グィードがつぶやくように言った。
「あるいは子宮か?」
ディオゲネスが答えた。
「子宮?だとするとこの中で、いったいなにが生まれようとしているんだ?」
「さあ、そこまでは」
「まあなんにしろ、碌なものじゃないのは確かだろうな」
そんな会話をしながら城内を暫く進むと、一行は不気味な意匠の施された巨大な扉の前にたどり着いた。
その巨大な扉を、人間ひとりの力で開くことは大層難しそうであったが、グィードは試しに押してみた。
すると意外にも、その扉は軽々と開いた。
それはあたかも、一行をその扉の奥へと招き入れるかのような開き方であった。
一行はまず、その部屋の広大さに圧倒された。
万魔殿内部は物理法則を無視した空間を有しているのだと、後にディオゲネスは述懐した。
そして、一行の予想通り、そこには夥しい数の魔物の群れが待ち構えていた。
完全武装をした邪妖精の兵士が約五百体、加えて、やはり武装したトロールがおよそ五十体、さらに巨大ネズミたちも百体近くが、一行を待ち構えていた。
グィードはその中に、各邪妖精の軍曹クラスと将軍クラスが存在していることを認めた。
「いいか、いざとなったら全力で逃げ出すぞ!だが、今の俺たちなら、この程度の雑魚が、たとえ何千体いようとも敵じゃない!蹴散らすぞ!」
グィードが叫んだ。
パーティーの戦闘能力は、メンバーのモチベーションや信頼関係によって大きく変わってくることを、グィードは良く理解していた。
昨夜は宴会の最中に奇襲されたせいで、戦意自体が充実していなかった。
しかも、一行は慣れない素足での戦闘を強いられた。
そのような意味では、パーティーとしてのコンディションが、昨夜とは天と地ほど違うのであった。
ディオゲネスが、パーティー全体の膂力と素早さに対する強化魔法と武器強化魔法、さらに防具強化魔法を施した。
一行の装備を含んだ全身が、青白い光に包まれる。
この時ディオゲネスは、これらの強化魔法全てを統合した完全強化魔法、夢見る兵士を完成させた。
アルフォンスが敵の只中に駆け込み、獣人化を開始する。
大剣を両手に構えて、凄まじ膂力と速度で斬撃を繰り出し続ける。
キィィィィィィィン!!
という甲高い音と共に、焦げ臭さが周囲の空間に満ちる。
人狼の斬撃が音速を超えて、空気を焦がしているのだ。
以前の剣であれば、剣身はそれに耐えられなかったであろう。
しかし、ドワーフの名工ヴォルカスの手に成るアダマンタイト製の大剣は、その衝撃に耐えることができた。
アルフォンスはある時から、自分の人狼形態における全力の斬撃が、時として音速を超えることがあることを自覚していた。
しかし通常の剣では、その衝撃に耐えられず剣自体が破損してしまうために、意識的に力を押さえて来たのであった。
だが今や、人狼は、全力の斬撃に耐えられる大剣を手にしていた。
「餓狼剣疾風乱舞!!!」
それが、人狼の音速剣に付けられた名前であった。
グィードもまた、この戦闘において、己の限界を超えようと決心していた。
そして、その決心がグィードを一つの冒険に誘った。
かつて、死の天使と呼ばれていた全盛期にも、実戦においては一度も成功しなかった新技能を、グィードは今、発動しようとしていた。
グィードが、愛剣黒い幻影を正眼に構える。
目を閉じ、精神を集中して詠唱を開始する。
「大いなる教導者よ、忘却の彼方より来たりて、汝の剣を我に示せ!」
それは高位の暗殺者のみが使う特殊な古代語魔法であった。
そもそも、暗殺者の剣術は剣士や剣豪が使う正統な剣術ではなく、魔術や幻術を交えた、言わば邪剣なのである。
そして、暗殺者の魔術の源となるのが古代神ハサンとの契約であった。
グィードは今、古代語魔法によって、古代神に直接働き掛け、その力を引き出そうとしていた。
かくして、奇跡は起こった。
グィードの手の中で、黒い幻影が二つに分かれたのである。
それは、錯覚を利用した幻術などでなく、正真正銘、一本の剣が、二本に分かれたのである。
次瞬、グィードは二振りの黒い剣身の魔剣を両手に構えて、跳躍した!
「死神の大鎌・狂詩曲!!!」
グィードの黒い双剣が巨大化し、死神の大鎌と化し、戦場に死を振り撒く。
ヒューゴが、グィードに続いて、戦場を駆ける。
虹色に輝くオリハルコン製の長剣願望を構えて、息の続く限り、速弾きを繰り返す。
後に速弾きの追奏曲と呼ばれるヒューゴの連続技が、この時、完成しつつあった。
レーナの心臓を一突きもまた、ヒューゴの速弾きと同調するように、その速度を上げていく。
高速の恋人たちの二重奏であった。
ディオゲネスはその時、十の監禁者と三つの隔離室を同時に展開し、自由自在に操っていた。
ディオゲネスは十の監禁者を十の戒めと、三つの隔離室を三位一体と名付けた。
監禁者は、敵の動きを奪うだけでなく、敵の身体の部位や、手放された武器などを自由に操ることができた。
ディオゲネスはこの時、魔物から十本の剣を奪い、自分の周囲に展開して、魔物たちを斬り裂いていた。
ディオゲネスの操る剣は、あるいは高速回転し、あるいは通常では考えられないような角度から、突然敵に襲い掛かり、魔物たちを恐怖と混乱に陥れた。
同時に三位一体には、それぞれ爆裂と真空の刃と氷の槍の魔力が膨大に詰め込まれ、一度の開放で数十体の魔物の群れを壊滅させていた。
アーシェラは、風精火炎放射を展開しながら、さらに三体の風精霊を召喚して、細身の剣を振るっていた。
ヒューゴはその姿を見ながら、三体の風精霊の姿が、以前とは異なることに気が付いた。
風精霊たちは、それぞれに細身の剣を持ち、あたかもアーシェラの分身でもあるかのように、魔物たちを斬り裂いていたのである。
魔物の群れは、確実にその数を減らしていた。
しかし一行は、その戦闘の中で生き残った魔物たちが、確実に強化されて行くのを感じ取っていた。
また、ヒューゴとレーナの息が上がりつつあることにも、グィードは気付いていた。
「ヒューゴ!レーナ!一端下がれ!後は俺たちに任せるんだ!」
アルフォンスも、獣人化をすでに解いていた。
双剣を振るいながら、グィードが次の一手に移ろうとしたその時、再びあの不気味な声が、一行の頭の中に響いたのであった。
「人間どもよ。更なる恐怖を与えてやろう」
その瞬間、一行の表情は凍り付いた。




