ヒューゴとレーナ
グィードたちが偉大なるネズミの王の軍勢と戦っている時、ヒューゴは精霊のウァサゴと共に一足早く戦線を離脱していた。
目的はアーシェラの放った風精霊が発見したグレンナ村の村人を救出することであった。
アーシェラが指示した通路を進むと間もなく洞窟の土壁をそのまま利用した大きな牢屋を見つけた。
案の定、鉄格子の前にはオークが二体見張りをしていた。
ヒューゴたちは気づかれないように、物陰に潜んで様子を伺う。
「あのネズミの王様はオークも配下に置いているんですねぇ」
ウァサゴがヒューゴに囁くように話し掛けた。
「ああ、あの話しぶりだと魔王にかなり近い様子だったし、他にもどんな魔物がいるかわからないぞ」
ヒューゴが、やはり囁くように答えた。
鉄格子の奥へ目をやると、当初考えていたよりも更に多くの人々が捕らわれていた。
「虜は五十人はいるようですね、ヒューゴ」
「たぶん、グレンナの人たちだけじゃなく、その他の近隣の人たちや冒険者たちも捕らわれているんだ」
レーナの姿が確認できないことにヒューゴは不安を覚えたが、自分のなすべきことは忘れていなかった。
「どうしよう、ウァサゴ。俺一人であの二体を相手にできると思うかい?」
「不意討ちが成功すれば大丈夫でしょうね」
「もしもの時はウァサゴも協力してくれるのかな?」
ヒューゴは探るように尋ねた。
「それはもちろん、やぶさかではありませんが、それよりも良いことを教えましょうか?」
「良いこと?」
「ええ、良いことです。いいですか、ヒューゴ。優れた冒険者というのは、ただ武勇に優れているだけではなく、自分の身の回りにあるものや、置かれている状況を利用して、戦闘を自分に有利に運んだり、ピンチをチャンスに好転させたりするものです」
「うん」
ヒューゴはまるで優等生のように、目を輝かせて頷く。
「今、あなたの目には何が映っていますか?」
「土牢に閉じ込められた人たちと見張りのオーク」
「それから?」
うーん、と唸りながらヒューゴは辺りを見回す。
ヒューゴの視界に洞窟の壁や天井、足下などが次々に入る。
もう一度、同じように辺りをよく見回す。
壁には、燃える松明が掛けられていた。
通常、天然の洞窟や魔物の住処には松明などはない。
ほとんどの魔物は夜行性であるか、そうでなくとも優れた暗視能力を持っているので、人工の光は不要なのだ。
冒険者たちがそのような洞窟を探索するときには、猫の目という基礎魔術を用いて一般的な夜行性動物並の暗視能力を付与してから入るのが常識である。
今回もウァサゴと元々高い暗視能力を持つエルフのアーシェラ以外のメンバーには、ディオゲネスによって猫の目が施されていた。
しかし、ここは一般の人間を監禁しておく目的のスペースであったから、松明が備えられていたのである。
なぜならば、完全な暗黒に晒された人間は間もなく発狂してしまうからである。
巨大ネズミたちが、いったいどのような目的で人間を攫って来ていたのかは謎であったが、発狂させてしまっては彼らの目的は達せられなかったということなのであろう。
その意味では、虜となった人々は幸運であった。
もちろんそれは、このまま無事に救出されることができればの話ではあったが。
いずれにせよ、ヒューゴは松明に目を向けた。
「あの松明を使うというのはどうかな?」
ウァサゴは感心したように頷いてから言った。
「さすがは我が孫だと、言っておきましょう。もちろんその作戦が成功した場合に限りますが」
「よし、やってやる」
そう言うと、ヒューゴは見張りに気づかれないように静かに、牢から一番離れた、見張りの死角に当たる壁に掛けられた松明に手を伸ばした。
それからヒューゴは、一度深呼吸をした。
そこからの行動は早かった。
右手に松明を持って、素早く見張りに近づき、向かって右に立つオークの顔面に松明の火を押し付ける。
ギィヤァァァァ!!
