ザムジードへの疑惑
レーナは戦闘が完全に終結した上空を見つめていた。
今、レーナの足元には魔神兵装の超振動剣によって撃墜された三人の渡鴉が横たわっている。
三人は瀕死の重傷を負っていたが、その傷自体はレーナの回復魔法、天命再起によって既に癒されている。
だが三人はまだ意識を取り戻していなかった。
そこへ戦闘の終結を見届けたヒューゴたち一行が、レーナと三人を取り囲むように、次々に降下してやって来た。
その中にはカルラとトイフェルスドレック、そして精霊たちも含まれている。
グレモリーが戦場で駆っていた巨人、輝ける者はいつの間にか姿を消していた。
ザムジードの指揮のもと魔神兵装を完全に消滅させた渡鴉たちが、それに続く。
「部下が世話になったようだな。感謝する」
ザムジードは着地した直後に、レーナに言った。
「いいえ。当然のことをしただけです」
レーナが答える。
「それよりも、この三人には強力な精神支配が施されています。これはあなたが?」
レーナは彼らの蘇生を確認すると、今度は彼らの意識を回復させようよと神仙としての能力を駆使して渡鴉三人を観察した結果、精神支配の形跡を発見したのであった。
「ああ」
ザムジードは素直にそれを認めた。
「彼らの心から戦闘中の恐怖を取り去るためと、完全な連携を可能にするためだ」
それを聞いてヒューゴは黙って顔をしかめた。
口を開いたのはグィードであった。
「そうか。気に入らないやり方だが、それを止めるように言う権利は俺たちにはない。ただ、どうやらその中に、俺の知り合いがいるらしいんだ」
グィードはザムジードの右に立つ渡鴉の一人を見つめながら言った。
それは戦闘中にグィードが、スカーレットと、その名を呼んだ騎士であった。
ヒューゴがグィードの顔を凝視し、その後でその視線の先の騎士を見つめる。
「戦闘もいったん終わったことだし、精神支配を解いて話をさせてくれないか」
グィードがザムジードの目を見ながら、静かに言った。
ザムジードは表情を変えずに答える。
「すまないが、それはできない」
「何故だ」
「今回の作戦は万魔殿の制圧だ。まだ作戦は終わっていない。そうですね、最高師範殿?」
ザムジードがグィードの傍らに立つカルラの顔を見ながら言った。
急に話を振られて困惑したようにカルラが答える。
「ああ、それはそうだが」
「では早急に作戦を再開しましょう」
そう言うと、ザムジードはおもむろに横たわる三人の渡鴉に近づき跪くと、彼らの耳元でそれぞれ何かを囁いた。すると彼らは、即座に立ち上がった。
「彼らのいのちを救ってくれたことには、改めて、心からの感謝を述べる。彼らは私の家族のような存在だ。ありがとうレーナ君」
ザムジードが、改めてレーナに向き直って礼を言った。
ヒューゴを含む一行全員がグィードの顔を見つめる。
「わかった。それじゃあまずは万魔殿の制圧だ。その後で話をさせてくれ。それからザムジード、その時には、おまえにも聞きたいことがある」
グィードが淡々と答えた。
ヒューゴには、グィードが怒りを抑えているのが分かった。
ヒューゴがグィードの顔を見つめながら、おもむろに口を開いた。
「ねえ、一つだけ確認してもいい?」
「なんだ?」
「この作戦が終わるまでは、カルラも渡鴉も、みんな俺たちの仲間だよね?」
その質問を受けて、グィードは一瞬答えに困った。
そして、少し考えてから力強く答えた。
「ああ」
「わかった。じゃあ俺は、カルラやザムジードたちのためにも、命を懸けて戦うよ」
その言葉を聞いた瞬間、グィードは目頭が熱くなるのを感じた。
もはやヒューゴは、冒険者としても、また人間としても、自分よりも高みにいることが分かったからだ。
グィードは自慢の美髯を撫でながら、改めて、ザムジードの横に立つ渡鴉を見つめた。
それから心の中でこう言った。
「スカーレット、見ているか。これが俺たちの子だ。二人ですぐに、おまえを自由にしてやるからな。待っていてくれ」
それから一瞬の沈黙の時が流れた。
「話はついたようだな。では改めて、万魔殿に向おう。皆、私に続け」
この作戦の指揮者としての威厳を込めて、カルラが宣言した。
「疾風飛翔走駆!」
カルラが飛び立つ白鳥のように美しく飛翔した。
ザムジードと渡鴉がそれに続く。
「飛翔する悪夢!」
十三人の渡鴉が次々に飛び立った。
「さあ、俺たちも行こう」
ヒューゴがディオゲネスを振り返って言った。
