0日目〜貴い時の陽だまり2
「ごめん遅れた」
俺は陳謝した。
待ち合わせは東門に12時10分だった。
地下鉄の駅からほど近く、全員の2限目の教室からも離れていないこの門への集合は、よほどのことがない限り簡単なはずだった。
その証拠に俺は小走りで教室からやってきたが、かかった時間はたった3分。講義が終わって歩いてきても10分などお釣りが出るくらい楽勝だ。
しかしどうだろう、今俺の目の前にいる友人はアンニュイな表情を浮かべている。こうゆう時のこの顔は、必死につくろっている顔だ。
「いや、まあええけどな。しゃあないこともあるやろ」
悠の返す言葉には心なしか熱がこもってない。
そりゃそうだろう。今の時刻は12時43分だ。
つまり俺は30分以上遅刻した。
講義自体が伸びて15分、それを伝えるために携帯をいじっていたら没収されてその説教で25分。解放されたのは12時40分。返ってきた携帯を覗くと3件程の催促の通知。
今度昼飯でも2人に奢ってやろう。
今ここに1人しか居ないけど。
「で、麻友は…?」
「ああ、麻友ならバイクで先に行っとるな。連絡送ってへんかったか?」
ポケットにある携帯に手をいじって確認してみる。ああほんとだ。
確かに麻友からきてる。
「まあ、正味そんな急いでへんし別にええで。せやけどこれで今度の飲み代はただ飲みやなあ」
「サンキュな。っておいマジかよ」
悠は顔を崩してこちらを見て言った。
「いやあ、これで時貴に集るネタも出来たわあ」
「いや、流石に1回だけだろ」
「ああお腹へったなあ。自分随分待ったからちょっと寒いねん」
俺が待たせてしまった手前何も言えない。そんな押され気味の俺を見て一通り満足したんだろう。悠が笑って俺の肩をたたく。
「大丈夫や大丈夫。とりま、はよ行こか。麻友待たせてるさかい、このままやと僕もプラマイゼロになってまうわ」
そう言いながら悠は歩きだした。毎度のことだが悠もそうだし、麻友も、心太も本当に俺にとってありがたい存在だ。不器用でズボラな俺を引き離したりせず、これでもかってくらいお節介を焼いてくれる。目覚まし時計もそうだし、明日するアルバイトの斡旋もそうだ。
実際俺は彼らの優しさに大分救われてきた。だからこそ俺はあいつらに何かあれば全力で取り組むと決めた。こんな風に笑ってくれるそんな関係を続けると。
そう心に決めて俺も駅へと足を進めた。
「なあ悠、この貸しを返すの来月じゃだめか」
「しゃあなしやで……と、思っとるんかいな」
貸し借りにはシビアな関係だけどな。
心太の家は地下鉄で5駅そこからバスに乗り換えて数分と京都市中心部からやや離れた場所にある。なんでも知り合いの人が紹介してくれた部屋で家賃も相場より大分安くしてもらったらしく、俺の約半分程度らしい。お陰様でバイトも俺ほど多忙にしなくてもいいんだとか。実に羨ましい限りだ。
「せやけど、心太どないしたんやろな。昨日あんだけアホみたいに騒いどったけど、心太はいつも通りセーブしとったしなあ」
心太の家へ向かう道中。バスに乗り換えて後に、話題になるのはやっぱり心太の事で、切り出したのは悠からだった。
「そうだな。ベロンベロンになる俺ら3人とは違ってあいつはほとんど飲まないしな。まあ事故ったというのも考えられるけど、ニュースでやるだろうし」
だいたい家だったり居酒屋だったりで無法地帯の化け物となる俺らを介抱するのが心太であって、帰れなくなる人を返すことはあれども、帰れなくなることはまずないだろう。
それと俺と違って、心太は几帳面だ。少なくともきた連絡をそのまま数時間ほっぽり投げるようなことは絶対ない。
大げさかもしれないが、だからこそ俺らにとっては大事件だ。
