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04 ささやかなフラグ

「散々浮気だのなんだの言っておきながら、自分は堂々と男とデートか」


 ふん、とまるでお返しのように鼻を鳴らした男、セドリックは軽蔑したような目で俺を見下ろす。横でシュバルツがあちゃーという顔をした。


「あらあら、貴方お気付きになってませんの? 貴方が私を森に吹き飛ばしたおかげで私、遭難しかけましたの。シュバルツはそれを助けてくれただけですわ? それともなあに? 貴方は落としたハンカチを拾って貰っただけで浮気だなんだと騒ぎ立てますの? じゃあ貴方がしたことは一体なんなのでしょうねえ?」


 ネチっこい言葉遣いで長文で詰る。俺に口で勝とうなんざ億年早いわ。まあ助けてくれたのは巨人だが、そんなこと言ってしまったら妄言癖があると言われても言い返せない。自分の為にもシュバルツの為にも伏せておいた方が吉だ。

 目を細め、じと、とセドリック見つめれば、我が意を得たり、と言うようにニンマリ顔になった。


「ほお? 俺がお前を吹き飛ばしたか。実に面白い妄言だ。しかし、仮にも婚約者であるお前を、俺がそんな酷いことをすると思うか? するわけあるまい。お前が散々騒ぎ立てた浮気とやらも、お前の勘違いさ」

「へーえ、そう? そうですの? 貴方は私が幼馴染と昔の事を話し合うだけでも浮気に認定されますのね? 対して貴方は幼馴染でもないぽっと出の優秀な泥棒猫にまんまと引き抜かれて? 床も共にしたそうではないですか! 私には一度も手を出していないのに! 非常に愉快ですわ。そのような戯言が罷り通ると思い込んでいる貴方がとってもお可愛らしくてね!」


 危うく地声が出そうになりながら額に青筋を立てて反論する。「床を共にした」なんてのは聞いていないが、カマかけだ。これで引っかかる馬鹿ではないはずだが、まあやってみる価値はあるかと判断して、


「な、なぜ……」


 あ、こいつ馬鹿だ。

 カマかけに決まってるのに明らかに狼狽してる。これでしらばっくれたらまた変わっただろうに。本日二度目の感情が一気に冷めて行く感覚。ふと、前世での画像を思い出す。

 「あの子の方が」「可愛いから」「私と別れたの?」「いいよ」「私も」「彼氏作る」

 その言葉と共に6枚の自撮り画像を上げていたJK達を思い出す。見た当初は馬鹿馬鹿しいと思っていたが、今となってはその気持ちがわかる。俺も浮気してやろうか。


「ふ、ふふ……カマかけでしたのに……ふふふ……図星ですのね……」

「な、ち、違う! それに、汚いぞ!」

「うるっせえよこのヤリ◯ンが!! ぶち転がすぞてめえ!! あーもういい! お前がそんな事するなら俺もこいつと寝る!!」

「えっ」


 がし、と手近にあった腕にしがみつく。無論シュバルツの腕だ。明らかに困惑したような声を出された。お前は少し黙ってなさい。

 怒りに任せた俺の咆哮に、明らかにセドリックがたじろぐ。そりゃ浮気じゃないですって言った舌の根も乾かぬうちに浮気宣言したんだから当たり前だ。俺が同じ立場でもびっくりする。


「精々てめえはあのクソ課金厨とイチャコラして腹上死しとけ! このクソ男が!!」

「ラトナ、口悪いよ……」

「俺はてめえとは違って健全なんだよクソ野郎!! てめえの言う仮にもフィアンセを森に吹き飛ばすわ浮気するわ……! 全部てめえの親に報告させてもらうからな!! てめえとの婚約なんざ破棄だバァアアアカ!!」


 浮気された日の夜に誓った新しい恋人を見つけるまではキープしておかなければ、と言う使命感を薙ぎ倒し、踏み倒し、シュバルツの腕をギチギチと掴んだまま喚き散らす。いてて、と間抜けな声が上がるが知ったこっちゃない。勢いで婚約も破棄してしまったが知ったこっちゃない。視界が霞むが知ったこっちゃない。


「だいたい言わせて貰うがなあ! なんか勘違いしてるみたいだが! 俺はてめえみたいなぼんぼんの頭軽い男なんざ大っ嫌いだ!! これでてめえとの関係が無くなると思ったら清々するぜ!!」


 ふー、ふー、と鼻息荒く指差して怒鳴りつけ、完全に困惑した顔のセドリックに無駄に高いヒールを投げつけた。両方とも。魔力で勢いを上乗せし、確実に顔面と急所に向かうようにコントロールした。当たった。崩れ落ちた。シュバルツを除く全男が内股になった。


「靴ねえから歩けねえ! 運べ!」

「えー。はいはい」


 シュバルツに怒りのままに喚く。それをいなす様によっこいしょ、とおんぶされた。そこは姫抱っこだろ! と言えば、重い。と返された。癪だったので魔力で体を浮かせて物理的に軽くした。満足そうだった。

 未だに目に涙を浮かべ、床を這い蹲って俺を見上げるセドリックに中指を立て、舌を突き出し、バーカ! と子供じみた捨て台詞を吐いてその場から退却した。今思い返せばあの顔は中々情けなくて面白かった。


ーーーーーー


「やっちまった……」

「今更後悔ー? 遅くないー?」


 俺withシュバルツin俺の部屋。学園は早退したので今は真昼間だ。

 お気に入りのドレスを脱ぎ、ツインテールにしていた髪も解いて部屋着姿でベッドに沈み込む。シュバルツは出された菓子を遠慮のかけらも見せずに食べている。中々に図々しい奴だ。

