ナイン・インチ・ネイルズとウィッシュ
作者の趣味が思い切り出ていますが、チートではなく、ただ偉大な英雄を夢見る主人公ヒューゴに相応しい武器になる予定です。今後ともよろしくお願いします。
ギルドを出て、一行がまず向かったのは武器屋であった。
オーデンセには三軒の武器屋があったが、グィードやアルフォンスは店の軒下の陳列を眺めただけで、どの店に一番上等な商品があるのかが解ったようであった。
他の二軒は街の中心部にあり、激安の看板や見た目の派手な武器ばかりを陳列していたが、街の外縁にひっそりと建つ、その店だけは雰囲気が違っていた。
軒下には見た目の美しさや派手さよりは、実用性を重んじた武器が多く並んでいた。
価格も決して安くはない。
その店の看板には「ドワーフの武器屋ハイ・ホー」と書かれていた。
店内に入ると客は他におらず、看板に書かれている通り、店主はドワーフであった。
ヒューゴとレーナは、ドワーフを見るのも初めてのことであった。
身長はレーナと同じくらいで、人間の成人男性に比べれば多少小さく、ずんぐりとした体型をしているが、小人と言われるほど小さくはない。
しかも、その頑健な肉体は平均的な人間の成人男性よりも、はるかに優れた膂力を秘めていることは明らかであった。
「ご主人、お邪魔をしますよ」
ディオゲネスが礼儀正しく言った。
「ようこそ、勇敢な冒険者諸君。ゆっくり見て行くといい」
ドワーフの主人が答える。
老人であるのか、それともまだ若いのか判別しかねるような、しかしはっきりとした声であった。
「これは全部、あんたの作品か?」
グィードが訪ねる。
「わしが造ったものも幾つかあるが、全部がそうだというわけじゃない」
「そうか」
そう言いながら、グィードは店内を物色する。
「店内にある武器は全部売り物なのか?」
再びグィードが訪ねる。
グィードの目には、そこは宝の山のように見えた。
何故ならば、そこに並ぶ武器は全て、王都の武器屋でもなかなか手に入らないような業物ばかりであったからである。
「その価値がわかる者には、相応の値で売ってやるさ」
「そうか、そりゃあ良かった」
そう言いながら、グィードは髯を撫でる。
「これなんてレーナにどうだ?」
そう言ってアルフォンスが手にしたのは、精巧な意匠の凝らされた一組の白銀色の籠手であった。
尖端に一角獣の角のような長い突起が付いている。
「おお、いいところに目を付けたな。それは槍のように相手を貫くことを目的とした格闘家専用の武器、ナイン・インチ・ネイルズじゃ。わしが若い時、戯れに造ったものだが、長年それに目をつける者は現れんかった。品質は保証しよう。世に二つとない一品だ」
レーナが試しに両手に着けてみると、それは金属とは思えないほどに軽かった。
「すごく軽い。これなら私でも軽々と扱えるわ」
主人は戯れにと言ったが、確かに通常の格闘家用の籠手とはコンセプトが根本的に異なっている。
通常、格闘家の攻撃系統は打撃であるため、籠手はその打撃力を増すために、まずは強度を上げ、またある程度、重さを増すものである。
しかし、この籠手の場合、攻撃系統は打撃ではなく刺突であり、強化されているのは貫通力と軽さ、つまり攻撃速度なのである。
レーナが装備した籠手をじっくりと観察していたディオゲネスが突然、大きな声を上げた。
「まさか、それはミスリル製なのでは?」
「おお若いの、それがミスリルだと良くわかったなぁ」
「まさか、灰色の輝きと呼ばれる幻の金属を、こんなところで目にすることができるとは。それではあなたは、ミスリル工匠なのですね?」
ミスリル工匠とは、生まれながらの鍜冶師とも呼ばれるドワーフ族のなかでも最高級の腕を持つ、ほんの一握りの選ばれた者にだけ与えられる称号であり、彼らはその称号と共に初めて神秘の金属ミスリルの精製と加工の技術を継承されると言われている。
「まあな」
ドワーフの主人は短く答える。
「よろしければ、ぜひ、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「わしか?わしはヴォルカスじゃ」
「まさか、それは当代一と言われるドワーフ族最高の鍛冶師の名前ではないですか」
「そういえば、遥か昔にそんな風に呼ばれて得意になっていたこともあったなぁ。だが今では、わしはしがない街の武器屋の主人じゃよ」
かの有名なミスリル工匠ヴォルカスが、なぜこんな田舎町の武器屋で主人をしているのか、それを尋ねることは非礼であることをディオゲネスは弁えていた。
「そうですか。ともかく私たちはこの店に導かれた幸運を、創造主と聖霊に感謝せねばなりません」
その時、それまで一行の足元をうろついていた黒猫が突然走り出し、ヴォルカスが立つカウンターの奥で、埃を被った鞘に収められ、立て掛けられた一本の長剣に身を擦り寄せて一声鳴いた。
ミャーオ
「ほう、変わった猫を連れておるのう。その猫にはその剣の価値がわかるらしい」
ヴォルカスが一瞬驚いたように、同時になにかを懐かしむようにそう言った。
