廃坑の秘密
今回は、この世界の謎に関わるいくつかのキーワードが出てきますが、まだまだ謎は深まるばかりというところです。伏線ばかりを散りばめて、回収できないで終わることがないように努力して行きたいと思っていますので、今後ともよろしくお願いします。
グィードたちが、アルフォンスたちと別れて横穴の探索を続けてから、一時間ほどが過ぎた。
その間、特別な出来事は何も起こらなかった。
途中、三体のジャイアントバットが突然襲い掛かり、レーナは悲鳴を上げたが、そのうち二体をグィードが、文字通り瞬殺し、レーナに襲い掛かった一体をヒューゴが一撃で斬り伏せた。
それ以外は魔物も現れず、ただ緩やかな降り坂が螺旋状に続いているだけだった。
あまりにも単調な道が続くので、やがて三人の間に会話もなくなり、三十分ほどが経過していた。
「なんだかこの道、このまま地獄の底まで続いていそうな気がしてきたよ」
沈黙に耐えかねたように、ヒューゴが深い意味もなく口にした。
「地獄の底かぁ、あながち間違ってないかも知れねぇなぁ」
グィードがヒューゴの言葉に同意する。
レーナは地獄という言葉に不吉なものを感じながらも、黙っている。
その代わりにというわけでもないだろうが、これまで黙って最後尾に従ってきたウァサゴが口を開いた。
「ご存知かも知れませんが、地獄というのは地上で魔王の側についた魂が、魔族と共に閉じ込められる異世界のことで、地下にあるものではありませんよ」
それを聞いて、グィードとヒューゴが足を止め、互いに顔を見合わせた。
「あのなぁ、ウァサゴ。俺たちが話しているのは、物の譬えというやつなんだよ」
グィードに続いて、ヒューゴもウァサゴを振り返り一つの疑問を口にした。
「地獄って、本当にあるの?」
「さあ、私も実際に行ったことはありませんが、昔、私を召喚した魔族から、そういう話を聞いたことがあります」
ヒューゴとグィードは、再び顔を見合わせた。
レーナの視線は、今度はその口から、どんな驚くべき言葉が発せられるのかと見張るように、ウァサゴの顔に張り付いている。
「おまえ、魔族にも召喚されたことがあるのかよ!」
グィードが驚きを隠し切れないように言った。
「はい、もう何千年も前のことですが。魔族の中には、元は人間であった者もいますから、精霊を呼び出すことができる者もいるのですよ。それに、これはあなたがたもよくご存じだと思いますが、最初に私たちをこの世界に召喚したのは、かの魔王自身なのですよ」
それは確かに、創世神話の中に語られていることであった。しかし、まさかそれが本当のことであったとは。
「ということは、おまえは魔王にも使役されていたことがあったということか?」
「そうですね。まあ、あれを使役と呼んでよいのかどうかはわかりませんが、私たち精霊は、もともと人間の助け手として、創造主によって創られたものですから」
確かに、創世神話によれば魔王は最初の人間の王であったと言われている。
グィードは魔王や創世神話について、様々な想いを巡らせたが、結局わからないことが多すぎるので、一端考えるのをやめた。
「ウァサゴ、とりあえずその話は後だ。そろそろ一端引き返して、アルフォンスたちと合流しよう」
そうしてグィードたちは、単調な下り坂から、単調な上り坂へと方向を転じたのであった。
同じ頃、アルフォンスたちは横穴の終着点までたどり着いていた。
そこは広い半球状の空間であって、完全武装したコボルトたちが百体ほど、あたかも王国の騎士団たちのように戦闘の訓練を行っていた。
アルフォンスたちは、コボルトたちに悟られないように、物陰からその様子を観察している。
「一端引き返して、グィードたちと合流しよう」
アルフォンスが小声で提案した。
「そうですね」
ディオゲネスは同意し、アーシェラも黙って頷く。
しばらく引き返してから、アルフォンスが口を開いた。
「どうやらあそこは、コボルトたちの修練場のようだな」
「ええ、ですが、先ほどの群れもそうでしたが、魔物たちがあのように組織だった戦い方をするなどということは、これまで聞いたことがありませんねぇ」
「ディオゲネスでもか?」
「ええ、ただそれは、魔王戦役終結以来という意味でですが」
アルフォンスとアーシェラの視線が、ディオゲネスに集中する。
「ということは、やはり魔王の復活は近い、ということなのだろうか?」
アルフォンスがディオゲネスに意見を求める。
「先ほどの話の続きですが、伝説によればコボルトの王というのがなかなか感心な奴で、彼は地上にやって来ると、人間たちの兵士の武器や装備を研究して、独自に開発した装備を配下のコボルトたちに与えるのですよ」
