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動揺

 今や邪妖忍たちは、たちまちその数を減らしつつあった。

 ディオゲネスとバキエルによる、時よ止まれ、(ディーリング・)汝は如何にも美しい(メフィストフェレス)とアーシェラによって召喚された時の精霊(クロノス)の力で時間停止(ストップ)させられた邪妖忍たちを、冒険者たちは次々に各個撃破していた。

 また、神聖交唱(アンセム)を発動したカルラの戦闘能力は、他の冒険者たちを圧倒していた。

 その勢いは、放っておけばカルラ一人ですべての邪妖忍たちを殲滅してしまいそうなほどであった。

 迷いを振り払ったカルラは、今度はかえって自分の力を示すことで、グィードたち一行や渡鴉(レイブン)たちを牽制することに方針を変えていた。

 分かりやすく言えば、「この私に逆らおうという気など起こすなよ」という脅しであったが、カルラはそんな強硬な態度に出た自分自身を、自分で楽しんでいた。

 グィードやヒューゴ、アルフォンス、スオウ、ムスターファの面々は、冒険者ギルド最高師範(グランドマスター)の底知れない実力を目の当たりにさせられ、改めて世界の広さと、上には上がいるものだという事実を思い知らされていた。

 しかし同時に、いつかは自分も、それを凌駕する力を身に付けて見せようという、闘志に駆られてもいた。

 バキエルもまた、想像を超えるカルラの実力に、感心していた。

 人間の中に、これほどの実力の者たちが幾人もいるとなれば、魔族が度々惜敗を経験させられ、魔王(父さん)が復活する度に封印されていることも頷けるというものであると。

 そして、カルラの圧倒的な戦闘能力を見せつけられて、最も大きな衝撃を受けていたのはザムジードであった。

 ザムジードはこれまで、冒険者としての自分の実力が、最高師範(グランドマスター)に劣るものとは考えていなかったのである。

 そして、じつのところ、その分析は間違っていない。

 神聖交唱(アンセム)による特別な聖霊の加護を別にすれば、ザムジードとカルラの実力は拮抗していたと言って良い。

 つまり、それほどまでに神聖交唱(アンセム)による聖霊の加護は、例外的で異常な能力を使用者にもたらすのであった。

 だからこそ、神聖交唱(アンセム)は冒険者ギルド内でも、秘中の秘とされているのである。

 いずれにせよザムジードは、ゆっくりと思案する時間が欲しかった。

 また、自分の主人であり、育ての親でもあるガムビエルにも相談したかった。

 自分はこのまま、冒険者として、この者たちと行動を共にして良いのか。

 このままでは、ガムビエルたちも滅ぼされてしまうのではないかという不安が、ザムジードの心に過った。

 もしそうなってしまったら、自分はこの先、どうやって生きて行けば良いのか。

 そう煩悶するザムジードの頭に、思念による一つの声が語り掛けた。

 「ザムジード、恐れるな。おまえは魔王(アルヴァーン)様の依代になるべく選ばれた者だ。力が欲しければ、幾らでも与えてやる。確かに、この者たちはガムビエルでさえ、滅ぼす力を持っているかも知れない。だがおまえには、私が付いている。大丈夫だ」

 それは、ザムジードの持つ長剣に変化している精霊(ジン)アガレスの声であった。

 「そうか」

 ザムジードはそれを、自分にしか聞こえないほどの小声ではあったが、実際の声に出して口にした。

 そう言われてみれば、ガムビエルは魔王(アルヴァーン)の十一番目の子であって、自分が魔王(アルヴァーン)の依代としてこの世界の支配者となった暁には、ガムビエルもまた、自分の前に跪くことになるのは当然のことであった。

 そう思い至った時、ザムジードの心には、自分の生まれ故郷を滅ぼしたガムビエルに対する復讐心が、暗い炎のように燃え上がり始めた。

 しかし次の瞬間には、結局自分は、魔族たちに良いように操られているに過ぎないのではないかという不安もまた、大蛇のように首をもたげ、ザムジードを呑み込もうとしていた。

