鴉は巣に帰る
「あと十秒だ!」
トフェルスドレックがそう叫んだ時、バキエルとその従者、原初の精霊とも呼ばれる黄道十二宮の双魚宮チグリスとユーフラテスの三人は、それぞれに小型拳銃、優しい悪魔を二丁ずつ持って、グィードによって格闘銃術GUN駆ⅡΩと名付けられた闘法によって、次々に不死隊たちを葬っていた。
彼らが遠距離から敵に放つ魔弾は、ほんの牽制のようなものであり、不死隊たちにダメージらしいダメージを与えることはできなかった。
だが、その牽制によって相手に隙が生まれた瞬間、彼らは神速で相手の背後や懐の中に突然現れて、頭部や胸部に、必殺の魔力を込めた魔弾を二、三発撃ち込むのであった。
中には、その止めの攻撃を回避する強者も存在するが、そのような強者には二人、または三人で一斉攻撃を掛ける。
その繰り返しによって、バキエルとチグリスとユーフラテスは、すでに十人以上の不死隊を葬っていた。
ふとバキエルが部屋の中央最奥にある玉座を見上げると、ガムビエルと目が合った。
ガムビエルの口元には軽薄な笑みが張り付いている。
するとその時、バキエルとガムビエルの二人の間を遮るように、バキエルよりも頭一つ背の高い人影がバキエルの視界に現わた。
「バキエル様、お覚悟を!」
それはかつてコボルトの王であったもの、魔導剣士ゴーモトであった。
ゴーモトが魔剣魂喰らいを上段に構えながらバキエルに向って突進してくる。
バキエルは両手に持った小型拳銃、優しい悪魔をゴーモトに向って乱射しながら上空に飛翔する。
チグリスとユーフラテスもまた、ゴーモトに向けて魔弾を乱射する。
その時、バキエルは放たれた魔弾がすべてゴーモトの魔剣魂喰らいの剣身に吸い込まれるように消えていくのを目撃した。
「魂喰らいは魔力も喰らうか」
バキエルがそう理解した瞬間、ゴーモトは立ち止まり、魔剣を下段に構えなおすと、上空のバキエル目掛けて振り上げた。
その剣身から黒紫色の魔力の刃が放たれる。
その魔力の刃が、バキエルを真っ二つに斬り裂くかに思われた瞬間、バキエルの目の前に魔力の盾が現れ、その攻撃を防いだ。
「なかなかやるじゃないかゴーモト」
バキエルが心から楽しそうに笑う。
その瞬間には、チグリスとユーフラテスがゴーモトの左右に神速移動し、それぞれが上段と下段の回し蹴りを放つ。
しかし次瞬、ゴーモトの姿はチグリスとユーフラテス、そしてバキエルの視界からも消えている。
同時に、ゴーモトはバキエルの背後に現われ、魔剣魂喰らいを振り下ろした。
それは強化魔法による神速ではなく、純粋な魔力による瞬間移動であった。
すなわち、どれほど鍛錬した冒険者であっても、その移動を肉眼で捕らえることは不可能なのである。
魔力の盾が背後からの攻撃によって消失したことを悟った瞬間、バキエルもまたゴーモトの背後に神速移動する。
バキエルがそのままゴーモトの頭部に向けて至近から魔弾を放つと、ゴーモトは再び瞬間移動してバキエルの背後に移動する。
そのようなやり取りが、一瞬のうちに三度繰り返された。
そのうちにはチグリスとユーフラテスが上空の二人のやり取りに気づき、飛翔してゴーモトに体術による攻撃を仕掛ける。
それはただゴーモトをバキエルから引き離すためだけに放たれた攻撃であった。
多勢に無勢を悟り、ゴーモトは三人から離れた位置へと瞬間移動する。
改めて空中で、バキエル、チグリス、ユーフラテスの三人とゴーモトが正面から対峙する。
時を同じくして、グィードと蛮族の勇者ゴグとの一騎打ちは続いていた。
グィードは戦いの中で、冒険者の姿となってなお蛮族の勇者ゴグは自然再生能力を有していることを知った。
