人鬼の隠れ里
今回登場する人鬼の一家、けっこう気に入っています。いつか大活躍させたいと思っています。皆さんにも愛していただけたら幸いです。よろしくお願いします。
魔物の群れを撃破した一行は、まもなくスオウの一族が待つ、隠れ里に到着した。
そこは鬱蒼とした木々に囲まれた一種の広場のように開けた空間であった。
その中心に、母屋と思われる大きな木造の建物が建ち、その隣に、同じくらいの大きさの別の建物があった。
グィードは、それは修練場のようなものであろうと推測した。
その二棟の建物の周囲は、かなり広い範囲で円形に開けており、その土地の大部分は畑になっていた。
そして、その畑と畑の間に東屋が一棟と、倉庫と思われる建物が二棟建てられていた。
「六人家族の家にしては、ずいぶん広い敷地だなぁ。隠れ里というだけのことはある」
グィードが感想を漏らす。
「そう思うのか?俺は他の人間の家というものは見たことがないからなぁ。よく分からないなぁ」
そう言って、スオウがまた笑った。
本当に良く笑う男であった。
一行が里に足を踏み入れると同時に、少女の声がした。
「お兄ちゃんお帰り。でも、なんで人間なんて連れて来たのぉ?お父ちゃんがまた、怒るんじゃないのぉ?」
「おお、サンゴか。それがな、この人たちは里の恩人なんだ。だから親父も、今回は怒らないと思うぞ。多分」
サンゴと呼ばれたのは、その名の通り珊瑚色の髪色をした、まだあどけなさを残す少女であった。
そしてその額には、可愛らしい二本の角が生えていた。
「これはサンゴという俺の妹なんだ。サンゴ、ちゃんとお客さんにあいさつをしろよ」
スオウは決して叱るという雰囲気ではなく、サンゴに優しく促した。
「はぁい。初めまして、サンゴです」
サンゴはそれだけを恥ずかしそうに口にすると、すぐに俯いてしまった。
「あら、可愛い妹さんね」
レーナがスオウに言った。
「あれ、人間じゃない人もいるんだぁ」
サンゴがアーシェラの顔を見上げながら言った。
「エルフのアーシェラよ。よろしくねサンゴ」
アーシェラは、サンゴに優しく微笑みかけた。
サンゴはまた、恥ずかしそうに俯いた。
その時、もう一人別の若い女の声がした。
「あらサンゴ、お客さんなの?」
声の主は、すらりと背の高い女の人鬼であった。
サンゴの髪よりも薄い、桜色の髪色をしている。
「ああ、サクラ姉。この人たちは里の恩人なんだ」
その名前を聞いて、グィードはピンと来た。
スオウたち家族の名前は、髪色と関係しているのだ。
スオウは蘇芳というわけだ。
「恩人?この人たちは、いったいなにをしてくれたというの?」
冷たいというわけではないが、思慮深いという印象を与える声で、サクラがスオウに尋ねた。
「ああ、この人たちは、あの廃坑の魔物たちを全部やっつけてくれたんだ」
「あら、そうなの?それは良い知らせね。あの汚らわしい魔物たちのために、私の手を汚さなくてすんだのだから」
そう言いながらサクラは、グィードたち一行を眺めた。
スオウの姉であれば、廃坑のコボルトなど軽く討伐できたであろうとグィードは考えた。
つまりサクラは、自分でもできたことだが、気が進まない仕事をグィードたちが引き受けてくれたことを、良い知らせだと言っているのであると。
「ああ、だから親父たちにこの人たちを引き合わせようと思うんだけど、大丈夫かなぁ?」
じつはスオウも、まだ不安だったようだ。
「さあね。あの人はいつも怒っているか、笑っているかのどちらかだから」
サクラのその言葉を聞いて、スオウが肩を落とした。
「だよなぁ」
「まあとにかく、スオウのご尊父のところに、ごあいさつに参りましょうか?」
ディオゲネスが一行を促した。
「そうだな、ここでウダウダ言っていても始まらないからなぁ」
そう言って、スオウは一行の先頭を進んでいった。
サンゴとサクラも、スオウの後に従った。
母屋の敷居を跨ぐと、スオウが大きな声で呼びかけた。
「親父!帰ったぞ!里の恩人である人間が一緒だ!」
すると母屋の奥から、スオウとは比較にならないほど大きな声が返って来た。
「なんだとぉ!人間が一緒だとぉ!里の恩人ってのは、いったいどういう意味だ!」