その瞬間、あるいはヴォルカスは、黒猫の正体に気づいているのかもしれないとグィードは思った。
「それも売り物なのか?」
「いや、これはわしの私物というやつじゃ」
「ちょっと、見せてもらって構わないか?」
「ああ、好きにするがいい」
そう言うとヴォルカスは、鞘の埃を払いながら長剣をカウンターに置いた。
グィードはおもむろにカウンターに近付き、鞘から剣身を引き出す。
「これは!」
グィードは驚きを隠しきれない様子で、しばらくその剣に魅入っていた。
「ヒューゴ、この剣を持ってみろ」
そう言ってグィードは、剣を鞘に戻し、ヒューゴに手渡す。
ヒューゴは鞘から剣を引き抜いて、その剣を右手で軽く振ってみた。
その剣身から、虹色の光が放たれるのを店内にいる全員が目撃した。
思った以上の軽さにヒューゴは驚く。
「ねえヴォルカス、これもミスリル製なの?」
「いいや」
ヴォルカスが頭を横に降った。
「なんだ、違うのか。あんまり軽いから、絶対にそうだと思ったのに」
ヒューゴが心底がっかりしたように言う。
「それはオリハルコン製じゃよ」
その言葉を聞いて、その場にいる全員が大きな衝撃を受けた。
レーナでさえ、その伝説の金属の名前を知っていた。
それは創世神話において、神々が用いた金属の名であった。
曰く、オリハルコンは聖なる霊力の宿る金属にて、神々の意のままに、その形を変えた。
「オリハルコンが実在するんですか?」
ディオゲネスが前のめりに訪ねる。
しかし、その虹色の輝きを見れば、それが普通の金属製のものであるとは思えない。
「わしらドワーフの間では、ミスリルとヒヒイロカネの合金のことをオリハルコンと呼んでおる。それが創世神話に登場するオリハルコンと同じものなのかどうかはわかんがな」
「ヒヒイロカネ、ですか?」
ディオゲネスは興味津々である。
ヒヒイロカネとは、ミスリル以上に稀少な金属であり、魔力に感応しやすい性質を持つことから魔法金属とも呼ばれている。
「そうですか、そういうことであれば神々の意のままに、ということも納得ができますね」
ディオゲネスは独りで納得する。
魔力とは、人間の意思の力と精神力と想像力を極限まで高めたものである。
そしてそれら三つの人間の心の力を、まとめて精神エネルギーと呼ぶことがあるが、ヒヒイロカネとは、言わば精神エネルギーに感応する金属なのである。
ディオゲネスは独り、オリハルコンの秘密に想いを馳せていた。
その時、ヴォルカスが不意に言葉を発した。
「その剣は、わしの生涯で最高の作、願望じゃ」
それを聞いてグィードが口を開く。
「願望か。ヒューゴ、おまえにぴったりの名前じゃないか」
「そうだね、なにしろ俺は偉大な英雄になる男だからね」
それを聞いて、ヴォルカスは突然、声を上げて笑い出した。
「そうか、偉大な英雄になるか。それではその願望は、今日までおまえさんのことを待っていたのかも知れんな」
「ってことは、これを売ってくれるの?」
ヒューゴが弾む声で、ヴォルカスに尋ねた。
「いいや」
「え?」
「それはわしの私物だと言ったじゃろう。売り物ではない。だからそれは、わしからおまえさんへのプレゼントとしてやろう。その代わりに、」
「その代わりに?」
ヒューゴがヴォルカスの言葉を受けて、繰り返す。
「おまえさんはその願望に相応しい、本当の偉大な英雄になると約束してくれ」
一瞬の間を置いて、それからヒューゴが快活に答えた。
「わかった。約束なんてしなくても、そのつもりだけどさ。これからはヴォルカスとの約束のためにも、偉大な英雄を目指すことにするよ!」
すると、いつの間にかヒューゴの足元に移動していた黒猫が、人間の姿を取り戻した。
「ご老人、ご安心ください。その約束は、このウァサゴが必ず果たさせて見せます」
そう言ってウァサゴは、ヴォルカスに向って恭しくお辞儀をした。
「おお、やはり精霊であったか。それにしても、精霊を連れているとは、おまえさんたちはいったい何者なんじゃ?」
「今はまだ、しがない冒険者のパーティーだよ」
グィードが答えた。
「しかし、将来は偉大なる英雄のパーティーと呼ばれることになります」
ウァサゴが続けた。
それを聞き、アルフォンスとアーシェラとディオゲネスは互いの顔を見つめ合う。
三人の顔には同様に、それも悪くないという思いが現れていた。
それから一行は、籠手と共に、アルフォンスの大剣とアーシェラの細身の剣を新調して、支払いを済ませた。
いずれもヴォルカスの作であり、二つとない業物であると太鼓判が押された品であった。
店を出るとき、ヴォルカスを振り返ってヒューゴが言った。
「ヴォルカス、ありがとう。必ずまた来るよ!」
「そうか、楽しみに待っとるぞ」
「その時には、俺も剣を新調するかも知れん。それまで腕を磨いておいてくれ」
グィードが言った。
当代一と言われたミスリル工匠に対して、なんとも不遜な言葉であったが、ヴォルカスは悪い気はしなかった。
「ああ、わしもまだまだ腕を上げるつもりじゃ!」
ヴォルカスの声は、先ほどの出迎えの声よりも明らかに若返っていた。




