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トイフェルスドレックの正体

 邪妖忍軍の撃破後は、しばらく静かな時間が続いた。

 「秘蔵っ子の邪妖忍軍をやられちまって、さすがに敵さんも手詰まりってところなんじゃないか」

 バキエル、アルフォンスと並んで一行の先頭を進むグィードが、そう軽口を叩いた。

 そうやって、表面上はおどけて見せるグィードであったが、先程の戦闘の最後に見せたザムジードの尋常ならざる力と、怯えた子どものような様子について、考えを巡らせていた。

 そして、今もそのザムジードの傍らを歩くスカーレットについても、グィードは考えていた。

 これまでグィードは、スカーレットについては、いざとなればザムジードを倒して、その精神支配(ドミネーション)を解除させればよいだろうと考えていた。

 今やすぐ手の届くところにいるスカーレットを、グィードは二度と手放すつもりはなかった。

 しかし先程の様子から、ザムジードもまた、何か本人の意思を超えた事情があって、現在のような状況に置かれているのだということが、グィードには分かってしまった。

 そして、そうと分かればグィードの性分として、放っておくことはできないのであった。

 それが、グィードという男の本質であって、人々を魅了せずにはいられない魅力でもあった。

 カルラもまた、先程のザムジードの様子について考えていた。

 カルラも決して冷酷な性格ではなかったが、何よりも冒険者ギルドの最高師範グランドマスターとしての使命に忠実であらねばならないと、自らに言い聞かせていた。

 つまり、ザムジードがギルドに敵対する者であることがはっきりとしたなら、その時には自らの剣で斬らねばならないと、覚悟を決めていた。

 その時、ヒューゴがカルラに話しかけた。

 「ねえカルラ、さっきのはどうやったの?なんか突然、強くなったように感じたんだけど」

 それは少年らしい、率直な質問ではあったが、じつはヒューゴが一行の重い空気を感じ取り、それを何とかしようとしているのだということが、大人たちには分かった。

 カルラは一瞬戸惑ったような顔をしたが、すぐに口元を綻ばせながらヒューゴに向き直って答えた。

 「申し訳ないが、それは冒険者ギルドの機密に関わることなので答えられない」

 「ふうん、そうなんだ。じゃあさ、ザムジードが最後に使ったやつも、それと同じなのかな?」

 その言葉は、直接にはカルラに向けられたものであったが、その時カルラも含め、その場にいる渡鴉(レイヴン)のメンバー以外の全員の目がザムジードの顔に注がれた。

 とは言え、ザムジードの顔は兜に覆われているため、その表情を確認することはできない。

 ザムジードは何も答えない。

 「いや、あれは私のとは少し違うものだ。恐らく」

 カルラもそう言葉を濁した。

 「そっかぁ」

 ヒューゴはカルラにそう答えた直後、今度はトイフェルスドレックに向き直って言った。

 「そう言えば、トイフェルスドレックは、さっきはどこに姿を消していたんだい?」

 それは一行が邪妖忍軍と接触する直前の数分間のことを言っているのだ。

 「ん?ああ、ちょっとした探し物をな」

 トイフェルスドレックが口元に微笑を湛えつつ答える。

 「探し物?」

 「ああ。というよりは忘れ物と言うべきか」

 「この万魔殿(パンデモニウム)で忘れ物探し?」

 そう聞き返すヒューゴに続いて、今度はディオゲネスが口を開いた。

 「つまり導師(グル)は、以前にもこの万魔殿(パンデモニウム)を訪れたことがあるということですか?」

 「まあな」

 トイフェルスドレックは、事も無げに答える。

 その答えが、あまりにもあっさりとしたものであったために、ディオゲネスは、その後に言葉が続かなかった。

 「まあ、四百年も生きてれば、そういうこともあるか」

 横からそう言ったのはグィードであった。

 「それで、忘れ物は見つかったのか?」

 グィードが続けて尋ねた。

 「ああ」

 そう答えたトイフェルスドレックの右手には、古びた鞘に納められた短刀(アキナケス)が握られていた。

 それを見て、グィードが冗談めかして言った。

 「ずいぶん古臭い短刀(アキナケス)だなぁ」

 「ああ、ざっと四百年前の代物だからな」

 トイフェルスドレックが短刀(アキナケス)を懐にしまいながら答える。

 「やっぱりそうか」

 グィードはしたり顔でそう答えると、さらに言葉を続けた。

 「まさかとは思っていたが、やっとおまえの正体が分かって来たぞ」

 その言葉を聞いて、一同の視線がグィードに集中する。

 ザムジードさえ、平静を装ってはいるが、グィードの言葉に聞き耳を立てているのが一同にも分かった。

