0日目~貴い時の陽だまり1
主人公四ノ宮時貴の0日目です
目覚まし時計の朝を知らせる音が、六畳ワンルームに響き渡る。
夢と現の間をさまよっていた自分の意識をこちら側へと誘うために時計は毎日欠かさず仕事をしてくれる。ありがたいが、やはりうるさい。
普段から寝坊助の自分のために友達が誕生日に買ってくれた代物なのだが、これを止めに行く作業は少々骨が折れる。
よっこいせという合図と共に俺は布団から這い出た。
床に散乱されているビールの空き缶に、つまみの入っていたビニール袋を踏まぬよう神経を使いながら進み、ベッドと対角線上に置いてある棚の上の時計までたどり着く。そして時計の頭を1回叩けば止まるのが普通なのだがこいつの場合は少し違う。
叩くボタンは液晶画面になっており1度叩くとその画面にクイズの画面が映し出される。
『問題!京都が誇る地下アイドル三島小夜が所属しているグループはどこ!?A.平安KYO B.祇園小町 C.Redish』
そんなもの分かるわけがない。適当にAをタッチすると今回は運良く当たりを引いたらしく液晶画面は暗くなり先ほどまで鳴り響いていた音は、なりを潜めた。ちなみに間違えると別の問題が出題される。
だいたいこの作業を毎日行っている間に目と頭が冴えるため二度寝率は劇的に減って確かに寝坊することはなくなった。
とは言え…
「接着剤で時計固定とかないだろ…ってか大丈夫かよ三島さんとやら。そんなグループ名で」
半ば呆れながら俺、四ノ宮時貴は朝の支度を始めた。
昨日のバカ騒ぎの、後片付けを軽く済まして朝食用に買った食パンを焼いて食べる。1人でただ食べるのも寂しいのでテレビを垂れ流すのが日課だ。
あまり真剣に見ないテレビにふと神経を向けると、隣の駅の近くの風景が写っている。
画面下のテロップには『怪異!現る!』と文字が書かれていた。どうやら昨晩、うちの周辺で怪異が起きていたらしい。
ニュースでは淡々とキャスターが話しており、今回も陰陽師の活躍で無事終息したとの事だった。
「最近やけに多いなあ。怪異」
そう誰に向けたものでもない言葉を吐いて、時貴は洗面所へ向かい準備を再開した。
家を出て電車に揺られて20分程度の所に時貴の通う大学がある。授業開始10分前にいつもの座席に 座るともういつものメンバーがそこに居た。
「よお時貴。今日の問題はどうやった?」
自分より少し背が低く細身の男が声を掛けてくる。多分こいつが今回の問題の出題者だろう。
「訳分からん。絶対お前の問題だろうなあとは思ったけどさ。ってか平安KYOって何?ふざけてんのかあの名前」
「えぇ!?平安KYO知らんの!?ブロマイドとかCDとかバカ売れなのに!?」
「ああ知らん。ついでに言うなら三島小夜とやらも知らん」
「それは人生損してるで。これ見てみ」
そう言って彼は携帯をいじって画像を俺に見せてきた。ゴスロリ衣装を身にまとった少女があざとく映っている。
何枚かスクロールして見せてくれたのも全てゴスロリ衣装。
「どうや。可愛いやろ」
まあ確かに可愛いのだが、それなら尚更どうしてそんな名前にしたのかよく分からない。
もっといい名前あっただろう。
「もうやめなよ悠。いつもだけど時貴が困ってるよ」
悠の横に座っていたショートカットの女性が顔を前に出して口を挟む。ボーイッシュな雰囲気の彼女もまたいつものメンバーだ。
「でも、麻友の問題も正味こりすぎやと思うで」
「いやいや、そんなことないよ。そんなことないよね…時貴」
口から言葉がでない。正直な話バイクの部品だったり種類だったりの問題が普通なのかというと…
俺は無言を決め込んで席に座った。
隣にいるアイドルヲタクは佐伯悠、その向こうに居たライダーガールは沢島麻友。五十音順が近いこともあって仲良くなったいつものメンバーのうちの2人だ。昨日の馬鹿騒ぎもこいつら含めた4人だった。
そう、もう1人がいない。
「あれ、心太は?」
俺の質問に2人は揃って小首を傾げる。