「承知しました」
ディオゲネスは速やかに圧縮詠唱を始める。
「鳳翼飛翔陣!!」
ヒューゴたち一行の身体が金色の光に包まれる。
それから一行は、ヒューゴを先頭に伝説の霊鳥ヴィゾフニルのように飛翔した。
一行はぐんぐんと万魔殿に近づいて行った。
一行の眼下には、瘴気立ち昇るカルヴィーノ大湿原が広がっていた。
一行は、カルラを先頭にして進み、やがて瘴気の結界を抜けて万魔殿正門前の広場と思われる地点に、次々と着地した。
カルラは居並ぶ一同を見回しながら呼吸を整え、おもむろに口を開いた。
「それでは一同、心の準備はいいか。これより魔族の牙城、万魔殿に突入を開始する」
するとその時、バキエルが申し訳なさそうに手を挙げて口を開いた。
「その前に、一つだけいいかい?」
一同がバキエルの顔を見つめる。
「なんだ。バキエル」
グィードがバキエルに、話を続けるように促す。
「グィードたちは一度、万魔殿に侵入したことがあるようだけど、それは多分リロイの幻術で偽装された表層の部分だけだったんだと思う。だけど僕が同行している今は、偽装は発動しない。つまりグィードたちはこれから、初めて本当の万魔殿に足を踏み入れることになるだけど、じつは、万魔殿と呼ばれる城は、この世界に二つ存在しているんだよ。というよりは、今、僕たちが立っているのは、万魔殿の複製の正門前、ということになる」
その言葉を聞いてディオゲネスには思い当たることがあったが、黙っていた。
「どういうことだ?」
「うん。じつは本当の万魔殿は今でも、エイビスのさらに地下深くに封じられた世界、人間たちが地獄と呼んでいる場所に存在しているんだ。そしてこの複製は、言わば、真の万魔殿へと続く、移動式の入口のようなものなんだよ」
一同は、バキエルがもたらした情報を整理しようとするかのように、沈黙していた。
すると、ここでディオゲネスが口を開いた。
「やはり、そういうことでしたか」
一同が、今度はディオゲネスに注目する。
「皆さんもご存じのように、万魔殿とは、創世神話における魔王の居城であり、四百年前の魔王戦役の折には移動要塞として、地上に姿を現わしています。そしてわたしには、その二つの万魔殿が同一のものとは、どうしても思えなかったのです。それが、今のバキエルの説明ですっきりしました。つまり、今私たちがいるのは、魔王戦役において用いられた移動要塞、万魔殿であり、それは地獄に封じられた真の万魔殿から、魔王の軍勢を地上に送り出す門の役割を果たしているということでしょう」
ディオゲネスは自分の推理の正しさを確認するために、バキエルの顔を見た。
「さすがはディオゲネス。その通りだよ」
バキエルが答えた。
「ということは、俺たちはこのまま地獄まで足を運ぶことになるということか?」
グィードが神妙な顔でバキエルに尋ねた。
「まさか。さすがにそこまでは、僕でも無理だよ。何しろ地獄は、神々によって厳重に封印された世界だからね。ただ、この移動要塞の地下には地獄の門が存在し、現在のこの要塞の主、恐らくそれは、僕の兄弟の一人なんだろうと思うけど、その人物がその気になれば、四百年前に地上を制圧した程度の軍勢を、これからの戦闘に投入することも可能だということさ」
「なんだって」
これまで黙っていたカルラが、驚きと絶望を混ぜ合わせたような声で叫んだ。
「そんな相手を我々だけで制圧することは不可能だ。作戦は中止すべきだ」
一同がカルラの顔を見る。
「ごめんごめん。少し脅しが過ぎたようだね。その気になれば、と言ったけど、現在の城の主が、僕の想像している通りの人物であれば、その人物がその気になるようなことは、まず考えられない。なぜなら、もしそんなことを勝手にすれば、その人物は魔王の不興を買うことになるだろうからね。だから、恐らく今回の戦いで実際に投入される戦力は、せいぜい先ほどの戦闘で僕たちが殲滅した戦力と同等か、多く見積もっても、その倍程度なんじゃないかな。その程度であれば、たとえそれを僕が独断で動かし、そして失ったとしても、魔王はそれを許してくれるはずだからね」
その言葉を聞いて一同は、改めてバキエルが魔王の息子であることを思い起こした。
なんという不思議な戦いを、自分たちは今、戦っているのだろうかと、ヒューゴは思った。
そして、これから始まる戦いに、ワクワクもしていた。
ヒューゴは今や、正真正銘の冒険者であった。




