野生の目覚め
暗黒卿リロイ・ブラウンが超高位魔法鮮血を呼ぶ黒い雨を発動し、グィードと蛮族の勇者ゴグの一騎打ちが始まったのと時を同じくして、重装鎧に身を固め、頭上で連接棍棒を旋回させているオークの王に率いられた不死隊の一群が、渡鴉に襲い掛かろうとしていた。
その動きをいち早く察知してオークの王の前に立ちはだかったのは、レーナと共にすでに渡鴉の護衛に加わっていたヒューゴとスオウであった。
その時、ディオゲネスの解析魔法によって、冒険者の姿となったオークの王の職業が、アルフォンスと同じ破壊王であることが判明した。
破壊王は固有職であるため、通常、同時代に二人以上に発現することはあり得ないはずであった。
だが、その本来あり得ないはずの事象が今、実際に観測されたことによって、不死隊に対するトイフェルスドレックの仮説が正しかったことが実証された。
すなわち、不死隊とは、かつてこの世界に実在した過去の英雄たちの魂の再現であるという仮説である。
ただ恐らく、偉大なるネズミの王の場合と同様、コボルトの王やゴブリンの王とオークの王は、単なる過去の英雄の再現以上の存在であろうとトイフェルスドレックは判断していた。
すなわち、彼ら四人こそ暗黒卿リロイ・ブラウンが自ら魔人と名付けた新たなる種族の真祖であると。
いずれにせよ、この瞬間から、これまでヒューゴたちによってオークの王と認識されて来たものは、破壊王マゴグとして認識されるようになった。
そして、それらの情報が英雄波動共振によって形成されたパーティーの集合意識に共有されると、これまでグィードの近くでトイフェルスドレックの護衛をしていたアルフォンスが動いた。
アルフォンスは、自分と同じ破壊王という固有職を持つマゴグの方を振り返り、そちらに向って一直線に走り始めたのである。
それは以前のアルフォンスであれば決してしない冒険であった。
かつてのアルフォンスは、パーティーのリーダーとしてメンバーの安全を第一とし、常に慎重に犠牲が最小限になるような戦いをしていた。
だからこそギルドから信頼され、多くの重要な依頼のパーティーリーダーを任されて来たのである。
しかし、今やアルフォンスはグィードやトイフェルスドレックといった明らかな格上の冒険者を含んだパーティーの中で、戦士職として本来の役割を思う存分果たすようになっていた。
すなわち、戦場の最前線に立ち、可能な限り多くの敵を殲滅することである。
そしてじつは、その方が、人狼としての本性を持つ本来のアルフォンスの性分には合ってもいた。
そうして今、本来の野生を取り戻したアルフォンスは、戦場の中に好敵手を見つけて、そちらに向かって疾走している。
走りながらアルフォンスはすでに人狼化を開始している。
そして、偉大なる破壊者と名付けられたアダマンチウム製の大剣を縦横無尽に振るって、不死隊を蹴散らしていた。
アルフォンスがトイフェルスドレックの護衛から抜けると同時に、ムスターファは有り余る戯言を発動した。
ムスターファの身体が四人に分かれ、アルフォンスの抜けた穴を埋める。
ムスターファの固有技能、有り余る戯言はその名の通り、有り余る戦闘能力を発揮して、トイフェルスドレックの護衛についている冒険者たち全体に余裕をもたらした。
戦場にはなお鮮血を呼ぶ黒い雨が降り注ぎ続けており、トイフェルスドレックの展開している極大結界魔法が辛うじて、その猛攻から冒険者たちを守っていた。
結界に魔力の供給を続けながら、トイフェルスドレックは、暗黒卿リロイ・ブラウンが発動した鮮血を呼ぶ黒い雨の効力を考察していた。
如何に強大な魔力を持つ暗黒卿リロイ・ブラウンとは言え、この規模の魔法を際限なく継続し続けるということは不可能である。
恐らく三十秒から四十秒、それが限界であろうとトイフェルスドレックは判断した。
その情報がパーティーの集合意識に共有される。
しかしその情報は、ヒューゴたちに吉報とは感じられなかった。
なぜならば、互いに音速を超えた戦闘速度を持つ者同士の戦闘におおける三十秒は、決して短い時間ではないことを、彼らは皆知っていたからである。
破壊王マゴグの覇気は凄まじく、ヒューゴとスオウの二人を同時に相手にしながら、互角以上に渡り合っていた。
意外にもマゴグは猪突猛進型の戦士ではなく、攻防を巧みに切り替えながら、相手の隙を鋭く突く理知的な戦い方をした。
特にヒューゴとスオウを苦戦させたのが連接棍棒の長い柄を凄まじい勢いで回転させる独特の防御技であった。
