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洞窟からの脱出

これまでのなかでは一番長い1話になりました。冗長になっていなければよいのですが。

 ヒューゴが土牢の戸を開けた時、まず近づいて来たのは冒険者たちと思われる男女の一群であった。

 「ありがとう、助かったわ」

 「それにしても少年、年齢に似合わず良い腕をしているな」

 「他の救助隊はどこなんだ?」

 「まさかあなた一人で助けに来たというわけではないんでしょう?」

 などと、彼らは思い思いに感謝の言葉や質問を口にした。

 ウァサゴはまだ物陰からこちらを観察していたので、彼らにはヒューゴの姿しか見えていないのだ。

 「ああ、仲間ももうすぐ駆けつけてくるよ。それよりも、レーナというグレンナの宿屋の娘がここにいるはずなんだけど」

 ヒューゴがちょうど、そう言葉を発した時、

 「ヒューゴ!」

 という聞き慣れた声がした。

 声のした方を振り返ると、そこには泣き顔のレーナが立っていた。

 ヒューゴはその涙の理由を、魔物に攫われた恐怖と不安のためであろうと理解した。

 「怖かったか?レーナ、でももう大丈夫だ!」

 ヒューゴはレーナを安心させようと、精一杯の笑顔で声を掛けた。

 「本当に助けに来てくれたんだね?」

 「あたりまえじゃないか、何しろ俺は偉大な英雄になる男だからな!」

 それはヒューゴが幼い時から、折あるごとにレーナにいつも語っていた、お決まりのセリフであった。

 ゴホンッ!

 二人のやり取りを聞いていた冒険者たちのうちの一人が咳払いをした。

 「お二人さん、感動の再開のところを悪いが、俺たちは早速ここから脱出しなきゃならん」

 ヒューゴとレーナは改めてお互いの顔を見つめ合い、お互いに頬を赤らめた。

 「ああ、そうだね。でもそれなら心配はいらないよ。じつは、」


 時を遡ること数時間前、ヒューゴたち一行が村人救出のためにグレンナ村を出発する直前。

 一行は村の宿屋赤い雀(レッドスパロウ)の一室で、これからの計画を確認していた。

 「今回の目的は、戦う力を持たない村人たちを救出することになる。その村人たち全員を俺たちが護衛して魔物の巣窟から脱出するというのは、不可能ではないにしてもリスクが高すぎる。そこでだ、ディオゲネス。おまえは空間操作系の魔法の心得がある」

 「はい」

 「この村の広場に、転移魔法陣を設置することは可能か?」

 「なるほど。本来であればそれなりに時間をかけて、専用の設備を設置する必要がありますが、今回限りの使用ということであれば、一時間もかからずに設置可能ですね」

 「流石だな。問題は村の魔法陣を出口にするとして、魔物の巣窟で入口を設置する余裕があるかどうかだが」

 グィードがそう言いながら頭を捻っていると、ディオゲネスは(こと)()げにこう答えた。

 「それも問題ありません。村人が一人ずつ飛び込む程度の入口であれば、魔法陣を用いなくても、私一人の魔力で空間の裂け目として即座に展開可能です。村人全員と皆さんがそこへ飛び込んだ後で最後に私が帰還すれば、村人の発見から数分で全員この村に帰還できるはずです」

