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旅立ちの前夜

 ヒューゴたち一行がゴブリンの迷宮を出ると、辺りはもう暗くなっていた。

 一行はひとまず、ノエル村に帰ることにした。

 彼らは今、死者の長靴(デッドマンズブーツ)の二階にいた。

 店は昼間閉めたきりで明日からはヒョードルが営業することになるのだろうが、とりあえずはグィードとヒューゴの自宅として用いることにした。

 実際村には、ほかに宿も酒場もないのだから当然のことではある。

 一行の目の前のテーブルには、グィードの料理が並ぶ。

 ウァサゴはパーティーの一員としてヒューゴたちに同行することになった。

 ギルドの公式記録では、この時点でのパーティーリーダーはアルフォンスということになっている。

 グィードとヒューゴはその同行者であり、ウァサゴに関しては公式には存在しないことになっているが、今もしっかり人間の姿で席に着いている。

 「さあ、では皆さん、まずは食事にしましょうか」

 何故かウァサゴが仕切り始める。

 「なんでおまえが仕切ってるんだよ」

 グィードが当然のツッコミをいれる。

 「いやあ、久し振りの外界ですからねぇ。心が弾みます。婿どのの手料理ですか?楽しみですね」

 「その気持ちの悪い呼び方はやめろ!」

 「それでアルフォンス、明日からは俺たち、まずはどうすればいいんだろう」

 グィードとウァサゴの不毛なやり取りを無視して、ヒューゴは食事に取り掛かりつつ話を進める。

 「そうだな、まずはヒューゴの当初の予定通り、オーデンセの街を目指そうと思う。俺たちもギルドの支部に報告をしなくちゃならないしな」

 「報告って、俺たちのことを?」

 「ああ、予定通り死の天使(アズラーイール)グィードと合流できたことを、本部に報告するんだ。ついでにヒューゴは冒険者として、正式に登録の手続きをするといい」

 アルフォンスのその言葉に、ヒューゴの目が輝いた。

 「いよいよ俺も冒険者かぁ」

 「ところでヒューゴは、初めはどんな職業ジョブにするか、もう決まっているんですか?」

 ディオゲネスが興味深げに尋ねる。

 正式な冒険者になるためには、まずギルドが厳重に管理している冒険者台帳(マグナ・カルタ)に名前と職業を登録する必要がある。

 冒険者台帳(マグナ・カルタ)とは、簡単に言えば聖霊との契約書であって、その契約書への記入内容に従って、冒険者には聖霊の加護が与えられる。

 聖霊とは、この世界(ザラトゥストラ)おける創造主(ル・カイン)の代理者として世界を護り導いている最高位の霊的存在であると、創造主(ル・カイン)教会では教えられている。

 「俺はまずは、グィードと同じ盗賊(スカウト)になるよ」

 「そうですか。ヒューゴは今でも十分に機敏ですが、聖霊の加護によってさらに強化されますね。ある著名な冒険者の言葉に、『機敏さこそが冒険者にとって最も重要な能力である。なぜならば、どんなに強力な攻撃でもすべて回避してしまえば、絶対に負けることはないからである』というのがあります」

 (かたわ)らでそれを聞いていたグィードが口を開いた。

 「その言葉には、こんな続きがある。『もし誰かが、確実に自分より強い相手と戦うことになっても、機敏さで相手を(しの)いでいれば焦らなくてもよい。まずは逃げて、相手が諦めるか、寿命で死ぬのを待てばよい』。六英雄の一人、義賊王ディミトリアスの言葉だ。まあ、実際に義賊王がそう言ったのかは解らないが、盗賊(スカウト)たちの間では結構有名な言葉だ」

