オーバードライブ
ヒューゴたち一行が万魔殿に侵入してから、最初の戦闘が続いていた。
敵は千体にも及ぶ冒険者もどきの群れであった。
この作戦の指揮者であり、冒険者ギルドの最高師範でもあるカルラは、たった一人で数十人からなる魔導士型の群れをあっという間に駆逐していた。
如何に強力な魔力を操る魔導士であったとしても、卓越した戦士に接近戦に持ち込まれれば、手も足も出ないということを、カルラは証明したのである。
もちろん、冒険者もどきたちはそれを警戒して、魔導士型の正面には、接近戦における防衛力に優れた騎士型の群れを展開していたのであるが、今回は相手が悪かった。
というのは、ヒューゴたち一行は皆、大陸でも屈指の実力を持つ冒険者たちであって、地上戦においても、神速と飛翔を駆使した戦闘を可能としたからである。
それは、冒険者ギルドにおいて亜空戦術と呼ばれる超高度戦術であり、それを体得する者はギルドに登録する冒険者たちのうち100人に1人にも満たないと言われている。
その亜空戦術を、その場にいる冒険者全員が駆使して戦うのであるから、相手はたまったものではなかったであろう。
ザムジードが率いる渡鴉が騎士型の群れを制圧しつつあるのを眺めながら、ヒューゴは自分たちの相手を見定めた。
その一群は、魔導士型の群れの背後に配置されており、明らかに冒険者もどきたちの主力であることが見て取れた。
同時に、ヒューゴはその兵団の装備が、見慣れないものであることに気がついた。
グィードもそれに気づき、「ほう」という驚きのつぶやきを漏らした。
「あれは侍か」
侍とは剣士系の上位職であるが、転職のための条件がかなり特殊であるため、ギルドの中でも非常に稀少な職業の一つであった。
というのは、侍になるためには、必ず上級侍のもとで一定期間の修行を重ね、刀と呼ばれる特殊な刀剣を用いた剣術の免許皆伝を受ける必要があるためである。
また、侍が用いる刀自体が、侍発祥の地であるフダラク国にだけ伝わる特殊な製法で作られるものであるため、入手が困難であるという点も、侍が稀少な職業である理由と言える。
その侍が今、フダラク風の甲冑を全身に纏い、数百人という群れを成して、ヒューゴたちの前に立ちはだかっていた。
ディオゲネスはそれを見て気づいたことがあった。
冒険者もどきとは、偉大なるネズミの王が開発した魂の錬金器によって人間と同質の魂を持った邪妖精どもが変化した姿、すなわち、可能態の一形態である。
そして、邪妖精たちは半霊体的な存在であるために、魂の形に合わせて、その肉体もまた容易に変化すると、以前バキエルは言っていた。
つまり、冒険者もどきどもの装備は、彼らの肉体の一部なのだ。
だから、彼らの魂が侍の形になれば、稀少な装備である刀を持ち、フダラク風の甲冑も装った姿に、彼らは具現化するのだ。
それらの説明を、ディオゲネスはこの戦闘の後、一行に語るのであるが、この時にはただ一言、
「魂の錬金器、かなり厄介な代物ですね」
とだけ口にした。
その時には、ヒューゴたちはすでに戦闘に突入している。
アルフォンスは、敵が侍の群れであることを知ると、すぐに獣人化を開始した。
アルフォンスは、かつて一度だけ、上級侍と手合わせをしたことがあった。
その侍の名はカゲキヨといい、カルラと同じく、冒険者ギルドに六人しかいない最高師範の一人で、侍の最高位職である侍大将であった。
アルフォンスは、侍を目指す気はなかったが、その武芸には大いに関心があったので、ある時、王都のカゲキヨの道場を訪ねたことがあったのだ。
カゲキヨは、実に謎の多い人物であり、日頃から隈取と呼ばれるフダラク風の化粧が施された奇妙な仮面をかぶっているため、その素顔を知る者は、ほとんどいない。
アルフォンスもまた、カゲキヨの素顔は知らないために、今、侍型の冒険者もどきと対峙して思い出したのは、その奇妙な仮面の顔であった。
そして同時に、アルフォンスはカゲキヨの言葉も思い出していた。
「侍の本領は刀による武にあらず、五行に通じる心霊にあり」
そう言ってカゲキヨは、五行、すなわち、火・水・木・金・土という五大元素に関わる、幾つかの技法をアルフォンスに披露した。
その光景を思い起こしながら、アルフォンスが叫んだ。
「奴らは奇妙な技を使うぞ!気を付けろ!」