しかしそれは、以前、ゴブリンの王の姿であった時のように爆発的なものではなかった。
それでも実力が伯仲している戦士同士の戦いにおいては、互いに僅かの手傷を積み重ねて、相手を削ってくというのが常道であるから、グィードにとって不利な条件となる。
そこでグィードは、ゴグに細かな傷をつけることは諦め、防御と回避、そして必殺の反撃の隙を狙う方向へ、戦術を切り替えていた。
それにしても、ゴグの戦士としての実力は凄まじかった。
ゴグは巨大な斬馬刀を変幻自在に操り、超高速の突きを放ったかと思えば、次の瞬間には、頭上や正面で風車のように回転させ、その遠心力を使って、或いは薙ぎ払い、或いは斬り上げた。
グィードの見立てによれば、それはフダラクに源流を持つ槍術であった。
「なかなかやるじゃないか、だが」
ゴグの連続突きを愛剣で捌きながら、グィードが感心したようにゴグに語り掛ける。
「これならどうだ!死神の大鎌・交響曲!!!」
その時、グィードの身体が四人に分かれた。
実際には、超高速移動と静止を繰り返すことによって生まれる残像であったのだが、それを目撃している者には、実際に四人のグィードが存在しているようにしか見えない。
四人のグィードがゴグを包囲し、それぞれに必殺の斬撃を仕掛ける。
しかし、ゴグはそれを見てニヤリと笑う。
そして斬馬刀を上段に構えたかと思うと、渾身の力を込めて身体を回転させた。
「宝蔵院百式・昇龍斬舞!!」
ゴグはただ身体を回転させるだけでなく、同時に数百回もの斬撃を放っている。
それは言わば、鋭い刃を巻き込んだ竜巻のごとき攻撃であり、その竜巻に巻き込まれた四人のグィードは、全身を斬り刻まれながら吹き飛ばされてしまった。
ドサッという鈍い音とともに、交響曲が解除され、全身に傷を負ったグィードが床に落下する。
「グィード!」
スオウ、レーナと共に渡鴉の護衛を続けていたヒューゴが悲痛な叫びを放った。
次の瞬間、グィードは傷だけの身体で何とか立ち上がり、愛剣を構える。
「今のは少しやばかったな」
そうお道化て見せるグィードを眺めながら、ゴグは自分の渾身の反撃を受けたにもかかわらず、グィードが致命傷を負ていないことに心から感嘆していた。
「あれを受けて立ち上がるのか」
ゴグがそう言っている間に、レーナがグィードに走り寄り治癒魔法を施す。
グィードの全身の傷が見る見るうちに癒される。
渡鴉の護衛を続けながらその様子を観察していたヒューゴが、内心でほっと胸をなでおろす。
祭司系の固有職、神仙であるレーナにはグィードの傷が見かけほど深刻なものではないことが解っていた。
グィードはゴグの反撃技が発動した瞬間、その威力の絶大さを予測し、攻撃から防御へと移っていたのである。
グィードが完全に回復したことが分かると、レーナはそのままトイフェルスドレックの護衛に加わる。
カルラもまた渡鴉の護衛を続けながら、戦場全体の状況の把握に努めていた。
激しい攻防の末、黒い眼帯が特徴的な侍姿の不死隊をカルラが何とか撃破した時、それは起こった。
暗黒卿リロイ・ブラウンが発動した超高位魔法鮮血を呼ぶ黒い雨が止み、それまで戦場に響き渡っていた無数の魔法矢がトイフェルスドレックの展開した極大結界を激しく打つ轟音も消えた。
その時、部屋の中央奥にある玉座から、ガムビエルの勝ち誇ったような声が響く。
「さあ、お遊びはここまでだ!鴉は巣に帰れ!」
その声を聴くと、今やその数を三十数人にまで減らしていた不死隊たちが攻撃を止めた。