「つまり、コボルトたちが街道で人間を待ち構えていたのは、人間の装備を研究するためだと言いたいわけか?」
「まあ、そうなりますね」
「つまり、ここでも伝説が再現されているというわけだな」
アルフォンスは、心に湧き上がる不吉な予感を押し殺すように、抑揚のない声で言った。
「まあ、完全にというわけでもありませんし、ただの偶然という可能性もありますが」
口に出してはそう言ったが、ディオゲネスがそれを偶然だとは考えていないことは、アルフォンスにもアーシェラにも解っていた。
三人が話しながら引き返して行くと、先ほどコボルトの群れと戦闘した地点にまで到着した。
そこにはコボルトたちが身に着けていた装備と、その残骸だけが残されていた。
「あいつらはこれから、どこかに行くつもりだったんだろうな」
「ええ、完全武装したあの規模の群れなら、戦力を持たない近隣の村程度なら、あっという間に征服できたでしょうね」
ディオゲネスが、不吉なことをはっきりと口にした。
アルフォンスは、あの平和なノエル村やグレンナ村に、突然、武装したコボルトの群れが侵入し、村を焼き払う情景を想像して、身震いを覚えた。そして、沈痛な面持ちで口に出した。
「これはいよいよ、只事ではないな」
「いったいこの地域で、何が起ころうとしているのかしら」
アーシェラもまた、誰に問い掛けるでもなく、静かに口にした。
一方、ディオゲネスはしゃがみこんで、散乱するコボルトたちの装備の山から、細かい欠片を幾つか採集していた。
後で解析するための標本を集めているのだということが、アルフォンスにも解った。
「とにかく、グィードたちと合流して、今後の方針を話し合おう」
そう言って、アルフォンスは歩みを再開する。
ディオゲネスとアーシェラが、黙ってその後を追う。
合流地点に、先に到着したのはアルフォンスたちだった。
そこで三人は、改めてこれまでの状況を整理することにした。
「まずは風精霊たちの報告を頼む」
アルフォンスがアーシェラに促す。
「左から二番目の穴の先には、鍛冶場があったらしいわ。そこでは三十体ほどのコボルトが金属を精製したり、装備を造っていたと。真ん中は、居住スペースのようだったけど、今は空だった。その右の穴には食料や、完成した装備などが、かなりの量保管されてたと言っているわ」
「つまりここは、コボルトたちの一大軍事施設だということですね」
ディオゲネスが感想を述べる。
「ディオゲネスの話では、コボルトたちには王がいるようだが、さっき見た群れの中にもそれらしい奴はいなかったなぁ」
「ええ、群れの司令官のような奴は何体かいましたが、偉大なるネズミの王のように、明らかに雰囲気の異なる個体はいませんでしたね」
「今の時代には、まだ復活していないのか。あるいは、他の場所にいるのかもしれないわね」
アーシェラが推測する。
そう話しているところに、グィードたちが帰って来た。
「どうやら待たせちまったみたいだな」
「そう長く待ってはいません。それでそっちには、なにか変わったことはありませんでしたか?」
アルフォンスが答える。
「それがなぁ、なにもなかったんだ。ただ螺旋状に、緩やかに下り坂が続いているだけでなぁ。切りがなさそうだったから、途中で引き返して来たんだ」
それを聞いて、アルフォンスたち三人の顔つきが変わった。
三人とも考えていることは、一緒であった。
「そうですか、じつは、」
そう言って、アルフォンスはディオゲネスが語ったコボルトの王に関わる伝説や、これまでに整理した情報をグィードたちにも共有した。
「それじゃあ、俺たちが今探索してきた横穴は、地下世界につながっているんじゃないかと、おまえたちは考えているわけか?」
「まだわかりませんが、可能性は十分にあると思います」
ディオゲネスが答えた。
「そりゃあ、大事になって来たなぁ」
そう言ってグィードは髯を撫で始めた。
「ウァサゴ。地獄ってのは異世界だってことだが、地下世界ってのは、本当に存在しているのか?」
「この大陸の地下には、かなり広い空洞があり、そこにかつて、人間との戦いに敗れたり、地上の勢力争いに辟易した一部の魔族や魔物たちが、今も生きていることは確かです。それを地下世界と呼ぶのかどうかは、私にはわかりません。それにグィード、あなたとスカーレットが、かつて探索したあの深淵の牢獄も、その地下空洞につながる迷宮の一つなのですよ。知りませんでしたか?」
「そんなことを俺が知るわけがない。あれはただ、ギルドの依頼で迷宮の内部を調査するために探索したに過ぎない」
「そうですか」
とだけ答えて、ウァサゴは口を閉ざした。




