希望
ヒューゴたち一行を地下牢まで連行したのはそれぞれ、グィードとよく似た美髯を蓄えた中年の騎士、鋭い目つきとしなやかに鍛え上げられた肉体を持つ軽装戦士、黒装束を纏った長髪の忍者、まだ少女のようにも見える若い祭司、ローブを纏った青白い顔の若い魔術師の風体を持った五人の不死隊であった。
一行の武器はすべて没収され、両手には恐らくコボルダイト製と思われる拘束具が嵌められているため、ひと先ずはおとなしく従う他なかった。
チグリスとユーフラテスは、当然のことながらバキエルに同行し、ウァサゴとグレモリーはいつの間にか姿を消していたが、不死隊たちがそれを気にした様子はなかった。
契約者が拘束されている以上、精霊たちもまたおとなしくしているだろうと考えていたのかも知れないし、いざとなれば精霊たちを力づくで制圧する自信が、彼らにはあるのかも知れない。
連行されながらグィードは、そんなことを考えていた。
また、その不死隊たちのパーティーとしてのバランスの良さを見て、彼らの原型となった冒険者たちもまた、同じようなパーティーのメンバーであったのかも知れないなどと想像していた。
すると武装解除後も連絡用に残されていたパーティーの集合意識からトイフェルスドレックの声が響いた。
「血盟だな」
血盟とは大陸の冒険者たちの間で、半ば伝説のように語り継がれて来た冒険者パーティーの理想的な在り方を指す言葉である。
すなわち、現世において固く結びついたパーティーは来世においても、また同じ魂を持つ者同士とパーティーを組むことになると信じられているのだ。
「だとしても、まさか来世が魔王の眷属になるとは、こいつらも思いもよらなかっただろうな」
グィードは集合意識の中で答えた。
「それより、ザムジードは本当に俺たちを拷問するつもりだろうか」
そう言って、グィードとトイフェルスドレックの間に割って入ったのはヒューゴであった。
「そこまではしないと願いたいが、今のところなんとも言えない状況だな」
そうグィードが答えた。
「じつはザムジードが裏切るであろうことは、最初から予想していた」
出し抜けにそう言ったのはトイフェルスドレックであった。
集合意識の中に驚きの波が広がる。
グィードを初めとして一行は皆、万魔殿入城前のやり取りから、ザムジードに対してある程度の不信感を持ってはいたが、まさかこれほどまでに致命的な瞬間に、決定的に裏切ることになろうとは誰も想像していなかったのだ。
「最初からってのは、いつからのことを言ってるんだ」
グィードが訪ねた。
「最初からは最初からだ。ザムジードがこの作戦に加わることを知った時からだ。もっと言えば、ザムジードが要注意人物であることを、数年前からギルドの上層部には私から伝えてあった」
それを聞いて、一行はさらに驚いた。
「数年前からだって?それじゃあオーデンセの冒険者ギルドで言っていた、今回おまえは個人的な意思で動いていて、冒険者ギルドの意思によるものではないと言っていたのは嘘だったんだな」
グィードが怒りをあらわにしながらも、半ば呆れたように吐き捨てた。
「まあな。敵を欺くには、まず味方からと言うだろう。それに、あれは完全に嘘だというわけではない。つまり、そもそも冒険者ギルドを動かしているのが私の意志なのだからな」
「なっ、、」
言いかけて、グィードは言葉に詰まってしまった。
一行も何も言えずに黙っていることしかできない。
そして沈黙のうちに一行は理解した。
四百年前の戦いの生き残りであり、六英雄の一人であるトイフェルスドレック、またの名を大賢者メルキオルとはつまり、冒険者ギルドの創設者の一人なのである。
そして彼はそれから四百年間ずっと、冒険者ギルドを歴史の裏側で支え、管理してきたのであると。
渡鴉と共に一行の後ろに従っているカルラは、集合意識には組み入れられていなかったが、これまでのやり取りでトイフェルスドレックの正体を知った時から、そのことを薄々感じてもいた。
そもそもカルラにとっては、トイフェルスドレックはギルドの中で最高師範である自分よりも上位の存在であったのだから。
「それじゃ何か、こうなることも最初から、おまえには分かっていたのか」
グィードが気を取り直してトイフェルスドレックに尋ねた。
「一つの可能性としてはな」
「それじゃあ当然、対策も考えてあるんだよね」
そう尋ねたのはヒューゴであった。
「もちろん、だから諸君は安心していたまえ。ただ一つだけ言っておく。これから何が起こっても私を信頼してくれ。悪いようにはしない」
「悪いようにはしない」というその言葉に、一同は引っ掛かりを感じた。
ただヒューゴだけはまっすぐに答えた。
「わかったよ。これからのことはすべてトイフェルスドレックに任せる」
それを聞いてグィードは、またそれ以外の者たちも皆、今やヒューゴこそがパーティーのリーダーであることを改めて認めた。
「いい答えだ」