 「さすが、死の天使(アズラーイール)と渾名される方は博学ですね」

 ディオゲネスが茶化すでもなく、グィードを賞讃した。

 「いずれにせよ、もしその言葉が真理であるとすれば、ヒューゴは間違いなく優れた冒険者になるでしょうね」

 「いえいえ、私の孫であり契約者でもあるヒューゴは、優れた冒険者ではなく、偉大な英雄になりますとも。間違いありません」

 ウァサゴが口を挟んだ。

 迷宮からの帰り道に、ウァサゴは自分の能力をヒューゴたちに明かした。

 ウァサゴの最も得意とする能力は物質の性質変化と形態変化、つまり物の形や性質を自由に変えることであって、変身能力もその能力に負うところが大きいとのこと。

 そしてウァサゴは、ヒューゴを偉大な英雄にするための訓練と称して、ヒューゴの全装備を二倍の重さに変えてしまった。

 ヒューゴは、なんとも地味で嫌がらせのような修行だと思ったが、母親のスカーレットも、かつて同じ修行をしていたことや、彼以外の冒険者たちは、それを単純ではあるが非常に効果的な修行だと評価したことで納得した。

 生真面目なアルフォンスは、その効果がいつでも解除可能なことを確認した上で、自分の装備にも同じ処置を依頼した。

 「ところで、スカーレットの居所について、なにか心当たりはないのですか?」

 ウァサゴはグィードに尋ねた。

 「そうだなぁ、王都(アラヴァスタ)のギルドの連中がスカーレットを呼び戻しに来たのが十二年前。ギルドの連中は、それが魔王(アルヴァーン)と関係しているようなことを言っていた」

 魔王(アルヴァーン)という名前を聞いて、その場にいるウァサゴ以外の四人は、不吉なものを感じた。

 ヒューゴもその話を聞くのは初めてであった。

 「じつは俺とスカーレットは昔、ギルドの依頼で深淵の牢獄(コーキュートス)を探索したことがあってなぁ」

 深淵の牢獄(コーキュートス)とは、大陸のほぼ中央を東西に伸び、大陸を南北に両断するデーヴィーナ山脈の中央にある天然の巨大洞窟の呼び名であり、魔王戦役に敗れた魔王(アルヴァーン)の遺体が封印された場所であると言われている。

 また、創世神話において魔王(アルヴァーン)が封じられた「大地の深きところ」と一致すると言う者もある。この呪われた大陸(アルヴァニア)で最も呪われた迷宮(ダンジョン)、それが深淵の牢獄(コーキュートス)であった。

 「その時にも私は同行していたのですが、婿どのはお気づきではありませんでしたか?」

 「ああ、まったくな」

 「あの頃のスカーレットは、思春期と言うか反抗期と言うか、とにかく私が人目に触れるのを嫌がりましたから、私はスカーレットの剣と一体化していたのです」

 ゴフッ!!

 それを聞いて、グィードが食べかけの料理を噴き出した。

 「し、思春期ぃ~?おまえその言葉の意味、本当にわかって使ってんのかぁ?」

 「もちろん、なにか可笑しなことを言いましたか?」

 アーシェラは離れた席から二人のやり取りを眺めて、声を出さずに笑っている。

 じつのところウァサゴは、その言葉の意味は知っていたが、永遠の命を持つウァサゴには人間の年齢や成長ということに関する感覚が理解しにくいのであった。

 いずれにせよ、ある年齢を過ぎたスカーレットは、ウァサゴの存在を周囲に隠しておきたくなったのだろう。

 それは理解できる、とグィードは納得した。

 「ともかくギルドの連中は、恐らくスカーレットに、深淵の牢獄(コーキュートス)の案内をさせたかったんじゃないかと、俺は想像している」

 じつはその時、ギルドはグィードにも、正しくは二人揃って協力して欲しいと申し出ていた。しかし、ヒューゴはまだ幼かったし、何よりもウァサゴを見張る必要があると考えていた。

 そこでグィードは、自分が一人でギルドに協力することをスカーレットに提案したが、スカーレットは珍しく、強固にグィードに反対した。

 その時にはグィードは気づかなかったが、恐らくスカーレットは、悪い予感がしていたのだろう。

 そしてヒューゴを守るためには、自分よりもグィードが側にいる方が良いと判断したのだろうと、グィードは今、考えていた。

 魔王(アルヴァーン)深淵の牢獄(コーキュートス)、この二つの単語が、一行の心に暗い影を落としていた。

 グィードはそれを感じとって言った。

 「ヒューゴもおまえらも、心配すんな。不死身の俺様が、どんなことがあっても必ずおまえらを守ってやるから!」

 その一言で、彼らの心は一気に軽くなった。

 そういう不思議な魅力をグィードは持っていた。

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