異形の再会
その扉には創造主による天地創造をモチーフとした荘厳な意匠が施されていた。
そしてその意匠の中央には一人の人間の姿が描かれていた。
その描かれた人物が最初の人間であることは誰の目にも明らかであった。
「これが本来の万魔殿の玉座の間の門か」
その巨大な扉を見上げながらグィードがつぶやいた。
「前に来たときは玉座も何もない、ただの伽藍洞が終点だったよね」
ヒューゴがグィードに答える。
「この扉の向こうには偉大なるネズミの王とその主人が待っているというわけですね」
ディオゲネスが誰にということもなく、確認するように口にした。
「ああ、そして恐らく、ゴブリンの王とオークの王、コボルトの王も一緒だろうな」
そうアルフォンスが答えた。
「だけではないだろうな。恐らく、精鋭部隊が一緒に待ち構えているはずだ」
そう続けたのはムスターファであった。
「それじゃあ扉を開けるよ」
バキエルが一同に呼びかけるように言った。
「待て、その前に一つだけ、」
そう言って遮ったのはザムジードであった。
一同の視線がザムジードの顔に張り付く。
「カルラ殿、そしてグィード。もしこの先で私が任務を続行できないような状況に陥った時には、私の部下たちを、無事に王都まで連れ帰ると約束してくれないか」
一同は一瞬沈黙した。
その場にいる全員が、ザムジードが先ほど発揮した異常な戦闘能力と、その弱気な発言のギャップに違和感を感じていたのだ。
もちろん、その全員という中にザムジードの精神支配を受けている渡鴉のメンバーは含まれていなかったが。
やがて最初に口を開いたのはグィードであった。
「なあザムジード、何を不安になってるんだ。心配事があるなら、もっとはっきり言ってみろよ。俺が何とかしてやろうじゃないか」
ザムジードが何とも言えない複雑な感情の入り混じった視線をグィードに向けた。
「冒険者としての君の実力と義侠心は承知している。だが、この世界には君の理解や能力が及ばないこともある」
「それはその通りだろう。だが、それでも俺たちは偉大な英雄のパーティーで、俺は不死身の男、死の天使グィード様だ」
グィードが茶化すように言った。
「そうだよ。偉大な英雄のパーティーには不可能はないんだ」
そう言ってグィードに続いたのはヒューゴであった。
「私がここにいることも忘れんでくれよ。伊達に六英雄などと呼ばれてはいない」
一行の最後列から声を出したのはトイフェルスドレックであった。
ザムジードは、相変わらず複雑な表情で一行の顔を見回しながら沈黙していた。
その時、カルラが生真面目な顔で口を開いた。
「ザムジード殿、私はこの作戦の指揮官として、最初から貴公を含めた部隊全員の生き残りを最優先課題としている。それとも貴公は、私にはその能力がないと言いたいのか」
最後の問い掛けには、厳しい詰問というよりは、カルラなりの差し控えたユーモアが含まれていることを一同は感じ取っていた。
「いや、カルラ殿の指揮官としての能力と使命への忠実さは充分に承知している。失言だった。どうか容赦して欲しい」
ザムジードが、やっと自分を取り戻したという風に答えた。
「それじゃあ今度こそ、扉を開けるよ」
バキエルが一行に尋ねる。
一同が呼吸を整え、黙ってうなずく。
バキエルは扉に右手を伸ばして短く古代語を詠唱した。
巨大な金属の扉が音もなく、ゆっくりと内側に開いていく。
その部屋の中央最奥には、大型の魔物も見上げるほどの階段があり、その上に玉座が置かれていた。
玉座には二十歳そこそこに見える美しい容姿の青年が腰を下ろし、口元に厭らしい笑みを浮かべて一行を見下ろしていた。
そして、グィードたち一行と階段の間を遮るように百人ばかりの冒険者風の装備に身を包んだ人影が、一行に向かい合うように整列していた。
しかもその風体は、これまでに遭遇した冒険者もどきたちのように画一的でなく、一人ひとりがまったく異なった個性とも呼ぶべきものを発揮しており、外見から想定される職業もまた、侍や忍者も含めて、千差万別であることがすぐに見て取れた。
また、彼らがこれまでの冒険者もどきたちと最も異なるのは、高い理性を感じさせる瞳であった。
つまり、外見上、彼らを人間と区別する特徴はまったく無いように、一行には思われた。
しかし、彼らから発散される気配は、通常の人間とは明らかに異なっていた。
またその気配は、これまで一行が遭遇してきた、どの魔物とも異なっていた。
「久しぶりだな、バキエル」
最初に口を開いたのは玉座に座す青年であった。
「やっぱりね、そんな気がしていたよ。ガムビエル兄さん」
バキエルが不敵に答えた。
一行はバキエルの「兄さん」という呼びかけに込められた皮肉な響きを聞き逃さなかった。
「なあバキエル、人間の冒険者なんかを引き連れて、おまえはいったい何をしにここへやって来たんだ?」
玉座に座す青年、ガムビエルが蔑むようにバキエルに尋ねた。
「兄さんは何か勘違いをしているようだけど、彼らは僕の友人で、だから別に僕が彼らを引き連れているというわけじゃないんだ。むしろ僕の方が彼らのあとについて、偶然ここまで来てしまったという訳さ」