式峰心太。恐らく俺達の4人の中で最も良心をもって、優しいメガネをかけたメンバー。成績も単位取得ギリギリの俺達とは違い優秀で、その節では何度も彼に助けられた。そんな彼が授業を欠席もしくは遅刻するなんて珍しい。
「さあ?多分二日酔いやないか?」
悠が答える。確かに心太は酒は弱い方でいつも一番に潰れてしまうが、地を這ってでも授業には彼は来ていたように思える。
目線を麻友へと向けるが、彼女も首を横に振る。
「私のところにも連絡来てない。どうしたんだろうね心太」
真面目な彼が誰にも連絡を寄越していないとなるとますます異常事態だった。
「お前ら今日空きコマいつ?」
「3、と4やな」
「あ、私も3空いてるよ」
「決まりだな、連絡取って出なかったら昼に心太の家行こう」
「あれ?時貴3限目なかったけ今日」
「サボる」
「単位大丈夫なの?それにあれって班で動くやつじゃなかった?」
「大丈夫。俺いなくてもなんとかなるからあの班」
「まあそうだろうけど、でもあの班河佐さんが…」
「うちがどうかしましたか?」
背中からゆったりはんなりとした声が聞こえた。 その登場に悠も麻友も一気に顔を曇らせる。
そっと後ろを振り向くと腰まで届く黒髪ロングの女性、河佐白百合がそこに立っていた。着ている服はロングワンピースにカーディガンと洋物の装いだがその容姿は極めて和。日本人形がそこにいるようなそんな雰囲気。同じ女性でも麻友とは全く違う女らしい女だった。
「ああ、河佐さんあのね…」
必死に何かを取り繕おうとする麻友を尻目に俺は伝える。
「すまん河佐。今日俺用事あって3時限目出られないかもしれないわ。みんなに言っておいてくれ。遅れた分埋め合わせは絶対する」
白百合はふふふと口に手を当て上品に笑う。この動きも本当に様になっている。どこかのお嬢様か何かと噂されても仕方ない。
「まあええどす。四ノ宮はん用事なら仕方ありまへん」
「恩に着る」
圧倒的な存在感に皆萎縮するが普通に話すには別に悪い子ではない。そう思いながら遠ざかる白百合の背中を見送ろうとした時。
「あ、そうや」
白百合がこちらを見返る。彼女の切り目が俺を捉える。正直怖い。
「最近、怪異が増えとりますからなあ。みなさんもお狐様に祟たられんよう」
そう言い残して彼女は階段を下り最前列の席へと向かっていった。
「はあ…緊張した」
糸が切れたように息を吐いたのは麻友。男相手ならほぼ気さくに話せる彼女でも自分と対局にいるような女性相手には少々疲れるらしい。
「僕も…綺麗なんやけどなんやろ疲れるなあ」
それは悠も同じようでぐったりしている。
確かにあの瞳に睨まれるとやっぱり疲れる。お陰であの3時限目の班での彼女以外はいつもこんな感じで皆もれなくぐったりだ。
それもあって3時限目はなるべくサボりたいのもあるのだが。
始業開始の予鈴が鳴る。
それに合わせて俺も、残り2人も鞄から筆記用具と教科書を取り出し机に並べる。1限目の教授は割と時間にルーズであるのでそんなに急ぐことはないが余裕を持っておくに越したことはない。
これは心太の癖だったのだが、いつの間にか俺達にも伝染した一つだ。
「あのさ」
ふと麻友が口を開く。俺達の2人は手を休めず耳だけ傾ける。
「昨日、怪異があったでしょ確か」
「ああ。それがどうかした」
「最近、少し多くなったよね」
「そうだな」
返事するのは俺だった。何か返せよ悠。
そう思っていると念が通じたのか悠が口を開く。
「この世にいるはずないもの怪異。妖怪とか、怪物とか、超常現象とか。確かに最近ニュースでぎょうさん聞くようになったなあ」
子供の頃には1ヶ月に1回程度しか無かったような気がする。それがここ最近では週2~3回のペースで怪異が起きてその都度陰陽師が出動している。
幸い今までその類に触れたことなどなかったが今はどこを歩いていても起こり得るもの。
ふと先ほどの白百合の言葉を思い出した。
お狐様の祟りとやらには、やっぱり触れないでおきたい。
そう心で言葉紡ぐと1限目開始を告げる鐘が鳴った。