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瘴気結界

ザ・ドアーズもかっこいいですよね。ロックには浪漫があると思います。ではお楽しみください。

 一行は今、万魔殿(パンデモニウム)の正門前まで来ていた。

 近くまで来ると、ますます不気味な城であった。

 鈍い光沢のある黒い建材は、金属のようでもあり、昆虫の外骨格のようでもある未知の素材であった。

 また、城全体が生き物のように脈動しているかのような、異様な気配を、一同は感じ取っていた。

 城全体を覆う黒い霧の正体は、高濃度の瘴気であった。

 通常、瘴気は魔物の(からだ)という依り代無しには、大気中に長時間留まることはできず、雲散霧消してしまうはずであるのだが、万魔殿(パンデモニウム)の周囲にはいつまでも瘴気が留まっていた。

 その理由が、そこまで近づいて初めて、ディオゲネスには理解できた。

 万魔殿(パンデモニウム)は、巨大な結界に包まれていたのだ。

 そしてその結界は、ディオゲネスが知る、どのような結界とも違っていた。

 その結界には、どうやら瘴気だけを閉じ込める性質があるらしかった。

 ディオゲネスは、それがいったいなにを意味するのかを想像して、戦慄した。

 通常、魔物は致命傷を負えば、瘴気を撒き散らして消滅してしまう。

 それは魔物たちの命が、瘴気より生じたものであるからだと、考えられている。

 しかしもし、魔物たちから流れ出た瘴気が消滅せず、その場に留まるとすれば、どういうことになるのだろうか。

 果たして、魔物は不死の存在になるのだろうか?

 いや、瘴気が留まるからといって、それで肉体が修復される訳ではない。

 しかし、ちょっとやそっとの傷では、致命傷とは言えなくなる可能性はある。

 つまり、万魔殿(パンデモニウム)の中では、魔物たちの耐久力は飛躍的に向上することになるのではないだろうか?。

 また、魔物たちの命の源である瘴気は、その中に留まる魔物の能力全体をも、飛躍的に向上させるのではないか?

 しかも、その場で討伐された魔物の瘴気が消滅せずに、その場に留まるとすれば、万魔殿(パンデモニウム)の中では、倒されずに生き残った魔物たちは、ますます力を増し加えるのではないだろうか?

 それらは全て仮説に過ぎなかったが、ディオゲネスはその仮説が正しいことを確信していた。

 そしてディオゲネスは、そのことを一行に告げた。

 その仮説の不吉さに、一行の顔が曇った。

 暫くの沈黙の後、最初に口を開いたのは、またしてもヒューゴであった。

 「ねえみんな、俺は思うのだけど、俺たちは何がなんでも今回で、全てに決着を着けなければならないという訳じゃないんじゃないかなぁ」

 それを聞いて、グィードは目から鱗が落ちた。

 ヒューゴは続ける。

 「冒険者にとって一番大切なことは、とにかく生き延びることだという、ある有名な冒険者の言葉があるんだけど、知ってるかなぁ?」

 ヒューゴは悪戯っぽく、グィードを眺めた。

 それはグィードがヒューゴに、幼いときから、繰り返し教えてきたことであった。

 「ヒューゴ、おまえはなかなかの博識だ!」

 グィードが自慢の美髯を撫でながら、嬉しそうに応じる。

 一行は黙って、ヒューゴの言葉に耳を傾けていた。

 「でも、あそこまで挑発されて、このまま引き下がるのも、なんだか悔しい。だからディオゲネス、あのグレンナの時みたいに、脱出用の結界を、ここに用意できないかなぁ?」

 「もちろん、可能です。しかもあの時よりも速やかに」

 じつはディオゲネスは、あの時の術式を圧縮して、即座に展開できるように、愛用の魔法書「仕立て屋の仕立て直し(サーター・リザータス)」に記録していたのだ。

 「仕立て屋の仕立て直し(サーター・リザータス)」とは、探求者(サーチャー)であるディオゲネスが自分で開発した特別な魔法書であった。

 ディオゲネスは、そこに一度記録した魔法を、いつでも即座に展開できるのだ。

 ただ、魔法の種類によっては、その効力が僅かに低下するものもある。

 じつはこの「仕立て屋の仕立て直し(サーター・リザータス)」こそ、ディオゲネスが圧縮詠唱と詠唱破棄を得意とする秘密であったが、多くの高位魔術師たちがそうであるように、ディオゲネスはその秘密を仲間にも明かすことはない。

 「問題は、ここがすでに敵の勢力圏内であるということです」

 ディオゲネスが冷静に答えた。

 「確かにそうだね。そこでスオウにお願いなんだけど」

 ヒューゴは初めから、そのことも考えていたようであった。

 グィードは息子の成長に、目を見張っていた。

 「俺に、お願い?」

 スオウはことのほか嬉しそうに聞き返した。

 スオウが里で、なにかを()()()されることはない。

 クレナイやグレンにされるのは、()()であった。

 「うん。スオウにはこの場に残って、結界を守って欲しいんだ。それはこの中で、単独での戦闘力が最も高い、スオウに是非、お願いしたいんだ」

 それを聞いて大人たちは、ヒューゴはなかなかに(したた)かであると感じた。

 なぜならそれは、スオウをその気にさせるのに、最適の言葉であったからである。

 しかしそれは、なにもヒューゴが、スオウを体良(ていよ)く利用しようとしている訳では無いことは、その場にいる全員が理解していた。

 むしろ、仲間のモチベーションを引き出す、パーティーのリーダーとしての萌芽を感じさせるような言葉であった。

 「よし、わかった。ここは俺に任せてくれ」

 スオウは底抜けに明るい、いつもの笑顔で答えた。

 「話は着いたな。ではディオゲネス、早速結界を頼む」

 アルフォンスが言った。

 「(かしこ)まりました。せっかくですから、この結界にも名前を付けておきましょうか」

 そう言うと、ディオゲネスはほんの数秒思案してから、再び口を開いた。

 「時空の扉(ザ・ドアーズ)、というのはどうでしょう?」

 「とっても良いと思うよ」

 ヒューゴが答えた。

 「では、時空の扉(ザ・ドアーズ)!」

 ディオゲネスが、そう言って足元に両手を翳すと、一行の足元に、青白い光を放つ魔法陣が即座に展開された。

 「では、参りましょうか」

 ディオゲネスが言った。

 一行の心のうちに広がった黒い霧は、いつの間にか雲散霧消していた。

 その時、アーシェラが傍らに立つレーナの晴れやかな顔を見つめながら言った。

 「あなたの幼馴染みは、本当に偉大な英雄になるかも知れないわね」

 「はい!」

 レーナは快活に答えた。

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