「ふっ、そうか。そいつはお気の毒さまだなぁ。おまえの友人はこれから俺の部下たちによって八つ裂きにされる予定だ」
「そうか、兄さんには友達がいないからわからないかぁ。僕がそんなことを黙って見ている訳はないって」
バキエルの言葉には最大限の蔑みと挑戦的な響きが含まれていた。
その一連のやり取りを聞いて、一行はバキエルとその兄ガムビエルの関係性を理解した。
「どうやら相手がおまえの兄だからと言って、手加減をする必要はなさそうだな?」
グィードがガムビエルの顔を見上げなら言った。
「もちろんだよ、グィード」
バキエルが快活に答える。
「ところで、偉大なるネズミの王の奴はここにはいないのか?コボルトの王やゴブリンの王、オークの王の姿もないようだが」
グィードのその言葉を聞いて、ガムビエルの口元が、さらに厭らしく歪んだ。
その視線は敵軍勢の中の一際背の高い人影に向けられていた。
その立ち位置から、どうやらその人影こそが敵軍勢の総指揮官らしいことが見て取れた。
その人影は深紅の魔術師風のローブを纏っていた。
そして、鳶色の髪を持つなかなかの美丈夫であったが、どこか獣染みた印象を与えた。
「まさか」
その人影の正体に最初に気づいたのはディオゲネスであった。
「そうか、リロイ。おまえはやっと人間になれたのか」
そう口にしたのはバキエルであった。
リロイと呼ばれた美丈夫が感慨深そうにバキエルに向き直って、軽く頷いてから口を開いた。
「御意。幾千年に及ぶ大願がやっと成就致しました」
なんと、今一同が見つめている鳶色の髪を持つ美丈夫こそ、偉大なるネズミの王なのであった。
「おめでとうリロイ、心から祝福するよ」
そう口にしたバキエルの声には純粋な喜びが込められていた。
今は敵味方に分かれているが、そこには余人の及びもつかない主従の親愛が存在してるのであろう。
「と言うことはまさか」
グィードは目の前に立つ敵軍勢の顔をなめるように見渡した。
そしてその中に、偉大なるネズミの王同様、見逃すことのできない強烈な個性を発揮する人影を三つ見て取った。
一つは、偉大なるネズミの王のすぐ横に立つ、やや小柄で、ずる賢そうな容貌の魔法戦士の風体をした人影であった。
グィードはその顔にコボルトの王の面影を認めた。
二つ目は、敵陣の右翼の指揮官と見られる巨漢の戦士であり、その手には巨大な斬馬刀が握られていた。
ゴブリンの王であろう。
そしてもう一つ、敵陣の左翼の指揮官と見られる巨漢の戦士がオークの王であることは明らかであった。
オークの王もまた愛用の連接棍棒を構えていた。
グィードは、これまでの戦いからコボルトの王がゴブリンの王とオークの王を自分の道具のようにしか考えていないことに気付いていた。
そしてこの時、グィードはゴブリンの王とオークの王、それぞれの顔に勇壮さと共に悲観とも諦観ともつかない複雑な感情を読み取り、同情せずにはいられなかった。
その時、トイフェルスドレックがおもむろに口を開いた。
「どうやら偉大なるネズミの王は、魂の錬金術を完成させたらしいな」
「魂の錬金術?それはいったい」
ディオゲネスが訪ねる。
「さあな。私もただの思い付きでそう呼んでいるだけなんだが、本来魂を持たない魔物に魂を持たせ、その魂に相応しい形態を与えることを可能にする秘術を命名するとすれば、それ以外にはないだろうな。しかも、今我々の目の前にいる軍勢は、これまで相手にしてきた冒険者もどきどもとは次元が異なる存在だ。偉大なるネズミの王に習って、仮に冒険者もどきどもを可能態と呼ぶとすれば、これは現実態と呼ぶべきだろうな」
その言葉を聞いて、偉大なるネズミの王は興味深げに口を開いた。
「ほう、どうやらそちらにも知恵者がいるようだな」
トイフェルスドレックが偉大なるネズミの王に向き直って答える。
「お褒めに預かり光栄だが、もう私の顔は忘れてしまったかな?偉大なるネズミの王よ」
そう言われてトイフェルスドレックの顔をまじまじと眺めた偉大なるネズミの王の顔色が変わった。
「まさか、おまえは」
「ああ、やっと思い出したようだな。かつて自分を葬った一行の中にいた、絶大な力を持つ魔術師の顔を」
そう言ってトイフェルスドレックは意地悪そうに笑う。
その時、玉座から焦れたようなガムビエルの声が響いた。
「リロイ、御託はもう聞き飽きた。侵入者どもをさっさと始末しろ」
「御意」
偉大なるネズミの王がガムビエルに短く答える。
「ではバキエル様、お覚悟はよろしいですか」
続けて、偉大なるネズミの王は恭しくバキエルに尋ねる。
「ああ。リロイの方こそ、せっかく願いが叶ったんだから、すぐに死んじゃわないように気をつけてね。不味いと思ったらいつでも逃げ出していいよ。僕は兄さんほど冷酷じゃないから、逃げ出す者の命までは取らない」
そのバキエルの言葉を聞いて、偉大なるネズミの王の額に冷や汗が滲む。
「よし、俺たちも全力で行くよ!」
そう叫んだのはヒューゴであった。
同時に一行は改めて戦闘体勢を取る。
万魔殿の玉座の間で、いよいよ決戦の火蓋が切られようとしていた。