 しかし、問題はそこではない。

 そう、勝手に婚約破棄してしまった事だ。

 この世界には魔法が存在する。それはすなわち、言霊も例外ではなく、俺とセドリックの婚約も言霊で成された。言霊とは、言葉自体に力が付き、魔法と成す力だ。魔力を持っている奴は大体使える。つまり、口から出まかせでも破棄するなんて言っちまったら、今頃母の手中にある契約書が燃え尽きている事だろう。最悪だ。絶対に怒られる。


「ぅぅうう……そもそも母さんが俺を男として育ててたら……」

「過ぎたことはどうにもできないよー」

「うるっせえ! 知った風な口聞くなー!」

「えー」


 バタバタと足をばたつかせ、手でシュバルツの背中を軽く叩く。こんな我儘を言ってもやんわりと受け止めてくれるシュバルツは本当に精神安定剤だ。一緒にいると安心するという感覚がある。当たり前だが、セドリック相手には絶対になかった感覚だ。


「そーいえばさあ」

「……あんだよ」

「どーすんの? えっち」

「……え」

「やるって言っちゃったじゃん。あれ言霊でしょ? やんなきゃ俺多分ここから出れないよー」


 あっけらかん、と言い放つシュバルツに硬直した。そうだ。浮気宣言したんだった。このままだとBのLになってしまう。ごく一部の女性が沸き立ってしまう。


「……俺たち男同士だし」

「できなくはないらしいけどねー」

「……え、やばくね」

「やばいよー」

「……お前はしてえの?」

「ははっ、ナイスバディなお姉さんになってから出直してきてね」

「当てつけかてめえ」


 脳裏を過る黄金の炎を背負ったヤンデレ顔……。軽くトラウマだ。あとあのボンボロボイン揉ませろ。

 うーん、と唸っていると、あ、とシュバルツが思い出したように呟いた。


「確か『寝る』って言ってたよね。セッ」

「やめなさい」

「……性行じゃなくってさ。だったら同じベッドでお泊まりすればいいだけじゃん? ラトナのベッド無駄に広いしー」

「あー……。あー! そうか! そうだな! そうするか!」

「ラトナってほんっと時々信じられない程馬鹿になるよねえ」

「っるせ」


 そうと決まれば、といそいそとお泊まりセットをベッド下から引きずり出す。説明しよう! 俺とシュバルツは昔から仲が良く、よくお互いの家にお泊まりに行っていたのだ! それ故にお互いのお泊まりセットがお互いの家にあるのである! しかし最近はセドリックという婚約者のこともあり、ご無沙汰だったもである! 俺は婚約するならシュバルツの方が良かった!

 シュバルツも、出されたクッキーをちょっと行儀悪く口にくわえながら引きずり出されたお泊りセットの中身を漁る。着替えや歯ブラシなども入っているが、そのほとんどがボードゲームやカードゲームの道具である。小さい頃はよく二人でトランプをしていた。何故かポーカーも神経衰弱もババ抜きも七並べも一度だってシュバルツに勝ったことはない。何故だろう。


「そーいやさあ。森で会った巨人って、どんな奴?」

「え? ああ。えーっとなあ、ちょっと待てよ」


 魔力で鉛筆と子供の頃に買ってもらったスケッチブックを引き寄せる。横着ゥ、と非難されたが知らん。

 鉛筆を持ち、しゃっしゃっと描いていく。あらかたかけた所で、ドヤ顔でシュバルツに手渡した。自信作。という言葉も添えて。


「……人の精神えぐるような絵が好きだね。相変わらず」

「あぁん!? どういう意味だこら!」

「そのまんまじゃん。これ顔がえげつないこけしみたい」

「うるせえ! 自分はちょっと絵が上手いからって!」


 ぽかぽかと軽く殴ってる間、それこそ迷いのない手つきで絵を仕上げていくシュバルツ。こんな感じ? と見せられた絵はまさにあの巨人そのものだった。

 嫌にひょろ長い手足。女性用の喪服。つばの広い帽子に密度の高いレース。そして緩く弧を描く紅を引かれた口元。

 ……こいつ本当に絵上手いな。


「お前俺と一緒に森に飛ばされたっけ」

「いやー? 全然違うところにいたよー」

「……まんまそっくり」

「いえーい」


 ピースピースと言いながら手をチョキにするシュバルツ。絶妙に頭が悪そうだ。

 しかし、本当によく描けている。気味が悪い程に正確だ。我が幼馴染として並みの年数ではない付き合いだが、相変わらずの不思議くんだ。一緒にいて飽きないと言う点では美点だが、底知れない恐怖にも似た何かを感じる。大凡幼馴染に向ける感情ではないが。

 顎に手を当て考え込んでいると、何を思ったのかシュバルツが腰に抱きついて来た。本当に突飛な行動をする奴だ。ぽんぽん、と頭を撫でてやれば、ぐりぐりと腹に頭を押し付けられた。さっき食べたお菓子が逆流しそうなのでやめてほしい。てかやめろ。

 拳を握りしめた所で、ぱ、と離れた。危機察知能力の高い奴め。


「……噂、違ったな」

「ん? あの悪魔がばりばり頭から食べちゃうぞーってやつ? ラトナあんなの信じてたの?」

「悪いか! いいだろ別に。あん時怖いもん続きだったし……」

「……あー」


 あれね、と言ったシュバルツは軽く後頭部を掻いた。きっと課金厨のあの顔を思い出しているのだろう。酷い顔だった。近々背中から刺されるかもしれない。

 ぶる、と身震いをしてあの顔を頭の中から追い出す。精神衛生面上非常によろしくない。


「あー。なんかねみいわ。先に寝る」

「チビのくせに睡眠量だけは一丁前だねー」

「………」


 派手な音を立ててシュバルツがドアから部屋の外に吹っ飛んだ。てめえはそこで気絶してろ。

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