鴉という言葉に不吉さを覚えて、カルラがザムジードの方へ目を向けると、兜のすき間から覗くザムジードの顔は、一瞬、青ざめて凍り付いたように見えた。
しかし、次の瞬間にはいつものような無表情に戻り、それから意を決したように動いた。
神速によってザムジードが移動したのは、ヒューゴの背後であった。
そして瞬く間に、ヒューゴの手から剣を奪い、その剣先をヒューゴの喉元に突きつけた。
ヒューゴは完全に意表を突かれ、成す術もなく呆然と立ち尽くしていた。
「この少年の命が惜しければ、全員武器を捨てろ」
ザムジードが冷たく言い放つ。
その命令に最初に従ったのは渡鴉たちであった。
それは、ザムジードの言葉に従ったというよりは、ザムジードによって彼らに施された精神支配の故であろうことは、冒険者たち皆に分かった。
リロイ・ブランは未だ上空におり、その様子を訝しげに観察していた。
ゴーモトとゴグ、マゴグも、一瞬何が起こっているのか理解できない様子でことの成り行きを見守っている。
「グィード、俺のことはいいから」
ヒューゴがそう言いかけた時、グィードがゆっくりと、剣を自分の足元に置いた。
それを見て、今や人狼化を解除したアルフォンスに続いて、有り余る戯言を解除したムスターファとアーシェラ、カルラもまた同じように自分の剣を足元に置いた。
精霊たちを含めた他の者たちも皆、飛翔していた者たちは着地して、それぞれに戦闘態勢を解いた。
バキエルとチグリス、ユーフラテスたちの小型拳銃は召喚式であるため、じつはその行為自体に大きな意味はないのだが、一応素手であることを示すために両手を軽く上げている。
「さあ、ザムジード。お次はどうしたらいい。それともこのまま俺たちを皆殺しか?」
グィードが探るように、ザムジードに尋ねる。
するとザムジードが玉座のガムビエルを見上げて口を開いた。
「ガムビエル様、この場でこの者たちを殺すことは容易いですが、これほどの腕の者たちをむざむざ殺してしまうのは少し惜しいとは思われませんか?」
それを聞いたリロイ・ブラウンが目を剥いて反論した。
「ガムビエル様、この黒騎士が何者であるのかは存じませんが、その世迷言に耳を傾けてはなりません。この者たちは、散々我々の邪魔をしてきた不届き者たち。生かして置いたところで我々に何の益もございません。即刻に殺してしまった方がよろしいかと」
「ふん」
ガムビエルはリロイ・ブラウンの方を見ようともせずにそう答えて続けた。
「ザムジードよ、おまえの考えを聞こう」
「はい。まずはこの者たちをこの城の地下牢に幽閉し、拷問に掛けます。その上で、ご承知の通り私の支配者の手は心身ともに弱り切った者を完全に支配することができます」
ザムジードがすらすらと答えた。
「ふん。いずれにせよこの者たちは我が眷属に加わるというわけか」
「御意」
ザムジードが短く、確信を込めて答える。
「解った。この者たちはおまえに任せる。我が愚弟バキエル以外はな」
ガムビエルが吐き捨てるように言った。
「ガムビエル様!」
リロイ・ブラウンが諫言をしようとしたが、ガムビエルに一睨みされて断念する。
「奴らを拘束しろ!」
ガムビエルが命じると直ちに不死隊がそれに従い、金属製の拘束具でカルラと渡鴉、そしてヒューゴたちの自由を奪い、地下牢へと連行した。
バキエルとチグリス、ユーフラテスだけがその場に残された。
「さてバキエル、何か言いたいことはあるか」
ガムビエルが厭らしい声で尋ねる。
「そうだね。まずはお茶でも貰おうかな、兄さん」
バキエルは美しい微笑を浮かべながら、挑発するようにそう答えた。