 「私の正体?」

 トイフェルスドレックは、面白そうに聞き返した。

 「ああ、おまえは四百年前の魔王戦役の生き残りなんだな。例えば、六英雄の中の魔術師(ソーサラー)と言えば、大賢者メルキオル。そいつがおまえの正体なんじゃないか?」

 グィードの質問に、一同は驚愕して、我が耳を疑った。

 アーシェラとバキエルだけは、その会話に耳を傾けながらも、それぞれ超然的な表情を崩していなかった。

 また、スオウは、いつものように笑っているだけで、その感情を読み取ることはできなかった。

 ディオゲネスは、到底信じられないようなことであるとは考えながらも、これまでの情報を整理すれば、むしろ、それは納得の行く推理であることを認めざるを得なかった。

 当のトイフェルスドレックは微笑みながら答える。

 「ほう。良く分かったな。とは言っても、別に隠しているつもりはなかったんだが。敢えて、言うほどのことでもないと思ってな」

 「本当にそうなんだ?すごいぞ、本物の英雄に会えるなんて」

 ヒューゴが興奮を抑えきれない様子で口にする。

 「なに、そう大した物でもない。英雄という意味ではヒューゴ、君もすでにその中に数えられるのではないかな」

 トイフェルスドレックが、悪戯っぽく答える。

 「ああ、そうだね。俺は偉大な英雄だからね。グィード、俺、六英雄のお墨付きをもらっちゃったよ」

 ヒューゴは嬉しそうにグィードに向き直った。

 「本当に、おまえは大した奴だよ」

 グィードは髯を撫でながら答える。

 「ところで、もしかして六英雄ってやつらは、おまえみたいに今も全員生き残っているのか?」

 グィードがトイフェルスドレックに尋ねた。

 「さあ、それはどうだろうな。私も彼らとは長らく会っていないからな。ただ一つだけ言えることは、彼らもまた私同様、烙印(スティグマ)の呪縛から解放されているということだ」

 「つまり、永遠の命を持っているということですね」

 ディオゲネスが確認する。

 「ああ。だが、それは絶対に不滅であるということを意味してはいない。それはかつて魔王(アルヴァーン)が人間によって倒され、今は地獄(ゲヘナ)に封じられていることからも明らかだ」

 「つまり、いくら永遠の命を持っているとは言っても、より強い敵に出会えば倒される可能性もあるってことだな?」

 今度はグィードが訪ねた。

 「ああ、それがこの世の摂理だ」

 トイフェルスドレックが答える。

 「でも、かつて魔王(アルヴァーン)を倒していて、その上、永遠の命まで持っている英雄を倒すことができる敵なんて本当にいるの?」

 ヒューゴが興味津々に尋ねる。

 「さあな。幸いなことに、これまでのところ私は出会っていないが、私だってこの世界のすべてを見て回ったというわけじゃない。その点については、この中で最年長者であるバキエルの意見を是非聞いてみたいところだ」

 そう言って、トイフェルスドレックがバキエルに水を向ける。

 「そうだね。僕はその六英雄という人たちのことは良く知らないけれど、例えば、僕の兄たちの中には、魔王(父さん)と同等の力を持っている者もいるからね。彼らと一対一、もしくは彼らの手勢と人数的に不利な状況で戦えば、たとえ烙印(スティグマ)による制約(リミッター)が解除された英雄であったとしても、生き残ることは難しいんじゃないかな」

 バキエルは脅すようでも、誇るようでもなく、淡々と事実だけを話しているといった態度で答えた。

 一同はあまりにも次元の異なる話に、どう反応してよいかわからないといった様子で黙っていた。

 そこで再び口を開いたのはヒューゴであった。

 「そっかぁ。ところで人間に倒された魔王(アルヴァーン)地獄(ゲヘナ)に封じられているって話だけど、魔族に倒された永遠の命を持つ人間は、いったいどうなるんだろう?天国に行くのかな?」

 意外なことに、その質問に答えたのは、これまでヒューゴの傍らで静かに会話に耳を傾けていたレーナであった。

 「英雄たちの魂は楽園(アヴァロン)に憩い、やがては還る、創造主(ル・カイン)の懐に」

 それは聖典(アヴェスター)の中にある詩篇の一節であった。

 一同は、聖典(アヴェスター)を朗読するかのようなレーナの声に、一瞬聞き入り、心に温かさが満ちて来るのを感じた。

 ザムジードもまた、黙ってその言葉に聞き入っていた。

 その時、バキエルが再び口を開いた。

 「さあ。そろそろ玉座の間に到着するよ。心の準備はいいかい?」

 その言葉に、一同は改めて緊張感を強めて歩みを続けた。

 やがて一同の目の前に巨大な金属の扉が見えて来た。

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