山頂を目指して
ブライトン・ロックもQUEENの名曲ですね。この使い方はどうでしょう?お楽しみください。
鬼人の宴が開始された時、ウァサゴはいつものように音もなく上空に上り、一行の戦闘を俯瞰していた。
そのウァサゴの姿を気に留める者は、一人もいなかった。
この数日におけるヒューゴとディオゲネスの成長には、目を見張るものがあった。
レーナもまた、明らかに通常の初心者とは異なる落ち着きと覚悟を持って、積極的に戦場に身を置いていた。
グィードとアルフォンスは、もともとの能力が卓越し過ぎているために、目に見えて成長を実感する機会は少ないが、さらなる飛躍への萌芽とも言うべきものが、ウァサゴの目には見て取れた。
アーシェラは、相変わらず底が知れない。
手を抜いているようには見えないが、他の冒険者たちには見られる、生き残ることに対する必死さや、足掻きのようなものが、アーシェラのうちにはまったく見られなかった。
しかし、そのアーシェラのうちにも、ウァサゴはある変化を感じ取っていた。
それは、グィードたち一行に対する母性のような、愛と配慮であった。
そしてウァサゴは、それらがすべて、ヒューゴに対する精霊ウァサゴの加護、名も無き英雄たちの効力であることを知っていた。
精霊との契約によって契約者にもたらされる加護は、契約者の願望を色濃く反映させるものとなる。
ヒューゴの願いは、偉大な英雄となることであった。
そしてその願いは、ヒューゴ自身と、周囲の冒険者たちの成長を著しく促す加護、名も無き英雄たちをもたらした。
しかし、名も無き英雄たちの効力は、それだけに留まらない。
なぜならば、契約者の成長に合わせて、加護自体も成長するのであるからだ。
ヒューゴはウァサゴとの契約によって、無限の可能性を秘めた加護を得たのである。
しかし、現在のところ、そのことを本人にも気付かせないことこそが、ヒューゴの願いへの最善の道であると、ウァサゴは理解していた。
突然の襲撃者たちを退けたヒューゴたち一行と人鬼たちは、大広間に戻り、襲撃者たちの目的についての推測を話し合った。
しかし、明確な答えに辿り着くことはできなかった。
あれほどの大部隊が、この山脈に存在するなどとは、人鬼たちにとっても、思ってもみないことであった。
しかし、もし山脈の外からやって来たのだとすれば、その理由はさらに見当がつかなかった。
最も可能性が高いのは、グィードたちに対する偉大なるネズミの王による報復であるが、そうであるとすれば、敵はグィードたちの所在を、いったいどのように知ったのであろうかという疑問が残る。
いずれにせよ、あの状況で大きな被害が出なかったことは、驚くべきことであり、それを可能としたのは人鬼たちの並外れた戦闘能力であったことを、グィードは実感していた。
「それにしても人鬼の強さってのは規格外だなぁ」
グィードが率直に感想を漏らした。
「あたりまえだ。人鬼は、単独の戦闘能力では、人類最強の種族であると言われているからな」
グレンが上機嫌で、そう答えた。
「そしてその称号から、単独のという言葉を取り去るために、あたしはこの隠れ里を造ったんだ」
クレナイがそう続けた。
クレナイ曰く、単独での最強という称号に甘んじることなく、人類最強の部族を目指して、一族を形成し、日々鍛錬に明け暮れているのがグレンナの隠れ里に暮らす、人鬼クレナイ一家であるということだった。
ただ、もともと個人の武勇を誇る傾向の強い人鬼たちが、いかに家族であるとは言え、連携して戦うということには、なかなか慣れず、結局のところ個人個人がバラバラに戦っていることが、現在の一家の課題であると、クレナイは熱弁を振るっていた。
「まあ、それでも充分強いんだから、いいじゃねえか!」
グレンが笑ながら言った直後、クレナイの鉄拳による制裁が加えられた。
一行は、即座に人類最強の親子喧嘩が始まるのではないかと冷や冷やしていたが、グレンは笑い続けていた。
それは、クレナイ一家における日常風景であるらしい。
「とにかく、熟練の冒険者であるグィードたちを客人として迎えることができたのは、酒呑童子の導きであると、あたしは確信している。どうだろう、次期頭領であるスオウを、グィードたちの一行に正式に加えて、冒険者の連携というやつを仕込んでやってはもらえないだろうか?」