 「ザムジード、恐れるな」

 アガレスがもう一度言った。

 「わかった。では力を」

 ザムジードは、今度は声には出さず、心の中でアガレスに答えた。

 「よかろう」

 アガレスの答えと同時に、ザムジードが手にした長剣から、圧倒的な力がザムジードの全身に流れ込む。

 ザムジードの全身から黒紫の光が爆発的に放たれる。

 その瞬間、ザムジードが超高速で戦場を駆け巡り、僅かに残された時間停止(ストップ)状態には無い邪妖忍たちを一掃してしまった。

 その攻撃は、敵に対する正当な攻撃であるという以上に、仲間である冒険者たちに対する示威行為であることが、その場にいるすべての者の目に明らかであった。

 カルラは驚きつつも、その戦闘能力を冷静に分析していた。

 そして、その程度であれば、まだ自分の手に負えないレベルではないと判断しつつも、ザムジードが、さらに大きな力を秘めている可能性に思い至り、不安を禁じえなかった。

 しかし、不思議なことに、その不安はすぐに解消された。

 グィードとヒューゴの親子、そしてその一行と一緒なら、どのような危機的状況にも立ち向かえるという、根拠のない不思議な安心感が、いつの間にかカルラの心に芽生えていたのである。

 グィードは、そのとき突然発揮されたザムジードの戦闘能力に驚愕するよりも、その力を行使しているザムジードの内面に、危うさと不吉なものを感じ取っていた。

 グィードには、ザムジードが泣きわめき、自棄を起こしている幼い子どものように感じられた。

 そしてそれを、そのまま口にした。

 「彼奴、泣いてやがるのか?」

 しかし、その声を聞き取った者は、その場には誰もいなかった。

 そうして、邪妖忍軍とグィードたち一行との戦闘は終わった。

 残されたのは、ザムジードの焦りと、グィードたち一行に対するカルラの信頼であった。

 そのとき、その一部始終を見守っていたトイフェルスドレックが、おもむろに口を開いた。

 「見事だった。特にディオゲネス、あの新魔法は良かった。優れた魔術師は、単純な火力によるのではなく、ああいう補助魔法によって不利な戦況を一気に覆す力を持っていることを、努々忘れるなよ」

 「不肖なる我が身にご指導を頂き、感謝致します。導師(グル)よ」

 ディオゲネスが恭しく頭を垂れる。

 そのやり取りを見ながら、カルラはトイフェルスドレックの存在をすっかり忘れていたことに気がついた。

 賢者の学院の初代総長にして、遍歴の大魔導士の異名を持つ異能の賢者トイフェルスドレック、噂によれば不老不死の秘術を用いて四百年の時を生きていると、カルラは聞いていた。

 また、カルラはその場に居合わせてはいなかったが、グィードたち一行に対する本人の証言によれば、それは原初の戦いの後、神々によって人間に施された烙印(スティグマ)を解除された状態であるという。

 いずれにせよ、そのような超越的な存在であるトイフェルスドレックは、カルラの認識によれば冒険者ギルド創設以来の大幹部の一人であり、人類の守護者である。

 そしてグィードは、そんなトイフェルスドレックの昔なじみであるという。

 自分は独りで気負い過ぎていたかもしれないと、カルラは自省して、改めて心強さを感じた。

 しかし、この戦いでザムジードが発揮した戦闘能力は、侮れないものであり、しかもそれが神聖交唱(アンセム)とは異質な、不可知の能力でもあったことが、カルラの胸に一抹の影を落としていた。

 一方、トイフェルスドレックは、ザムジードの力の正体を見破っていた。

 バキエルもまた、トイフェルスドレック同様、ザムジードの力の正体に思い当たった。

 それは両者が先の空中戦の際に、ザムジードによって発動された暗黒魔法、破壊波動弾エクスターミネーションを目撃して以来抱いていた疑念が、先程のザムジードによる飛躍的な戦闘能力の向上を目の当たりにして、確信に変わったためであった。

 すなわち、トイフェルスドレックとバキエルは、この戦闘を経て、ザムジードが魔王(アルヴァーン)の依代であること、したがって必然的に、ザムジードには魔王(アルヴァーン)の忠実な友である精霊(ジン)アガレスが寄り添い、加護を与えていることを確信したのである。

 バキエルは、精霊(ジン)たちと同じ理由で、しばらく様子を見ることにした。

 つまり、そのことをすぐにグィードたちに告げる必要性を感じなかったのである。

 トイフェルスドレックは、それとはまた違った理由で、そのことを暫く伏せておくことにした。

 それはトイフェルスドレック自身の過去と現在の目的と、深く関連していることであった。

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