魂の器
戦闘の開始と同時にヒューゴの英雄波動共振が発動する。
一行はその効果範囲の中に、今回初めてトイフェルスドレックが含まれていることを知覚した。
つまりそれは、この時トイフェルスドレックが意識的にヒューゴたち一行に波長を合わせて、正式に戦闘パーティーのメンバーに加わったことを意味している。
そうして一行は、改めてトイフェルスドレックの戦闘能力の絶大さを実感した。
もちろんそれは、トイフェルスドレックが意図的に開放している範囲に限られたものではあったが、戦闘に関するトイフェルスドレックの知識や魔法に関する知識、そして戦闘思考が、一瞬のうちにパーティーの集合意識に共有された。
また、英雄波動共振の発動とほぼ同時に、敵軍勢に関するバキエルの推測もまた、パーティーに共有された。
すなわち、今眼前に展開している百人からなる上位の冒険者もどき、トイフェルスドレックが現実態と呼んだ者たちの素体となっているのは、数千年に渡ってガムビエルの親衛隊を担ってきた不死隊と呼ばれる百体のグレーターデーモンたちであろうということであった。
いわく、ガムビエルは常に身近に百体のグレーターデーモンを侍らせており、一体でも欠けるとすぐに補充をしていた。そこで魔族たちの間では、その親衛隊は永遠に滅びない者たちという畏怖を込めて不死隊と呼ばれていたのであった。
その外見は、今や人間の冒険者たちと見分けがつかないまでに変化したが、これから後も彼らは不死隊と呼ばれ続けることとなる。
「つまり、奴ら一人ひとりの戦闘能力はグレーターデーモンよりも上と考えた方がいいということだな」
グィードは敢えて、それをはっきりと声に出して叫んだ。
それはカルラやザムジードたちにも、その情報を共有するためであった。
とは言え、グィードの叫びを聞くまでもなく、カルラは不死隊の危険性を感じ取っていた。
そこでカルラは、戦闘開始直後に、迷わず神聖交唱を発動した。
ディオゲネスが鳳翼飛翔陣を発動すると、そこに上乗せするようにトイフェルスドレックがオリジナルの強化魔法、勝利の女神を発動した。
その瞬間、その場にいるすべての者が、ヒューゴたちパーティー全体を覆う女神の幻影を目撃した。
じつは勝利の女神の強化効果は、パーティー全体に疑似的に神聖交唱と同等の聖霊の加護を与えるものであったが、ヒューゴたちには、そこまでのことは分からなかった。
ただその効果が、単純な身体能力や装備への強化ではなく、聖霊の加護自体を倍増するものであるということだけは理解できた。
「こいつはすごい!ぶっ飛んでるぜ!」
そう叫んだグィードは、不死隊の真ん中に飛び込んで死神の大鎌・輪舞を発動した。
十数人の不死隊が、黒い竜巻と化したグィードに巻き込まれ、打ち上げられた。
またその時、ほとんど同時多発的に、冒険者たちと不死隊の衝突が始まっていた。
ヒューゴとレイナ、そしてスオウは敵の右翼に突入している。
その三人で同時に十人程度の不死隊と渡り合っていた。
その一群の傍らではウァサゴが凶刃輪転乱舞を発動して、五、六人を相手にしている。
アルフォンスとムスターファ、そして輝ける者を使役したグレモリーもそれに続く。
バキエルとチグリスとユーフラテスは、グィードに続くように中央部に突入している。
トイフェルスドレックとディオゲネスは、後方からそれぞれ、遠距離魔法で一行を援護していた。
そして、アーシェラは三体の風精霊と共に、その二人を護衛するような陣形を取っていた。
カルラとザムジード率いる渡鴉は必然的に左翼と衝突することになった。
ザムジードは、一行の中で渡鴉だけが、明らかに力量不足であることを感じつつあった。
ザムジードはすでに、飛翔する悪夢を発動していた。
つまり、渡鴉は亜空戦術を駆使して、最大戦力を発揮していたのだ。
その状態にも関わらず、スカーレットでさえ、自分の身を守るのに精いっぱいであるのも分かった。