トイフェルスドレックが短く答え、集合意識における話し合いは一端終わった。
まもなく一行は地下牢に到着し、カルラや渡鴉と共に拘束具を嵌められたまま牢に入れられた。
不死隊パーティーのリーダーと思われる騎士が地下牢の錠を閉めながら口を開いた。
「おまえたちが脱走に成功することを祈っている。その時にまた、剣を交えようぞ」
グィードによく似た美髯を蓄えた口元には、豪胆な冒険者らしい太い笑顔が浮かんでいた。
それを聞いてグィードが答えた。
「おまえたちにも自分の意志があるのか」
「当然だ。だが同時に、ガムビエル様のご意志にも逆らえん。どうやら俺たちは、そのように造られているらしい」
「そうか。ではリロイはどうだ。おまえたちはあいつにも従うのか?」
好奇心に駆られて、グィードが重ねて尋ねた。
「それがガムビエル様のご意志であればな。あの方は俺たちにこの姿を与えて下さった恩人ではあるが、主人ではない」
「ルキウス、さっさと戻りましょう。地下牢というのはどうも好きになれません」
そう言って二人に割って入ったのは、ローブを纏った青白い顔の若い魔術師であった。
それを聞いて、美髯の騎士ルキウスは改めてグィードの顔をまっすぐに見ながら言った。
「ああ。では達者でな」
「ああ。ルキウス、またな」
グィードが人懐こい笑顔で答えた。
その時、地下であるはずなのに二人の間に、爽やかな風が吹いたように感じられた。
不死隊たちが去った後、一行はまず渡鴉の状態を確認した。
予想通り、未だザムジードの精神支配が解かれておらず、グィードたちの呼び掛けに答える者は一人もいなかった。
そこで一行は続いて、先ほど集合意識において話し合った情報をカルラにも共有し、これからのことはすべてトイフェルスドレックに委ねようという同意を取った。
カルラとしても、他に方法はないことは良く分かっていた。
暫くして、地下牢の扉の前に一人で姿を現わしたザムジードの顔には、お馴染みのこの世の不幸を一身に背負ったような深刻な表情が浮かんでいた。
「よう、ザムジード。やっと俺たちを拷問しにやって来たか」
グィードがからかうように声を掛けた。
ザムジードは黙っている。
やがて意を決したようにザムジードは口を開いた。
「グィード、玉座の間に入る直前にした約束を覚えているか?」
「ああ。おまえの部下たちを無事に王都まで連れ帰るという約束だな」
グィードが答えた。
「これから渡鴉の精神支配を解き、おまえたちの装備が置かれている部屋まで案内する。だからその約束を実行して欲しい」
「それは構わないが、その後おまえはどうする。おまえの立場も悪くなるんじゃないか?」
グィードが訪ねる。
「それはおまえたちには関係のないことだ」
「関係なくない!」
力強くそう答えたのはヒューゴであった。
「俺たちの作戦はまだ終了していない。だからザムジードはまだ、俺たちの仲間だ。仲間を見捨てて逃げ出すことはできない」
それを聞いて、今度はカルラが口を開いた。
「私も言ったはずだ。私はこの作戦の指揮官として、最初から貴公を含めた部隊全員の生き残りを最優先課題としていると」
「だが、私は裏切り者だった」
ザムジードが狼狽したように答えた。
「おまえの顔を見ていれば、何か止むに止まれぬ事情があることは誰にでも分かるさ」
グィードがまた、ザムジードをからかうように答えた。
一呼吸開けて、グィードは表情を厳しく変えて続けた。
「だが、スカーレットのことだけは、今ここで説明してもらうぞ」
言い終えてグィードは、渡鴉の中で、未だに甲冑に覆われてその顔を見ることもできないスカーレットの方を見つめた。
「ああ、そうだな。まずはそのことをおまえとヒューゴ君に詫びなければならない」
そう言って、ザムジードは地下牢の扉の錠を解除すると、扉を開き、ゆっくりと一行に歩み寄った。
それからザムジードはグィードの目の前で両膝を突き、頭を深く傾げた。
数秒の後、ゆっくりと頭を挙げたザムジードは次のように語り出した。
「君たちがスカーレットと呼んでいる女性の本当の名前はユリアナ、彼女は私の従姉妹であり幼馴染なのだ」
誰も口を開かないので、ザムジードは話を続けた。
ザムジードとスカーレットと呼ばれるユリアナの故郷であるファールーシ王国はガムビエルによって滅ぼされたこと、十六歳になるまでその事実は隠され、自分はガムビエルによって育てられたこと、それからさらに数年経って王都でスカーレットを発見し、自分の身近にいて欲しいという身勝手な想いを抱き、愚かにもそれを力づくで実行してしまったことなど、自分が魔王の依代であることも含めて、ザムジードはすべてを打ち明け、改めてグィードとヒューゴに謝罪した。
今やザムジードは、スカーレットを自由にする決心をしていた。
そして、もしスカーレットが自由になれば、自分が魔王の依代であることも、当然グィードたちに伝わるのであるから、今さら隠し立てすることに意味はなかった。