 なんて使える男なのだ!とグィードは感動したが、それは口に出さなかった。

 「決まりだな。それじゃあできるだけ早く魔法陣を設置して、早速出発だ!」

 ディオゲネスは張り切り、結局、三十分足らずで即席の転移魔法陣を設置してしまった。

 グィードのために何かができることが、ディオゲネスにとっては純粋に喜びであった。

 そのようなグィードの魅力は、王者の素質とでも呼ぶべきものであるとウァサゴは考えていた。

 もしグィードがそう望めば、一国の王になることも可能であろう。しかしグィードは、決してそのようなことを望まない男であることもウァサゴは理解していた。


 ヒューゴが転移魔法陣のことを解放された人々に説明していると、ちょうどそこへグィードたちがやって来た。ウァサゴは一行の一番後ろに静かに従っている。

 「ヒューゴ、なかなかやるじゃないか。おまえひとりでここまでやるとは」

 グィードはおもに、危険な戦闘からいち早くヒューゴを離脱させるために、ヒューゴを先行して救出に向かわせたのであった。

 もちろん、ウァサゴも一緒であったから二人でうまくやっている可能性もあるとは予想していたが、ウァサゴの性格から言ってその可能性は低いとも考えていた。

 だからこの状況は嬉しい誤算であったのだ。

 グィードはいつものように自慢の美髯を撫でていて、ヒューゴの手柄を喜んでいることは一目瞭然であった。

 「レーナちゃん、辛かったろう。大丈夫かい?」

 グィードがレーナに近づいて、気遣わしそうに声を掛ける。

 「はい。もう大丈夫です。本当に、ありがとうございます」

 レーナは昔なじみのグィードに、気丈な笑顔で答える。

 グィードが来たからには、もう何の心配もいらないだろうとレーナは確信していた。

 グィードがどれほど頼りになる人物であるかということは、レーナが経験的に知っていることであった。

 もうずいぶん昔、ヒューゴとレーナがまだ十歳くらいの頃、遊びのつもりで大森林に入り込んだことがあった。

 運悪く、そこに群れから離れた狼が一頭現れた。

 ヒューゴは足元に落ちていた太めの木の枝を拾い上げ、何とか追っ払おうとしたが、それが(かえ)って狼を刺激してしまった。

 レーナは恐ろしくて、ヒューゴの後ろに隠れていることしかできなかった。

 狼が低い唸り声をあげて二人を威嚇した。

 ヒューゴの足は震えていたが、逃げ出すわけにはいかなかった。

 レーナには、ほんの数秒間のヒューゴと狼の睨み合いが、永遠のことのように長く感じられた。

 するとそこへ、グィードが二人を探しにやって来た。

 「ヒューゴ、よくやったなぁ。レーナちゃんをしっかり守っていたじゃないか!」

 その時にも、グィードはやはり自分の髯を撫でていた。

 突然の招かれざる客の登場に、狼は覇気を削がれたようであった。

 あるいは狼は、本能によってグィードの実力を悟ったのかも知れない。

 グィードがひと睨みすると、静かに去って行った。

 その時ばかりでなく、グィードは二人が困っている時には、いつでもやって来て、どんな問題でも速やかに解決してしまった。

 もう安心だ。何の心配もいらない。レーナは自分の心に平安が満ちるのを感じた。

 捕らわれていた人々もグィードたち一行の姿を見て、より安心したようであった。

 「思ったよりも人数が多いが、ディオゲネス、問題ないか?」

 グィードが人々を見回して、ディオゲネスに尋ねる。

 「問題ありません」

 本当に頼りになる男だ。

 ディオゲネスがより詳細に事情を説明して、空間の裂け目を展開しようとしたところ、冒険者のうちの一人が申し訳なさそうに発言した。

 「じつは俺たちの装備が、どこかに保管されているはずなんだが」

 「ああ、それならその右の奥の扉の中にあるわ」

 アーシェラが即座に答えた。

 捕らわれ人たちを発見した後も、風精霊(シルフ)に探索を続けさせていたのだろう。

 それを聞いた冒険者たちが、早速その部屋へ向かおうとした時、グィードたちの背後から無数の魔物たちの気配と足音が迫って来た。

 巨大ネズミたちが、煙玉の効果から回復して追跡してきたのであろう。

 あるいは、偉大なるネズミの王(グレイトキングラット)がテレパシーによって新たな追っ手を呼び寄せたのかもしれない。

 恐らくは、その両方であろうとグィードは考えていた。

 「不味(まず)いなぁ」

 グィードがそう口にするが、まったく焦っている様子はない。