今は、ザムジードとカルラが渡鴉を庇いながら戦っていた。
しかし、それもいつかは限界が来そうであった。
カルラもまた、それを感じ取っていた。
偉大なるネズミの王は、冒険者たちの予想外の手強さに、驚きを隠せずにいた。
いくらバキエルが協力しているとはいえ、冒険者たち一人ひとりの戦闘能力は、不死隊一人ひとりと大差はないであろうと予測していたのだ。
だから、ある程度の時間は持ち堪えたとしても、やがては数の力で圧殺できるであろうと踏んでいたのだ。
だが、一行の中にあの忌々しい魔術師、四百年前の戦いの折にも彼を苦しめたトイフェルスドレックがいたことで、予定が大きく変わってしまった。
トイフェルスドレックの支援によって、冒険者たちの戦闘能力が、これまでとは比較にならないほどに、飛躍的に上がっていることに偉大なるネズミの王は気づいていた。
だが、左翼の部隊と衝突している黒い甲冑の集団は、その集団のリーダーと思われる一人と、翡翠色の甲冑を着た女を別にすれば、明らかに不死隊よりも格下であることも彼には分かった。
ガムビエルは、この期に及んでもザムジードのことを偉大なるネズミの王に伏せていたので、彼はザムジードを単なる敵の一人と見做していたのである。
その時、今や美しい人間の容貌を具えた偉大なるネズミの王の唇が、嫌らしく歪んだ。
「暴君の号令!」
それは偉大なるネズミの王オリジナルの強化魔法であった。
その時、不死隊全員の身体が黒紫の光に包まれ、その戦闘能力が倍増した。
これまで、ヒューゴたち一行に押されがちであった右翼と中央の部隊は、攻勢を取り戻した。
そして、これまでも渡鴉たちを圧迫していた左翼部隊は、さらに勢いを増して彼らに襲い掛かった。
ヒューゴたち一行は戦場全体をモニターしているトイフェルスドレックの視点から渡鴉の劣勢を悟った。
すでに重症を負っている者が複数出ていた。
一行の中で唯一の回復職であるレーナがサポートに入るべきであった。
そこでレーナが回復に集中するために、ヒューゴとスオウが護衛役としてついて、三人が敵の左翼部隊に向かう。
三人による連携攻撃善良なる隣人の発動によって、ヒューゴとスオウのコンビネーションは非常に強力で、レーナの進路を邪魔する敵は直ちに排除されて行った。
そして、渡鴉のもとに辿り着くと、レーナは早速、ヒューゴとスオウに守られながら目を閉じて意識を集中した。
「聖霊よ。彼らを癒したまえ!天路歴程!」
それは、前回の万魔殿での戦闘の際、パーティーの危機的な場面で、レーナの祈りによって奇跡的に発動した回復系最上位の神聖魔法であったが、現在のレーナはそれを自力で発動できるまでに成長していた。
詠唱を終えたレーナの身体から翼を広げた天使の幻影が立ち昇り、その幻影から傷ついた渡鴉一人ひとりの上に、光の雨が降り注ぐ。
重傷を負っていた渡鴉までもが完全に回復し、改めて陣形を展開した。
その様子を見守りながら、ヒューゴが口を開いた。
「申し訳ないけど少し下がって!」
そう言うや否や、ヒューゴは愛剣永劫回帰に闘気を集中し始める。
永劫回帰の剣身が巨大化し、王殺しが発動する。
「王殺しの速弾きの追奏曲!!」
今や光速を超えたヒューゴの斬撃が、渡鴉を包囲していた十数人の不死隊を一瞬にして駆逐してしまった。
それを間近に目撃したカルラとザムジードは、声を出すことさえできなかった。
それは、神聖交唱を発動したカルラと、同じく精霊アガレスの加護によって極大強化されたザムジードにとっても、何とか目で追うことが出来るほどの超光速攻撃であった。
つまり、この時のヒューゴの戦闘能力は、先程の戦闘でカルラとザムジードが発揮した超戦闘能力を、僅かではあるが上回っていたのである。
トイフェルスドレックは、ヒューゴたちパーティーの戦闘を眺めながら、満足していた。
