隠れ里の夜更け
フダラクは中世の日本のイメージです。作中でも解るように努力していますが、むしろ、やり過ぎが心配です。いつかは主人公たちもフダラクに渡らせたいと思っていますが、果たしていつになるやら。
人鬼の里の母屋では、グィードたち一行と人鬼たちの会談が続いていた。
もう外は暗くなっていたため、大広間の全ての蝋燭に火が灯されていた。
ここではおもにディオゲネスが話し手となり、一行がグレナリオ山脈の調査に来た理由を説明した。
最近多発している連れ去り事件については、人鬼たちも認識していた。
というよりは、里の周辺で食材や薬草の採集を行っていたサンゴが、数日前にコボルトどもに拉致されかけたのである。
突然のことに最初は呆然としていたサンゴであったが、まだ幼いとは言え、そこは人鬼である。
サンゴはコボルトたちの隙を見て、廃坑から自力で逃げ出して来たのだという。
そして、それを自分達への宣戦布告と看做した人鬼たちは、早速今朝、まずはスオウを廃坑の偵察に派遣したのだという。
これではっきりしたことは、一行の予想通りではあったが、偉大なるネズミの王たちと廃坑のコボルトたちの動きは、やはり連動していた可能性が高いということである。
ただ、廃坑に捕らわれた人々は一人もいなかった。
そこで、グィードたちが探索した地下へと続く道は、或いは偉大なるネズミの王の洞窟まで繋がっていたのかも知れないと、ディオゲネスは推測した。
続いて、グレナリオ山脈の頂上に最近現れたという古城の影については、人鬼たちは把握していなかった。
ただ、ここ最近は山脈一帯に魔物たちが増えたこと、また魔物たちが凶暴化していること、そして、先程グィードたちも経験したように、魔物たちが武装をし始めたということであった。
「つまりあたしらの縄張りで、魔物どもが好き勝手に暴れ回っているということだね?」
クレナイが確認した。
「そういうことになりますね」
アルフォンスが答えた。
「そりゃあ放っておけないねぇ」
クレナイの目が、鋭く光る。
「それであんたらは、その山頂の古城の影とやらを、これから調査に行くと言うんだね?」
「はい」
「よし、あたしらもサンゴの仇をあんたらだけに討たせて、それで終いというわけには行かない。スオウ!おまえは明日、お客人方と山頂の調査に向かうんだ!いいね!」
突然名前を呼ばれたスオウが、ビクッとなって辺りを見回した。
居眠りをしていたのだ。
「あ、ああ、わかった!任せろ!」
そう言って、スオウは笑った。
こいつは大物だと、グィードは思った。
「よし、これで話は決まった。それじゃあ今日のところは、とりあえず宴会だな?」
クレナイが言った。
「承知いたしました」
たおやかに、そう応じたのはハイザクラだった。
それから、ハイザクラが立ち上がると、サクラとサンゴがそれに従い、一端部屋を出ていった。
暫くして、三人は人数分のグラスと、大量の酒瓶を運んできた。
その匂いを嗅いで、それが穀物を原料としたフダラク風の酒であることにグィードは気づいた。
ヒューゴとレーナには、果実酒を水で薄めたものが用意されていた。
そうして、皆のグラスに飲み物が行き渡ると、クレナイがグラスを掲げて、宴の開始を宣言する。
「今日ここに、我らは新しき盟友を迎えた。この喜ばしき出会いを祝し、我らの祖、酒呑童子のご加護に感謝して、乾杯!」
「乾杯!!!」
一同が唱和した。
酒呑童子、グィードはその名を久しぶりに聞いた。
それは昔フダラクで知り合った人鬼が、よく口にしていた名であった。
なんでも人鬼の祖は、酒呑童子という名の鬼神であり、その鬼神が人間の女に恋をして結ばれ、その女から生まれた子が、最初の人鬼であったという。
そして、人鬼に宿る超人的な身体能力と鬼人化の能力などは全て、その酒呑童子の加護であると、人鬼たちは信じているのである。
人鬼に限らず、古き血の一族は種族の守護神として、独自の神を信仰していることが多い。
創世神話によれば、それらの神々は創造主の眷属として、魔王と戦ったものたちであるとされている。
人狼たちの神は、確かフェンリルという名の獣神であったはずであると、グィードは思い起こしていた。
宴会が開始されたのを知り、張り切ったのはウァサゴであった。
これまで黒猫の姿でレーナの膝の上にいたウアサゴは、さっと部屋の隅に移動して、人の姿を取り戻した。
スオウ以外の人鬼たちは、一瞬それに目を見張ったが、それほど驚いた風でもなく、すぐに歓談に戻った。
それからウァサゴはハイザクラに料理の手伝いを申し出ると、共に部屋を後にした。
恐らく、調理場に向ったのであろう。
まもなく、ハイザクラとサクラとサンゴによって、大量の料理と追加の酒が運ばれてきた。
人鬼は、例外なく大酒呑みの大食漢であるため、酒と食料は常に大量に保管されていた。
酒は自家製のもので、グィードによれば極上のフダラク酒であった。
料理もフダラク風のものが多く、一行は日頃食べているものとは違う、一風変わった料理の数々を堪能した。
こうして、一行と人鬼たちは一気に打ち解け、夜は更けて行った。
最初に異変に気付いたのは、グィードとクレナイであった。
ほぼ同時に、二人は突然、立ち上がった。
グィードはすぐに、一行の荷物が纏めて置かれている部屋の隅に走った。
クレナイは、広間の縁側に接する障子戸に近付き、一気に開け放った。
その頃には、その場にいる全員が、その異変に気付いていた。
おびただしい数の生き物の気配が、母屋を取り囲んでいたのである。
一行と人鬼たちは、暗闇に光る無数の赤い目を目撃した。
「ネズミか?」
クレナイが、暗闇に蠢く生き物の正体を言い当てた。
グィードはまず、大剣を掴むと、それをアルフォンスに向かって投げた。
続いて長剣を掴み、ヒューゴに投げる。
二人がそれぞれの剣を構えた時には、グィードも愛剣を構えている。
アーシェラとレーナは、それぞれの武器を手元に置いていたため、すでに戦闘体勢を取っている。
人鬼たちは、すでに外に飛び出していた。
一行は素足であることを思い出し、一瞬躊躇したが、やはり続いて外に飛び出した。
ディオゲネスはすぐさま、人鬼たちも含めた一同に、猫目を付与する。
「おお!」
という驚きの声を、グレンが漏らした。
「人間の妖術か!」
猫目の効果によって、今や襲撃者の正体を、一同が理解していた。
平均的な人間の身長を頭ひとつ凌ぐ巨大なネズミの群れ、それが襲撃者の正体であった。
しかもネズミたちは、今や母屋の屋根の上にまで陣取り、一同を取り囲んでいた。
その数は千体を優に越えていることを、熟練の人鬼と冒険者たちは悟っていた。
「あたしらに、正面から喧嘩を売るとは良い度胸だ」
クレナイは、喜んでいるように見えた。
グィードは、かつて知り合った人鬼が、戦闘マニアであったことを思い出した。
グレンも笑っていた。
スオウとサクラは、面倒そうな顔をしていた。
サンゴはハイザクラに守られながらも、戦闘の構えを取っている。
頼もしい奴等だと、グィードは思う。
クレナイが舌舐めずりを一つして、宣言した。
「酒呑童子の名に懸けて、鬼人の宴の開幕だ」
鬼人の宴。
人鬼たちは自らの本領を発揮して戦う戦闘を、好んでそう呼ぶのであった。




