英雄たちの帰還
今回はすべて村の中での出来事になりましたが、物語は大きく動いている、あるいはその予感が感じられるように努力しました。
ぜひお楽しみください。
グィードたちが出発した後、村の広場にはさらわれた村人の身内の者たちが、一人ずつ交代で見張りに立つようにしていた。
そこに設置された転移魔法陣に何か変化があれば、すぐに皆に報せるようにと話も着いていた。
そして、その日の夕方になって、とうとう魔法陣に変化の兆しが表れた。
魔法陣が光を発し始めたのだ。
それは洞窟内でディオゲネスが、空間の裂け目を開くために詠唱を開始したのと同時に起きたことであった。
見張りをしていた狩人の妻が赤い雀に報せに走る。
赤い雀の一階には家族の無事を祈る村人たちが集まっていた。
村人たちは直ちに広場に向かう。
変化は更に進んでいた。
魔法陣の中央に空間の歪みが発生していた。
こちらは出口専用であるために、その向こう側の景色は見ることができない。
ただその周囲の景色を、渦巻き状に歪んだ鏡に映しているような感じであった。
突然、そこからヒューゴが現れた。
ヒューゴは辺りを見回し、そこにレーナの父ダーグの姿を見つけると意気揚々と言った。
「おじさん、安心して。レーナは俺が無事助けたから!」
ダーグの目は喜びに潤んだ。
「そうか、ありがとうヒューゴ」
ダーグがそう言い終わらないうちに、今度は歪みからレーナが現れた。
「おお、レーナ」
ダーグはレーナに駆け寄り、しっかりと抱きしめた。
「レーナ!お帰り。あなたは絶対に無事だって信じていたわ。創造主と聖霊が、絶対にあなたを守ってくれるって」
そう言って、ゆっくりとレーナとダーグに歩み寄ったのはレーナの母アーデラであった。
「うん、母さんが祈っていてくれるから、きっと大丈夫だって私、信じていたわ」
アーデラはグレンナ村でただ一人の司祭であって、レーナの無事を祈りつつも朝からいつものように教会の務めに出ていたので、出発前にはヒューゴたちと顔を合わせる機会はなかったのだ。
「おばさん、久しぶり」
「こらこら、おばさんって呼ぶなって、いつも言っているでしょう」
そう言いながらアーデラは、ヒューゴの頭を小脇に抱え込み、ぐりぐりと頭に拳を押し付ける。
それはヒューゴが幼い時からアーデラとの間で、何度も繰り返されてきた一種の恒例行事のようなやり取りであった。
実際アーデラは、「おばさん」と呼ぶのが申し訳なくなるほど若々しく、美しい女性であった。
しかも、母性的であるとともに創造主教会の司祭としての慈愛に満ちた女性であり、村人たちの間ではグレンナの聖母と渾名されているほどである。
そしてアーデラは、幼い時から母親を知らないヒューゴにとって、母親代わりのようなものであると、口には出さずともお互いに認め合っているような関係性であった。
そうこうしているうちに、空間の歪みから次々に救出された人々が現れていた。
村人たちは、その中に見慣れない人々が多く含まれていることに気づいたが、すぐに事情を飲み込んだ。
やがてグィードたち一行が現れ、最後にディオゲネスが現れると、空間の歪みは跡形もなく消え去った。
村人を救った英雄たちの帰還である。
「グィード、ありがとう。本当にありがとう」
ダーグは繰り返し、感謝の言葉を述べた。
「なぁに、大したことじゃないさ。レーナちゃんは将来、俺の娘になるかも知れない大切な娘だからな」
グィードはニヤニヤしながら髯を撫で、意味ありげにヒューゴの方に目を向ける。
ヒューゴの顔が赤くなる。
見るとレーナも耳まで赤くなっている。
これもまた、いつものやり取りであった。
平和な日常が取り戻されたことを、ダーグはしみじみと実感していた。
さて、それからグレンナ村は大忙しとなった。
人口二百人にも満たない辺境の村に、突然四十人近くのお客がやって来たのだ。
グレンナには赤い雀の他に、もう一件宿屋兼酒場として営業している赤い狐という店があったが、両方の客室を合わせても三十人が限界であった。
また、赤い雀の一部屋にはグィードたち一行が宿泊することになる。
結局、冒険者たちを中心に健康な者たちは、教会の礼拝堂で雑魚寝をすることになった。
問題は食事であったが、それについては冒険者たちが、感謝のしるしとして大森林で狩りと採集をして調達してくることに決まった。
数日前に魔物たちによってさらわれた冒険者たちではあったが、そこは冒険者であり、またグィードたちも念のため同行することになったので二の足を踏む者はいなかった。
そうして夕暮れの大森林に入った冒険者たちは、一時間もすると大量の獲物と果物や木の実を手に村に帰って来た。
村の広場には、村人たちによって宴会の準備が整っていた。
「村の危機を救った英雄たちと、村人と苦難を共にしたお客人たちのために、乾杯!」
村長のアントンが乾杯の音頭を取り宴会が始まった。