トイフェルスドレックの魔法支援を受けているとはいえ、彼らが発揮している戦闘能力は、彼の予測をはるかに上回るものであった。
「これであれば問題はないだろう」
トイフェルスドレックは心の中でつぶやいた。
しかしそのつぶやきは、英雄波動共振によって形成されたパーティーの集合意識からは隠されている。
トイフェルスドレックほどの達人になれば、そのようなことは造作もないことであった。
またトイフェルスドレックは、パーティーの戦闘を遠距離魔法によって支援しながら、もう一つのことを考えていた。
それは、不死隊の正体についてであった。
どういう理由があったのか、四百年前の戦いにはガムビエルや不死隊は投入されていなかった。
つまり、トイフェルスドレックが不死隊との戦闘を経験するのはこれが初めてのことであった。
いずれにせよ、バキエルがもたらした情報に間違いはないであろう。
つまり、今目の前に展開している上位の冒険者もどきの素体はグレーターデーモンであることはまず間違いあるまい。
問題は、その素体であるグレーターデーモンに対して、偉大なるネズミの王が施した施術が、具体的にどのようなものであるのかということである。
トイフェルスドレックの観察によれば、現在の不死隊には、間違いなくSSクラスの冒険者たちが多く含まれていた。
言い換えれば、彼らは英雄クラスの冒険者であって、単体でも歴史に名を遺すほどの能力を有していることになる。
しかも、驚くべきことに、その中にはトイフェルスドレックが顔を見知っている者たちが含まれていた。
正確には、その面影を残している者たちが含まれていたのである。
それは具体的には、四百年前の戦いにおいてトイフェルスドレックの下で戦った魔王討伐隊のメンバーのうちの一人の面影であり、或いは、その後四百年の間に、英雄の卵としてトイフェルスドレックが目を掛けていた冒険者たちの面影を持つ者たちが、不死隊には含まれていたのである。
その事実に気が付いた時、トイフェルスドレックは不死隊の正体について、考察を始めた。
恐らく偉大なるネズミの王は、四百年前の戦いよりもはるか以前から、どのような方法によってか、冒険者たちの魂の情報を蓄積しており、それを魔物たちに注ぎ込む技法を編み出したのであろう。
それを理屈で言うのは簡単であるが、これまでの歴史上、そのようなことに成功したという話を、少なくともトイフェルスドレックは聞いていなかった。
だからトイフェルスドレックは、それだけで偉大なるネズミの王を見直し、今や大切な同志のようにさえ感じていた。
もちろん、だからと言って、戦闘において敵対する彼に、手心を加える気は全くなかったが。
トイフェルスドレックの考察は続く。
恐らく、これまで投入されて来た邪妖精を素体にした冒険者もどきでは、器が小さすぎて、冒険者たちの魂の全体を収めることが出来なかったのであろう。
だから、冒険者としての表層的な仮面のみが注ぎ込まれていたのであろう。
だがグレーターデーモンともなれば邪妖精とは比べ物にならないほど、大きな器であると言える。
そして、冒険者としての能力は、高度になれば成るほど、個人の人格や性質、また身体的な特徴とも深く関わり、それらを反映したものとなる。
つまり、強力な冒険者を正確に再現するためには、彼らの人格や性質、また身体的な特徴と言った、膨大な量の魂の情報を注ぎ込むための、より大きな器が必要となるということだろう。
かくして、百体のグレーターデーモンには百人の英雄の魂が、そっくり注ぎ込まれたのであろう。
現在の不死隊は、恐らく生まれ立てであるためか、或いは、その素体であるグレーターデーモンの性質を反映してのことか、上手く連携が取れていないために、ヒューゴたちにとって強敵とはなっていない。
だが、彼らは不死隊であるが故に、今後ヒューゴたちの大きな障害となることは避けられないであろうと、トイフェルスドレックは確信していた。