「昨日、最後まで一緒にいたの悠だろ?なんか覚えてないのか?」
昨日もおそらく、うちから徒歩圏内の麻友を送り、途中まで一緒の悠と最後に分かれたんだろうと思い尋ねるが、悠からの返事はあまり芳しくない。
「うーん、正味昨日のことあんま覚えてないんや」
まあ無理もない。実際俺もあんまり覚えていない。何故か分からんがそれだけ飲んでいた気がする。
揺れる車内の中。悠が何気なしに口を開いた。
「まさかの怪異やったりして」
「まさかな」
実際に怪異を目の当たりにしたことがないせいか、ニュースで見てもいまいち実感が湧かない。近くで起きているのに他人事のように思えてしまう。どうやら悠も同じらしく、都市伝説的な存在として捉えていて、冗談の種くらいの認識らしい。
「怪異見たことないんやけどどんなやと思う?」
「どんなのってお前、そもそも見えるもんなのかあれ」
「聞いた話やと見えたり、見えなかったりらしいな」
「へえ……見ないやつをどうやって処理してるんだろうな陰陽師の連中」
「知らん。まあ陰陽師もたまにしか見いへんしな」
「まあな」
そもそも陰陽師も生で見ることはそうそうない。
何かの祭りの時に見ることはあってもそれぐらいだ。
あいつらが何をして、どんなことが出来るのかなんて見当もつかない。
「僕思うんよ」
「何を?」
悠が今まで通りの思い詰めた顔をして切り出す。
「怪異は、実は可愛いおにゃの子もいるんやないんかと」
「は?」
脊髄反射的に声が出た。そして思わず吹き出してしまった。
「いやいや、どうしてなして。あいつら妖怪とそこらの類って言ってただろ?」
「いやそうかもしれへんけど、考えてみ時貴。普通にそうやったらみんなホイホイ着いてくやん?故に被害がなくならない。そしてそっちの方が幸せやん?」
今までと同じトーンで真面目な表情で言う台詞じゃないだろ悠。
「いやいや、幸せとかじゃないだろ」
「ええやん。小さいツインテールの子が怪異でも」
うわ。とうとう悠のやつドルヲタからロリコンにステップアップしやがったのか。
そんな俺の心情を読み取ったのか悠は間髪入れずに続ける。
「言うとくけど、僕ロリコンちゃうからな。ロリも好きなだけなんや」
「なんかもう本当にお前の貪欲さには感心するわ……」
「お、時貴もとうとう良さに気がついてくれたんか。では来週の日曜日にあるASHIKAGA4のライブに行こか」
「行かん」
そんなこんな話しているうちに目的地のバス停に着いた。ちなみに降りる時に運転手の顔をちらっと見ると若干不機嫌そうだった。
「遅いよ2人とも」
バス停からすぐ近くの心太のアパートの前まで来ると、当然のように麻友は到着していた。どうやらバイクは駐輪場に止めているらしい。
「時貴、今度奢りね」
「分かってる。ほんとすまんすまん」
ほんとに分かってる?と言いたそうな麻友に、何度か俺は顔の前で手を合わせて謝った。その手の軽いやり取りを終えて早速本題に入る。
「で、心太いた?」
俺の問いに、麻友は肩をすぼめて首を横に振る。
「分かんない。少なくともインターホンに反応はない」
出かけているのか、それとも出ることが出来ないのか。連絡しても反応がないあたり後者のような気もするが。
「中は確認せえへんかったん?」
「いや、もし何かあったら怖いし。1人で対処出来るのかなって思って」
悠の言う通りに、俺らで共通の合鍵を使って入ることは出来たが、流石にこの状況でしかも女で1人は躊躇われるかもしれない。
もし中に心太以外の誰かいるかもしれないと考えると俺でも怖い。
「まあとりあえずもう1回インターホン鳴らして、出なかったら中に入るか」
そう言って2階にある心太の部屋へと3人で向かった。