グィードのもとには、救出された人々が次々にやって来て感謝の言葉を述べ、その都度お酌をして行った。
上機嫌のグィードはお得意の「ほら話」を披露し、人々を楽しませていた。
アルフォンスたちの周りには冒険者たちが集まり、様々な情報の交換を行っていた。
その中で明らかになったのは、彼らを攫ったのは巨大ネズミたちばかりではなく、オークの群れやトロールの群れに襲われた者たちもいたこと。また、魔物たちによる人攫いは、もう数か月も前から近隣の町や村で噂になっているなどということであった。
そして彼らの話を整理すると、この地域で人々が魔物に攫われたのは今回が初めてのことではなく、これまでも魔物たちは人々を攫い、その人々を使って何らかの儀式を繰り返し行ってきたのではないかということになった。
アルフォンスたちの心に不安の闇が広がった。
思慮深い彼らは、洞窟で偉大なるネズミの王に遭遇したことは他言無用であることを、暗黙の裡に皆理解していた。
そんなことが噂として広まれば、人々はすぐに魔王復活を連想して、大陸中が大混乱に陥ることは目に見えていた。
そんなことは、なんとしても避けなければならない。
念のため、ヒューゴにもそのことは伝えられていた。
さて、大人たちが宴会でそれぞれの時間を過ごしている頃、ヒューゴとレーナは宴会の席を離れて、村の高台の大樹に設置されたブランコに、二人並んで揺られていた。
それは昔グィードが手作りしたもので、今では村の子どもたちの絶好の遊具となっていたが、ヒューゴとレーナにとってもお馴染みの場所であった。
「俺たちはこれから、母さんを探す旅に出ることになったんだ」
レーナは、ヒューゴが十六歳になれば母親を探すために、また冒険者になるために旅に出ることは以前から聞いていた。
意外だったのは、グィードが一緒にということである。
「グィードの店、死者の長靴はどうなるの?」
「うん、留守の間は村長のヒョードルが店番をしてくれるんだって」
「そっかぁ」
そう答えながら、レーナはこれまで胸に秘めていたある計画に想いを馳せていた。
レーナもまた、いつかはアーデラの跡を継いで村の司祭になるために、創造主教会の総本山である神聖都市エロールへ赴かなければならないことは、幼い頃からアーデラに言い聞かせられて来たことであった。
しかしレーナは、そのことをヒューゴには話していなかった。
意図的に隠していたわけではなかったが、ヒューゴと一緒にいれば、いつでもヒューゴが話し手になり、レーナは聞き手に回ることが多かった。
また、いつの頃からかレーナは、もし許されるならばその旅を、ヒューゴと共にできるならばなんと素晴らしいことだろうと夢想するようになっていたのだ。
だがその夢をヒューゴに知られるのは恥ずかしかったし、また現実には、ヒューゴと二人きりの旅など許されるはずもないと諦めてもいた。
しかしグィードも一緒に、さらにあの頼りになりそうな四人の冒険者たち(レーナはこの時、まだウァサゴのことも冒険者の仲間だと思っていたのだ)と一緒にならば、それは十分可能性のあること、むしろ、これ以上安心なことは無ないように感じられた。
「じつはね、ヒューゴ」
レーナは決心して口を開く。
「わたしも司祭になるために、神聖都市へ旅をしなければならないの」
「えっ?」
突然のことに理解が追いつかず、ヒューゴが聞き返す。
「あのね、今まで黙っていたけど、じつは私も旅に出なければならないの」
「そっか、そうなんだ」
ヒューゴはまだ、完全には事情を飲み込めていない。
「それでね、私もヒューゴたちと一緒に行っちゃ駄目かなぁ?」
「ええぇぇぇっ!!」
ヒューゴは自分の耳を疑った。
レーナが自分と一緒に旅に出る。
そんなことがあり得るとは、これまで一度も考えたことがなかった。
「やっぱり無理だよね、そんなこと急に言われても」
レーナが寂しそうに答える。
「無理じゃないっ!全然無理じゃないっ!グィードもみんなも、きっと喜ぶよ!」
ヒューゴは突然早口になって答える。
「本当?」
レーナの顔が喜びに輝く。
レーナはアーデラに似て美人であったが、アーデラよりも活発な印象を与える。
髪もアーデラほど長くはなく肩にはかからないほどであった。
またよく整った顔立ちと強い意志を感じさせる目から、どこか中性的な雰囲気もある。
アーデラが聖母であるとすれば、レーナは天使のようだとヒューゴは考えていた。
「うん、絶対だよ!早速グィードに伝えて来る!」
そう答えるとヒューゴは、山猫のように身軽にブランコから飛び降りて駆け出し、すぐに姿が見えなくなった。
「ああ、私もダーグとアーデラに話をしなければ」
そう考えながらも、レーナの心は翼を与えられたかのように高く、天にまで舞い上がっていた。
神聖都市エロールとル・カインの元ネタにお気づきの方はおられるでしょうか?
その辺についてもコメントなど頂ければ嬉しく思います。