それは防御と同時に即座に反撃に移るために非常に良く計算された型であって、ヒューゴとスオウにとっては未知のものであったが、パーティーの集合意識によってその情報を得た熟練の冒険者たちは、それが騎士系の上位職の者たちが用いる反撃技能の一種であると判断した。
反撃技能が厄介なのは、相手が格上であればあるほど、その効果を増す点にある。
すなわち、相手の攻撃が強力であればあるほど、反撃の破壊力も増すのである。
そして、それを知ってしまえば攻撃をする側は、ついつい攻撃の手を緩めてしまうのであるが、そこに隙が生まれるのである。
そうして、ヒューゴとスオウが苦戦をしているところへ人狼化を完了したアルフォンスが駆けつけた。
「こいつは俺に任せろ!」
人狼が力強く宣言する。
ちょうど不死隊の攻勢が増し、渡鴉の護衛がカルラとザムジードとレーナの三人の手には余り始めてもいたので、ヒューゴとスオウはそれに従い護衛に戻る。
人狼が獣の口でニヤリと笑う。
破壊王マゴグもまた分厚い唇を引き延ばして笑った。
互いに好敵手を得て、心が湧きたっているのであった。
人狼がまずは牽制するように、大剣を二度振るい、マゴグはそれを連接棍棒の柄で軽く受け流す。
同時にマゴグは渾身の力を込めて、人狼の脇腹を目掛けて連接棍棒を真横に振るった。
人狼は大きく後ろに跳んでそれを躱す。
次瞬、ディオゲネスの魔法によって付与された飛翔と神速を発揮してマゴグの背後に回り込んだ。
しかし、マゴグはそれに反応して振り返っている。
マゴグもまた固有職破壊王の所有者であるから、それも驚くには当たらない。
人狼が必殺の気迫を込めて放った大剣の一撃をマゴグが反撃技能で受けようとした瞬間、人狼の大剣が大蛇のようにうねり、マゴグの連接棍棒の柄に巻き付いた。
ドワーフの巨匠ヴォルカスによって人狼の大剣偉大なる破壊者に施された仕掛けを発動させたのだ。
連接剣がマゴグの連接棍棒に巻き付き、反撃技能を完全に封じてしまった。
だがこのままでは、お互いの得物が使えず手詰まりの睨み合いが続くのではないかと思われた瞬間、なんと人狼が強烈な頭突きをマゴグにお見舞いした。
マゴグの鼻がひしゃげ、血が吹き出す。
すると怒ったマゴグが連接棍棒から手を放し、人狼の顔面に右の拳を放った。
絡み合った二人の得物を持ったまま人狼の身体が大きく吹っ飛ぶ。
人狼が立ち上がり、血のにじむ口元をニヤリと歪める。
マゴグもまた、再びニッと笑う。
人狼が絡み合った二人の得物を足元に放り、マゴグに向って疾走する。
グァルルルルルルゥゥゥ!!!
唸りながら人狼がマゴグに体当たりし、押し倒し、馬乗りになって顔面に殴り掛かる。
人狼は執拗に殴り続ける。
マゴグが大きく体を回転させ、両者の位置が入れ替わる。
そこからは、技能も理屈もない二匹の野獣による激しい殴り合いが始まった。
渡鴉も格上相手の戦闘に慣れ、一人の不死隊を四、五人で囲んで相手取るようになると、何とか戦力になるようになりつつあった。
それを可能にしたのはザムジードやカルラ、そしてヒューゴとスオウとレーナの三人が、反対に一人で四、五人の不死隊を相手にしていたからである。
時を同じくして、トイフェルスドレックの周囲でも激しい戦闘が続いていた。
グィードは蛮族の勇者ゴグとの戦闘を楽しんでいた。
一対一でこれほどまでにグィードと拮抗した戦いをできる相手は久しぶりであった。
ゴグの斬馬刀は、グィードの闘気を受けて巨大化した伝説級の超合金黒狼石製の愛剣、黒い虹の剣身とすでに百合以上ぶつかり合っていたが刃こぼれ一つしていなかった。
それでグィードは、ゴグの斬馬刀もまた超硬度の魔法金属コボルダイト製であることを知った。
その周囲では固有技能、有り余る戯言によって四人に分身したムスターファを中心に、輝ける者を使役したグレモリー、バキエルとチグリスとユーフラテス、ディオゲネスとアーシェラ、そしてウァサゴがトイフェルスドレックに殺到する不死隊を次々に撃退していた。
激しい戦闘が続き、不死隊の数が三分の一ほどまでに減り始めた頃、一行は不死隊の中に数名の上位の回復職がいることを知った。
つまり、不死隊の中の多くの者たちが、致命傷から続々と回復させられていたのである。
「ちきしょう、これじゃ切りがない」
ヒューゴが敢えて口にした。
その時、トイフェルスドレックが部屋中に響き渡るほどの声で叫んだ。
「あと十秒だ!」
それが暗黒卿リロイ・ブラウンが発動した超高位魔法鮮血を呼ぶ黒い雨が止むまでの時間であることを一行の誰もが理解していた。




