バジリスク
洞窟内には無数の魔物の気配が蠢いていた。
「こいつは厄介そうだなぁ」
グィードがアルフォンスの方を見て言った。
「ええ、これはネズミたちだけの気配じゃない。他にも面倒なのがたくさんいるようです」
「私が風精霊を送って、少し奥を探ってみるわ」
とアーシェラが提案する。
「では私は皆さんに隠形の魔法を掛けましょう。村人の救出が目的ですから、なるべく戦闘は避けて行きましょう」
ディオゲネスはそう言うと、目を閉じて精神を統一した。
「光よ、闇よ、我らを覆い隠せ!インヴィジブル・マン!」
その魔法の効果で、一行の身体は透き通ったように見えた。
実際には魔力の覆いで可視光線をねじ曲げ、姿を完全に隠しているのだが、同じ魔法を掛けられているパーティー間では互いの位置を確認できるように、半透明の姿で可視化される仕組みになっているのだ。
同時に、アーシェラは風精霊に命じて半径五メートル以内の物音が外部に聞こえないように空気の振動を調整させた。
本来、その空間内では詠唱を必要とする魔法が制限されるのだが、ディオゲネスは詠唱破棄や無声詠唱を習得しているため、戦力的な影響はほぼ皆無であることをアーシェラは知っていた。
ウァサゴは相変わらず、すべてのことを面白がっているような顔で一行の最後列を歩いている。
一行が洞窟の奥へと進んで行く途中、天井一面にジャイアントバットがぶら下がって眠っている部屋を通過した。
もし戦闘になれば、ヒューゴには身を守る他にできることはないような気がした。
さらに進むと人間の腰の高さほどもある巨大グモとも数回すれ違った。
やがてアーシェラが、静かに吉報を伝えた。
「風精霊が、村人が閉じ込められている場所を発見したわ。ここから五十メートル先の分かれ道を左に行くと間もなくだと言っているわ」
「よし、あそこを左だな」
グィードがそう言った時、
キシャッァァァァ!!
という不気味な音と共に、巨大な何かが一行に襲いかかった。
それはバジリスクと呼ばれる巨大な蛇の魔物であった。
その巨大な蛇体は、全長十五メートルを遥かに越えて、一行をひと呑みにできそうなほどであった。
ガキンッ!!
襲いかかるバジリスクの牙を、グィードはいつの間にか抜いた愛剣で受け止めていた。
ディオゲネスの隠形を当てにし過ぎて、油断していたとグィードは反省していた。
一部の蛇はピットと呼ばれる特別な器官を持っており、赤外線を見ることができるのだ。
だがまさか、この洞窟にバジリスクまでいるとは予想していなかった。
バジリスクは牙を止められてなお、グィードを呑み込もうと口を広げた。
グィードは素早く後方に跳び退き、その攻撃を躱す。
グィードの隠形が解ける。
隠形は被術者が戦闘の開始を認識した時点で解ける仕組みなのだ。
続いてアルフォンスの隠形も解ける。
すでに大剣を構えていた。
グィードも愛剣を構え直す。
「やれやれ、何だってこんな化け物がこんなところにいやがるんだ」
グィードは誰に問い掛けるでもなく、独り言のように言った。
キシャッァァァァ!!
バジリスクは鎌首をもたげて威嚇している。
次の瞬間、その大きく開かれたバジリスクの口から、大量の毒液が吐き出された!
グィードは素早く跳び退く!
ジュボッ!!
毒液が一瞬前までグィードがいた辺りの地面を溶かした。
バジリスクの毒液は強力な酸なのだ。
「残念だったな。おまえなんか奇襲が失敗した時点で俺様の敵じゃないんだよ」
とグィードは余裕を取り戻している。
「ヒューゴ、気を付けろよ。こいつはなかなかの強敵ってやつだ」
ヒューゴは恐ろしさのあまり、まともに答えることもできなかった。
バジリスクがヒューゴに目を向けた。
ヒューゴから自分に対する恐怖を感じ取ったのだ。
魔物や野性動物の世界では、恐怖に支配されたものから先に襲われる。
恐怖は即、死に繋がる世界である。
しかし、人間の世界ではそうではない。
恐怖を感じることは、生き残るために必須の資質なのだ。
そして、恐怖と共にどうしても必要な資質がもう一つある。
それは勇気である。
ヒューゴはそのどちらをも持ち合わせていた。
ヒューゴは剣を構える。
バジリスクが牙を剥いて襲い掛かる。
ヒューゴは前に出る。
バジリスクの牙を剣で受け流しつつ走り抜ける。
「うぉぉぉぉぉりゃぁぉぁぁぁ!!」
ヒューゴは剣を振り上げ、全力でバジリスクの胴体に降り下ろす。
ガキンッ!!
剣は鱗に弾かれた。
しかしそれが、現在のヒューゴにできるベストの対処であったことが、その場にいる二人の卓越した戦士には解っていた。
ウァサゴもまた、それを見て満足そうな顔をしていた。
これまで様子を見ていたアーシェラが戦闘体勢に入った。
「火蜥蜴よ!」
呼び出された火蜥蜴は手にした槍を構えて、即座にバジリスクの顔面目掛けて突撃を仕掛けた。
突撃を受けてバジリスクは怯んだ。
苦し紛れに尻尾を大きく振り周囲を薙ぎ払った。
グィードとアルフォンス、そしてヒューゴは跳び上がってそれを躱した。
呼吸ひとつ乱さずに着地したグィードが、ヒューゴの無事を確認して、ゆっくりと話し出した。
「なあ、ヒューゴ。良いことを教えてやろうか」
グィードが髯を触りながら続ける。
「蛇ってのはなぁ、頭を砕いても胴がまだ生きてやがって、絞め殺そうとしてきたりしやがる。だから、蛇をやる時ってのは、初めからぶつ切りにしてやる気でいかなけりゃならない」
饒舌なグィードの様子を見て、もはや何の心配もないことをヒューゴは確信した。
「行くぜ、アルフォンス。本当は俺一人でも十分なんだが、連携攻撃ってやつのお手本を、ヒューゴにぜひ見せてやりたいんだ」
「了解です!」
アルフォンスは礼儀正しい学生のように答えた。
バジリスクが人間の言葉を解したとは思えないが、何か不吉なものを感じ取ったらしく、素早く塒を巻き、防御姿勢を取ったように見えた。
「アルフォンス、また昨日みたいに合わせろよ!」
「死神の大鎌!!」
グィードの手元で愛剣の剣身が巨大化した。
「輪舞!!!」
グィードの身体が回転を始め、そのままバジリスクに向けて移動を開始する。
アルフォンスがそれに合わせて突進する!
「餓狼爪襲乱舞!!!」
アルフォンスは獣人化はしなかった。
それでも、技の威力は絶大であった。
それは無制限に繰り返される連撃であることが、今のヒューゴには解った。
アルフォンスはひと呼吸のうちに、何十何百という斬撃を繰り出しているのだ。
グィードの回転は真空の刃を生み出していた。
無数の斬撃に加えて、真空がバジリスクの蛇体を切り刻んでいた。
バジリスクの全身の傷口からどす黒い血が噴き出す!
キシャァァァァァァァァァァァーーーーーー!!!
バジリスクは聞く者を怖気立たせるような断末魔の叫びをあげて消滅した。
残された瘴気の濃さにヒューゴは顔を顰める。
「ヒューゴ、しっかりと目に焼き付けたか?これが連携攻撃ってやつだ」
グィードは自慢の美髯を撫でながら言った。
上機嫌なのだ。