 救出された人々の顔色が一気に悪くなる。

 「大丈夫だ!安心しろ!」

 よく通る、しかし柔らかな声でグィードが言った。

 聞く者に、例外なく安心感を与えるような温かい声であった。

 「ひとまず、その右側の奥の部屋に全員入れ!」

 やはり柔らかく温かい声ではあったが、同時に有無を言わせぬ力強さも持っていた。

 人々は速やかに指示に従う。

 幸い部屋の扉に鍵は掛かっていなかった。

 そもそも、牢屋から脱走されるとは考えていなかったのだから、そこまでの用心はしていなかったのであろう。

 見張りが二体のオークだけであったことが、魔物たちの油断をよく表わしている。

 最後にグィードたちが部屋に入り、アルフォンスが扉を閉める。

 その部屋には冒険者たちの装備の他に、大きな木の樽や木箱が沢山積まれていた。

 魔物たちの中には人間のように酒を飲んだり、肉や穀物や野菜など、人間と同じ食物(しょくもつ)を食べるものもいる。

 ゴブリンやコボルトやオークたちがそうである。

 恐らくここは、そのような魔物たちのための食糧庫であったのであろう。

 グィードは素早く指示を出し、それらの樽や木箱を使って扉の内側にバリケードを作らせた。

 ドン!ドン!ドン!ガン!ガン!ガン!

 外側から、魔物たちが扉を叩き始めた。

 木の扉など数分も持たないだろうと、誰もが認識していた。

 「ここは私に任せてくれるかしら?」

 それまで黙っていたアーシェラがグィードに提案した。

 「ああ、頼む」

 グィードも迷わず答える。

 このような時の決断の早さも、グィードの王者としての素質であるとウァサゴは感心する。

 アーシェラがどうするつもりであるのかは解らなかったが、この美しい聖霊の支配者(エレメンツマスター)が信頼に足る人物であるということを、グィードはもはや疑っていなかった。 

 短く頷くとアーシェラはバリケードの方に向き直って、目を閉じて精神を集中する。

 「時の精霊(クロノス)よ!」

 アーシェラがそう唱えると、アーシェラの目の前に黒いローブを(まと)った老人のような姿の精霊が現れた。

 時の精霊(クロノス)は、エルフの精霊使い(シャーマン)が使役する精霊の中でも最上位の一角を占める精霊であった。

 グィードはそれを黙って見つめてはいたが、内心では感心していた。

 まさかアーシェラが、そこまで上位の精霊を使役しているとは予想していなかったのである。

 「時の精霊(クロノス)よ!アーシェラの名において命じる!その扉とバリケードの時間の流れを止めなさい!」

 命じられた時の精霊(クロノス)は、沈黙したままバリケードに近づくと、そこに積まれた木箱や樽に、次々に手を伸ばし触れて行った。

 そして最後に、扉そのものに触れると姿を消した。

 扉とバリケード自体に何ら変化した様子はなかったが、魔物たちが扉を叩く音はまったく無くなり、沈黙がその部屋を支配した。

 物体の時間の流れが止まったということは、その物体を破壊することは、絶対不可能になったということを意味する。

 当然、その物体を叩いたからといって振動することもない。

 したがって、音も消えたのだ。

 試してみる気にもならないが、恐らくそんな物体を力いっぱい叩けば、叩いた方が大けがをするのが落ちであろうと、グィードは想像した。

 どんな伝説の剣にも、またどのような攻城兵器にも、絶対に破壊不可能な扉とバリケードが、今ここに出来上がったのである。

 ディオゲネスも知識の上では知っていたが、実際に目撃したのは初めてのことであった。

 探求者(シーカー)としての好奇心と興奮が心に湧き上がるのを、止めることはできない。

 「当然のことだけど、永遠に続くものではないわ」

 アーシェラが静かに告げた。

 その言葉で、ディオゲネスも冷静さを取り戻す。

 「では、こんな不潔で薄暗い場所からは、速やかに退出しましょうか」

 そう言うと、ディオゲネスは部屋の奥の空間に向けて右手を伸ばして、詠唱を始めた。

 「異空の扉よ!開け!」

 するとその右手の先の空間が、ちょうど人間が一人通り抜けられるほどの大きさで歪み、やがてその向こうにグレンナ村の広場の景色が見えた。

 そこには村の建物や心配そうに見守る村人たちの姿と共に、美しい春の夕暮れの空が広がっているのが見えた。

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