クレナイの意外な申し出に、グィードは一瞬考えたが、断る理由も見当たらなかった。
「本人がそれを望むなら、俺は別に構わんが」
しかし、クレナイの突然の申し出に、人鬼たち皆が戸惑っているように見えた。
中でも一番戸惑ったのは、スオウ本人であった。
「え、俺は里を出されるのか?」
それを聞いて、クレナイは笑って答えた。
「別におまえを破門するというわけじゃない。あたしたち人鬼の一生は人間よりも長い。後学のために、一時グィードたちに同行してみてはどうかと言うことだ」
クレナイは、人類最強の部族を形成するという夢を、真剣に追い求めているのだと、グィードは理解した。
「うーん、難しいことは俺にはわかんねぇぞ」
スオウが困ったように答えた。
「まあ、今すぐに決めなくてもいいさ。とにかく明日は、グィードたちに同行して、グレナリオの山頂を調査してくるんだ」
「うん、それはわかった。グィード、みんな、よろしく頼むな」
スオウは笑いながら言った。
そう話がまとまると、グィードたちは客室に案内された。
母屋は外観通り、かなり広く客室には余裕があったため、グィードとヒューゴ、アルフォンスとディオゲネス、アーシェラとレーナという二人に一部屋が割り振られた。
短いやり取りではあったが、クレナイは、一見、粗暴に見えるが、じつは思慮深く愛と配慮に満ちた女性であることが、グィードにはわかった。
一族をまとめる者とは、そのような者であるべきである。
グレンが頭領とされているのは、個人の武勇を誇りとする人鬼に相応しく、最強の戦闘能力を持っていることに加え、次世代を養成しようというクレナイの考えから出ていることであろうと、グィードには思われた。
翌朝、一行は目覚めると、朝食のために昨夜と同じ大広間に案内された。
食卓には、フダラク風の朝食に加えて、明らかにウァサゴの手による料理も並べられていた。
どうやら、クレナイ一家の主婦であるハイザクラとウァサゴは、昨夜の宴会のための料理を通して意気投合し、今朝の朝食も二人で一緒に用意したとのことだった。
そしてウァサゴの料理は、人鬼たちの舌にも合ったらしく、好評を博した。
そうして一行は、和やかな雰囲気で朝食を済ますと、スオウを伴ってグレナリオの山頂を目指して旅立ったのであった。
スオウが案内する山頂への最短ルートでは、徒歩の方が都合が良いため、一行の馬は里に預けておくことになった。
一行が里を出て、およそ一時間が経過したとき、山頂方面から下って来る武装した五十体ほどの魔物の群れに遭遇した。
昨日山中で遭遇したのとほとんど同じ編成の邪妖精の混成部隊であった。
恐らく同一の目的のために、同一の巣窟、もしくは軍事施設から派遣されている部隊に違いないと、ディオゲネスは判断した。
昨夜の巨大ネズミたちとの死闘を通して、ヒューゴとレーナは、明らかに成長していた。
そのことを見て取った熟練の冒険者たちは、今回の戦闘では、ヒューゴとレーナの補助に回るように心掛けた。
スオウは、そんなことは気にも掛けず、自分に向って来る敵を、片端から撃破して行った。
鬼功法・零式、それがスオウが汎用する戦闘技能の名であった。
それは零式の名の通り、鬼功法の基本の型であり、そこから様々な応用技へと変幻自在に変化できる隙の無い体捌きと、バランスの取れた錬気と発気が特徴であった。
ヒューゴは、現在の速弾きの限界が、一息に八連撃であることを理解していた。
そこで、八連撃毎に一呼吸を置いて、また八連撃を繰り返すという戦い方を自然と身につけていた。
後にグィードは、それを速弾きの追奏曲と名付けた。
レーナもまた、ヒューゴの動きを観察し、息を合わせるように自分なりの戦闘リズムを確立しつつあった。
後に、ヒューゴとレーナの息の合った連携攻撃は、恋人たちの二重奏と呼ばれるようになる。
ヒューゴとレーナとスオウは、それぞれの汎用技能を駆使して、あっという間に魔物の群れを殲滅してしまった。
魔物どもが完全に消滅すると、一行に向ってディオゲネスが言った。
「上から統率された魔物の部隊が来たということは、この上に魔物の住処なり、施設なりがあると考えて、まず間違いないでしょうね」
「存在するはずのない古城、魔王戦役の伝説にある移動要塞・万魔殿か」
アルフォンスが、そうつぶやいた。