オークが顔を抑えて仰け反る。
ヒューゴは構わず反対側のオークにも同じようにする。
グゥオォォォォォォゥ!!
その悲鳴が止まぬうちにヒューゴは松明を投げ捨て、腰の剣を抜き放った。
先に仰け反った方の胴体を真横に斬る!
その剣を止めずに、遠心力を利用してヒューゴは身体を回転させた。
ちょうど正面に、なお苦痛にもがき続けるもう一体のオークの姿があった。
ヒューゴは躊躇わずに剣をオークの首に走らせた。
見事な連続技であった。
二体のオークは、ほぼ同時に断末魔の叫びをあげて消滅した。
ヒューゴは驚異的な早さで成長していた。
じつはそれが、ヒューゴがウァサゴとの契約によって得た加護、名も無き英雄たちの効力によるものであることをウァサゴは知っていた。
精霊との契約は契約者の願望を色濃く反映した加護をもたらすのだ。
だがウァサゴは今のところ、そのことをヒューゴに報せるつもりはなかった。
そんなことでヒューゴに胡座をかかせては元も子もないのだ。
レーナはグレンナ村の仲間や護衛を引き受けてくれた二人の冒険者に励まされながら、なんとか正気を保っていた。
あの汚らわしい魔物たちにさらわれてから、いったいどれほどの時が流れたのだろうか?
冒険者のうちの一人はアロンゾという盗賊で気の弱い男だったが悪人ではなかった。
護衛として雇われたにも関わらずまったく役に立てなかったことを何度も詫びていた。
もう一人はフェルナンドという大柄の助祭で、頼り甲斐のある人物だとレーナは感じていた。
どちらも年齢は20代の前半で冒険者としてはまだまだ未熟であることを当人たちが認めていた。
しかし依頼を受けたからには全力でそれに取り組むことを誇りとしているとも、口々にのべていた。
そして、何よりも重要なことは自分たちのリーダーであるハインツは自分たちを絶対に見捨てない男であるから、必ず救助隊を組織して助けに来てくれるはずであると、確信に満ちて語っていることであった。
レーナたちがここに連れてこられた時には、すでに四十人近くの人々が捕らわれており、そのなかには近隣の村の人々や、やはり幾人かの冒険者たちも含まれていた。
おもに冒険者たちが入手した断片的な情報を整理すると、最初の者がここに捕らわれたのがおよそ五日ほど前のことであり、虜が百人に満ちた時、魔物たちは何かの儀式を行うために人間を集めているのだということであった。
そして彼らもまた、必ず助けは来ると信じていた。
ただ、それが一週間後のことなのか、それとも一ヶ月後のことになるかは解らないということだった。
そのような中で希望を失わないために、レーナは父親が店主を務める宿屋赤い雀を定期的に利用する、ある親子のことを考えていた。
父親の名前はグィードで息子はヒューゴであった。
グィードは元冒険者で、かつては王都の盗賊ギルドの幹部であったと、父親のダーグから聞いていた。
ヒューゴとは、お互いが物心ついた頃にはすでに顔見知りであり、親子が宿屋を利用するたびに姉弟のように遊んでいた。
歳はレーナがヒューゴの一つ上であったが、ここ数年で身長がレーナに勝り始めたヒューゴが兄貴風のようなものを吹かせ始め「なにか困ったことがあれば、なんでも俺に言ってくれ」というのがヒューゴの常套句になっていた。
そのことを思い出して、レーナは心の中で「ヒューゴ、助けに来るのが遅いじゃないか!」と不平を漏らした。
その時だった、牢の入り口付近が騒がしくなる。
「やった!」
「助けが来たぞ!」
「見張りが倒された!」
などという歓喜の声が、次々に上がる。
レーナは立ち上がって入り口に近づいた。
そこには、ちょうど牢の鍵を開けて虜を解放し始めたヒューゴが立っていた。
レーナの瞳から温かいものが流れて頬を伝った。
ノーネームヒーローズ=NO NAME HEROESはHOUND DOGさんの名曲です。日本のロックもカッコいいですよね。歌詞のストレートさに痺れます。