声と共に現れたのはトロールと見間違うばかりの巨体をした、真紅の髪の男だった。
人鬼は鬼人化すると巨大化することを知っていたグィードは、一瞬、すでに鬼人化しているのかと思ったが勘違いだった。
目鼻立ちがはっきりとしており、太い眉と分厚い唇が特徴的であるが、なかなかの男前であった。
「スオウ殿のお父上ですか?私はアルフォンスという者で、」
アルフォンスが一行を代表して挨拶をしようとしたが、その顔をスオウの父親が、ぬうっと顔を近付けて覗き込んだために言葉に詰まってしまった。
「なんだ、人間じゃねぇのが紛れているじゃねぇか」
「うん、エルフのお姉さんだよ」
サンゴが口を開いた。
「おお、サンゴも一緒だったのかぁ」
スオウの父親はサンゴの顔を見ると急に相好を崩して、その頭をぐりぐりと撫でた。
「だがなぁサンゴ、お父ちゃんが言ったのは、そっちのエルフのことじゃあなく、こっちの人狼のことなんだよ」
スオウの父親はサンゴに優しく語り掛けた。
アルフォンスの表情が一瞬硬くなったが、すぐに和らぎ、口を開いた。
「さすがは人鬼の里の頭領ともなると、わかりましたか?」
スオウはなんのことだか、まだ良く解っていない様子であった。
そのことはレーナも初耳であったが、時と場所を弁えて、黙っていた。
「ふん、まあいい。とりあえず話を聞こうじゃねぇか。俺はグレンだ。全員中に入れ!」
なるほど、真紅ではなく紅蓮か、とグィード独りで納得した。
一行が案内されたのは、かなり広い大広間であったが、その家の内装はグィードの想像していた通り、フダラク風のものであった。
人鬼のルーツはフダラクであると、かつて知り合った人鬼から聞いたことがあったのである。
そう言えば、人鬼たちの衣服もフダラクの着物に似ていると、グィードは思った。
そしてその部屋には、グィード以外の者には見慣れない畳が敷かれ、部屋の真ん中には、低い円形の木製のテーブルが置かれ、長椅子ではなく、座布団が並べられていた。
その様式になれないグィード以外の者たちは、人鬼たちやグィードが正座するのを見てから、それを真似するように正座した。
グレンはその様子を面白がるように眺めてから足を崩し、胡坐を掻いた。
「まあ、おまえたちも足を崩せ」
スオウやグィードたちも足を崩した。
「それでスオウ、この人間たちが里の恩人だってのは、いったいどういうことか説明しろ」
「ああ、じつは俺が今朝、親父の言いつけ通りに、あの廃坑へ様子を見に行ったら、廃坑の入口が崖崩れしたみたいに塞がっていたんだ。そうしたらそこへ、この人たちも来ていて、話を聞いたら、それをやったのはこの人たちだって言うんだ。これはあれだろ、この人たちが俺たちの敵を倒してくれたってことだ。そういうのを恩人って言うんだろ?」
それを聞いて、グレンが大声で笑いだした。
「そうか、そりゃあおまえたちは、この里の恩人に違いねぇ!」
そう言って、グレンが笑い続けているうちに新たなる人物がその部屋にやって来た。
サクラによく似ているが、サクラよりも母性的で活力に満ちた雰囲気の女であった。
「皆さんよく来てくださいましたねぇ。グレンの妻のハイザクラと申します」
確かに、その髪色は灰桜であった。
これで五人だが、あと一人とはいつ会えるのだろうかとグィードが考えていると、その人物がハイザクラに続いてやって来た。
グレンによく似た、深紅の髪と凛々しい顔立ちの女であった。
身長もグレンに次いで高かった。
「あたしはグレンの母親のクレナイって者だ。お客人方、よろしく頼むよ」
グレンの母親と聞いて、人間たちはみな驚いたがエルフやドワーフなど長命な亜人種たちのことを思い起こして納得した。
人鬼の寿命は、一般的な人間のおよそ3倍と言われており、成人するまでは人間と同じように成長するが、それから肉体の老化はほとんどしなくなり、多少の個人差はあるが、百歳を超えると人間で言うところの三十歳くらいの状態から、まったく老化しなくなり、寿命が尽きると若い肉体のまま衰弱して死を迎えるのであった。
「それでお客人方は、いったいどういう用件でこの里に来たんだい?」
クレナイが、一族の最長老に相応しい威厳を湛えつつ、一行に尋ねた。