ザムジードが語り終えると、グィードは重々しく口を開いた。
「事情は分かった。とにかくまずは、俺たちの拘束具を解除してくれ」
ザムジードはすぐに言われた通りにした。
全員の拘束具が解除されると、グィードは無言でザムジードの両肩を掴んで自分の目の前に立たせ、間合いを取るように一歩下がった。
「ザムジード、歯を食いしばれ!」
ザムジードがその言葉に反射的に従うと、グィードは一歩踏み込んで、渾身の力でザムジードの顔面に拳を放った。
手加減なしのグィードの一撃を受けて、甲冑を纏ったザムジードの身体が真後ろ吹っ飛ぶ。
ガシャンという音を立てて、鼻血を吹き出したザムジードが無様に床に倒れる。
「昔のよしみだ。それで赦してやるよ」
グィードがニヤリと笑いながら言った。
立ち上がったザムジードは涙を流していた。
涙と鼻血と鼻水を垂れ流しながら、ザムジードの顔は泣きながら笑っていた。
「グィード、、」
ザムジードは、それ以上何も言えなかった。
その時、レーナがヒューゴに黙ってハンカチを手渡した。
その意図を理解したヒューゴがザムジードに近づき、ハンカチを手渡す。
一瞬呆然とした後で、ザムジードはハンカチで顔をぬぐった。
「ザムジード、それちゃんと洗って返してよ」
ヒューゴが無邪気に笑いながらそう言った。
「あ、ああ」
ザムジードは戸惑いつつも、そう答える。
「よし、それじゃあお次は、スカーレットたちに掛けられた精神支配をさっさと解いてくれ」
グィードが屈託なくザムジードに促した。
「ああ」
そう答えてザムジードは短く古代語を詠唱する。
次の瞬間、渡鴉たちが我に返ったように、次々と兜を外し始めた。
そしてその中に、炎のように鮮やかな赤毛を持つスカーレットの姿もあった。
「ずいぶん待たせたな、スカーレット」
グィードがスカーレットに近づき、穏やかに微笑みかけた。
「グィード、あなたは必ず私を取り戻してくれるって信じていたわ」
スカーレットがそう言いながら、グィードの首に腕を回して抱き着いた。
それからヒューゴに向き直り、涙を流しながら微笑んだ。
「ああヒューゴ、あなたはグィードの若い頃にそっくりだわ。立派になったわね」
そう言われて、ヒューゴは誇らしい気持ちになったが、どう答えていいか分からず照れ笑いしながら頭を掻いた。
「そうね。あなたは私のことをあまり覚えていないでしょうね」
そう悲し気に口にしたスカーレットの言葉を聞いて、ザムジードは改めて自分の身勝手な行いを悔いて、スカーレットにも謝罪した。
「本当にすまない、私は取り返しのつかない罪を犯してしまった」
「そうね。ザムジード、あなたは私とグィード、そしてヒューゴから大切な時間を奪ったわ。でもその間、あなたがずっと苦しんでいたことも私は知っているわ。だからあなたを恨んでいない、とは言えないけど、グィードがあなたを赦したように、私もあなたを赦すわ」
それから一呼吸おいて、スカーレットはこう続けた。
「そして、多分私以外の渡鴉たちも皆、同じ気持ちだと思うわ」
そう言われて、ザムジードは渡鴉たちの顔を、一人ひとり確認するようにゆっくりと眺めた。
すると渡鴉の一人でグィードやザムジードと同年配と思われる短髪の騎士が口を開いた。
「ザムジード様、ユリアナ様の仰る通り、我らはあなたの心の苦しみを身近でずっと感じてきました。それに我らのうちの殆どの者は、あなたに拾っていただかなければ、恐らくどこかで一人で野垂れ死んでいたような者ばかりです」
するとその言葉に呼応するように、渡鴉たちが口々に同意を表明し始めた。
その様子を見て一同は、渡鴉たちは決して、ザムジードの単なる操り人形であったわけではなく、また渡鴉たちにとって、ザムジードは決して、冷酷な主人ではなかったことを知った。
そして、恐らくザムジードは、自分の孤独を癒すために、自分と似た境遇を持つ孤独な者たちを集めて渡鴉を組織していたのであろうことに思い当たった。
ただそこに、精神支配という姑息な力を用いたことが、ザムジードの罪であった。
そしてザムジードは、これからその罪を償って行かなければならないと、グィードとスカーレット、また熟練の冒険者たちは考えていた。
ザムジードが渡鴉たちの赦しに感動して動けずにいると、やがてグィードが気を取り直したように口を開いた。
「さあ、トイフェルスドレック。これから俺たちはどうしたらいい。狡賢いおまえのことだ、ザムジードが魔王の依代だってことも織り込み済みなんだろ?」
その言葉を聞いた瞬間、ザムジードは自分の心に、不思議な希望が湧き上がるのを感じた。
「まあな」
トイフェルスドレックが短くそう答えた。
その答えを聞いて、ザムジードは自分の中に芽生えた僅かな希望が、はっきりとした形を持ち始めたことに気がついた。
すなわちそれは、グィードとその仲間と一緒であれば、自分の呪われた運命にも打ち勝てるのではないかという希望であった。