本来それは口に出すまでもなく、ヒューゴの英雄波動共振の効果によって、一瞬にして一行に共有されている情報であった。
ただアルフォンスは、カルラやザムジード、そして渡鴉に聞かせるために叫んだのである。
同時に、かつて幾度となく侍との戦闘を経験しているグィードの意識から、侍が用いる具体的な技法の情報が一行に伝達された。
曰く、攻撃力と攻撃速度を爆発的に高める烈火、相手の攻撃を水の流れの如く受け流す流水、斬撃と同時に相手の気力を吸い取る木霊、斬撃と同時に相手の金属製の装備に重力を増し加える金亀、大地から霊力を吸い上げて状態異常に対する耐性と自然治癒力を高める浄土などである。
それらは最下位の侍であっても身につけている基本技法であり、上位の侍はさらに五行に関わる特殊な技法を用いる。
その情報を、ヒューゴたち一行は一瞬にして共有した。
ヒューゴが神速によって、侍集団の中心に突如として出現する。
「王殺しの速弾きの追奏曲!!」
闘気を纏って巨大化したヒューゴの愛剣、永劫回帰の剣身が5、6体の侍型を一瞬にして吹き飛ばす。
ヒューゴのあまりに素早い攻撃に、侍型たちは成す術がなかったかのように見えた。
しかし、ヒューゴはすべての侍型の胴体を両断するつもりで剣を振るっていた。
それが、すべて刀によって防がれていたのだ。
恐るべき侍型たちの反射神経と、刀の強度であった。
その瞬間、侍型たちは烈火と金亀を発動していたことを、ヒューゴはすぐに知った。
永劫回帰が、通常の5倍から6倍まで重くなっていたのだ。
しかし、もはや歴戦の冒険者たちから英雄と目されているヒューゴは、その程度のことで動揺することはなかった。
むしろ、ヒューゴの口元には不敵な笑みが宿っている。
吹き飛ばされた侍型たちがすぐに立ち上がり、さらに仲間を加えて、ヒューゴに向って殺到する。
重くなった剣を構えなおす。
「王殺しの速弾きの追奏曲・限界突破!!!」
それは通常の王殺しの速弾きの追奏曲よりも速度はやや劣るものの一撃一撃の重さは10倍から20倍にまで高められたヒューゴの新技であった。
侍型たちは、またも烈火と金亀による複合攻撃を繰り出していた。
まともにやり合えば、その瞬間に、ヒューゴの剣の重量は、20倍にも30倍にもなり、さすがのヒューゴでも、まともな戦いができなくなる可能性があった。
しかし、ヒューゴの繰り出した新技は、今度こそ狙い通り、刀もろとも、侍型たちの胴体を両断したのである。
侍型たちは瘴気を撒き散らして、雲散霧消した。
なんと、ヒューゴはその一瞬で、敵によって重くされた愛剣の特性を利用する新技を編み出したのである。
そしてヒューゴは、この後、英雄波動共振によってウァサゴから引き出した金属の重さを自由自在に操る能力によって、この新技、王殺しの速弾きの追奏曲・限界突破を完全に自分のものにしてしまった。
それだけでなく、英雄波動共振によってウァサゴの重量変化の能力と共に、限界突破自体が、白兵戦を主とするパーティーメンバー全体に共有されることとなったのである。
ヒューゴが改めて戦場を見回すと、右前方では人狼とグィードは連携攻撃、人狼のための狂詩曲を発動して侍型の群れを駆逐していた。
ヒューゴの両脇には、当然のように、早くもレーナとスオウが駆けつけている。
左前方には、先の空中戦で初めて用いたした十の戒めと三位一体の自動制御状態である無知の知を発動したディオゲネスとアーシェラ、そしてアーシェラの分身とも言える風精霊が3体、舞うように侍型の群れを翻弄していた。
さらにヒューゴは、敢えて視界には捉えなかったが、その他の仲間たち、すなわち有り余る戯言によって分身し、四神相応を発動したムスターファと、ムスターファそっくりの顔を持つ、正確にはムスターファのご先祖様であるイブラヒームの顔を持つ巨人、輝ける者を使役したグレモリー、それぞれに小型拳銃、優しい悪魔を二丁ずつ持って体術を駆使した戦闘を繰り広げるバキエルとチグリスとユーフラテス(その独特の戦闘法は後にグィードによって、格闘銃術GUN駆ⅡΩと名付けられた)、そして、ウァサゴがグィードの死神の大鎌・輪舞への敬意とからかいを込めて編み出した闘技、凶刃輪転乱舞を発動して侍型たちと激闘を繰り広げている様子を英雄波動共振の共感能力によって完全に把握していた。




