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02 怒りの咆哮

「お、おはようございます……。ラトナ様……」


 挨拶してきた課金厨に思わず舌打ちをしそうになった。

 復讐を誓った翌日、学園内のとある大広間にて、課金厨に目障りなボンボロボインを揺らしながらおずおずと話しかけられた。

 仮にも俺たちは貴族であり、決して知らないとは言えない暗黙のルールがある。それは、「低位の家の者が高位の家の者に自分から挨拶を含め、声をかけてはならない」。そんなルールだ。普段は馬鹿馬鹿しいと思っているが、色々と評価にも響くため仕方なくそのルールに従っている。

 そして、ロリ体型でわがままでそれほど成績も良くない俺が唯一課金厨に勝っている家柄、それをもこいつは易々と踏みつぶそうとしやがった。万死に値する。


「……あら、ローズワルド様とあろうお方があのルールを知らない訳ではないでしょう? 非常に不快ですので話しかけないで頂けますかしら」


 それで出て行け、という言葉と吐き出したくなった唾を飲み込み、手に持った扇で口元を隠して侮蔑的な目で課金厨を睨め付ける。ローズワルドというのはこの課金厨のファミリーネームだ。ファーストネームは確かアリアだったか、なんだったか。興味がない。

 露骨にショックを受けたような顔をしたその課金厨はすみません、と悲劇のヒロインばりのか細い悲劇的な声で囁いた。俺の取り巻きーー男含むーーはその声に一瞬罪悪感のようなものを目に浮かべたが、俺が不機嫌なのを感じ取ったのかすぐに目を逸らした。家柄のほうが大事らしい。分かりきっているが。

 ふん、と鼻で「私は今とても不機嫌です」アピールをしつつ早歩きでそこから離れる。背が低いのを気にして高いヒールの靴を履いているのだが、それが今はいい感じに威圧的にかつかつと鳴る。

 前方から俺の婚約者、セドリックが近づいてくる。あちらも相変わらず取り巻きが多い。


「ラトナ。昨日の会食の件だが」

「あ〜ら侍女からお聞きしませんでしたこと? 私、浮気されてなおその浮気者と顔を付き合わせて食事をする趣味は無くってよ? 私の人生を滅茶苦茶にしておいていいご身分ですことね?」


 再び鼻でふん、と嘲笑して一蹴。私の取り巻きも、セドリックの取り巻きも一瞬にして凍りつき、動きが止まる。セドリックの秀麗な顔も瞬間的に凍りついた。


「私が子供みたいな体だから嫌なのかしら? 私がわがままで高飛車だから嫌なのかしら? 私が中途半端で微妙な成績しか取れないから嫌なのかしら? 私が自分の家を笠にしているのが嫌なのかしら? どの理由をとっても冗談としか思えないわ」


 更に追い討ち。これでぐ、と言いつまるようなら俺への評価は所詮その程度ということだろう。

 そんなことを思いながら試すようにセドリックの顔を見つめる。明らかに焦ったような顔をした。黒か。

 すー、と怒りが冷めていく。どうせ一時的な冷めだろうが、それでも感情が一瞬にして消え失せる感覚だ。中々味わえるものでもない。

 あ、そう。と呟き、ヒールで思い切り足を踏ん付け、かつかつと靴音高くその場を去る。いた、と本気で痛がったような声が聞こえたが知ったこっちゃない。背後でお互いを気遣う猿と課金厨の声もするが知ったこっちゃない。全部知らない。


ーーーーーー


「っあー! クソったれ! ふざっけんなあんのクソ猿が! 大人しく課金厨相手に腰振って腹上死してろ!」


 学園の裏庭。薄暗く、曰く付きの森と隣接していることから人はほとんど来ず、また鬱蒼とした木や茂みに囲まれているので声は響きにくい。俺の格好のストレス発散場所だ。

 ふよふよと周りの小石やら葉っぱやら枝やらを浮かせ、台風のようにびゅんびゅん回転させる。これが俺独自のストレス発散方法だった。地面がどんどん削れて行くのが非常に愉快なのだ。


「大体母様も母様だ! なんでお付き合いの時間もなく婚約なんかさせるんだよ10にも満たねえ小娘によお! だいたいあんなクソ野郎預言者でも雇ってとっとと正体を見破って……」


 支離滅裂になりかけた俺の叫びは、とあるか細い声に停止した。


「あ、あのう……」


 ほとんど反射的に石や枝などの浮かせていた鋭いものを声がした方に威嚇で突きつける。ひぃっ、と情けない声がした。


「……あら、奇遇ですわねえ。どうしてこんなところにいらっしゃったのかしら? ローズワルド様?」


 それと先ほどお伝えしたルールもお忘れになったのかしら? と淑女にジョブチェンジしてネチネチと詰る。どんどん顔色が悪くなっていく課金厨に、はっ、と嘲笑を零す。


「眉目秀麗、成績優秀、品行方正な生徒である貴女も、暗記は苦手のようね。貴女にも人間のような一面があったのねえ」

「……! そんな、そんなことありません」

「ああら! そう! 貴女はあくまでご自分は優秀だと! まあまあ、なんて図々しくて謙虚がないのかしら! きっとこの国に必要な素質ではなくって?」


 嫌味と皮肉をたっぷり織り交ぜ、扇で口元を隠し、姑のようにほとんど一方的に非難する。そろそろやめないとまずいだろうが、一度滑り出した口は中々止まってくれない。


「そもそも、婚約者のいる殿方に媚を売って恋仲になるなんてアバズレにも程があるのではなくて? 学園のアイドルがこんな調子では多くの男子生徒の絶望も想像に難くないですわねえ」

「……貴女は、本当にセドリック様がお好きなんですね」


 ぽつり、と呟かれた言葉に声が詰まった。顔も引きつった。

 俺が、あいつを、好きだと?

 一体全体何を言っているんだこのアバズレ課金厨は。とうとう頭も湧いたか。


「そこまでセドリック様のことを思って怒り狂うなんて、きっととてもあの方に対する愛が深いんだわ」

「……は?」

「でも、あの人が好きなのは私なんです。ラトナ様」

「…………は?」

「だからどうか、貴女の呪縛から、彼を解放してください」


 プロポーズしてきたのあっちなんだけど。

 呪縛って何。俺があいつを束縛してることになってんの? そもそも自分で自分のことが好きなんですはーととか寒気しかない。本当に謙虚のけの字もないな。

 俺を見つめる目をつい見つめ返してしまった。後悔した。異様に闇が深く、狂気を感じる。普通に怖い。


「え、こわ」

「ね? ね? ですからね? 早く婚約破棄してくださいな? 貴女が一人不幸せになるだけで私とセドリック様の二人が幸せになれるんです。ですから、ね?」


 恐怖を感じた。力なく石や枝がぽとぽとと落ちる。怖い。

 いまだにね? ね? を繰り返す課金厨の背後からゆらりと陽炎が立ち上る。

 それは業火だった。輝く火の、黄金色の炎。それを身に纏い、変わらぬ笑顔と狂気の瞳を湛えたまま、いまだに同じ言葉を繰り返すそれに、底知れぬ狂気と闇を感じ取った。

 ーー転校生のご令嬢、「浄化の炎」の魔力だそうですわ。

 取り巻きの一人がしていた噂を思い出す。これが浄化の炎。つまり、俺は浄化対象。

 これはまずい。炎で焼かれるなどたまったものじゃない。第一、このドレスはお気に入りなんだ。裾でも焦がされると最悪の一言に限る。

 尚も火力を上げて行く炎に、自己防衛本能が働き、どうすれば助かるのかを脳内でシュミレートし始める。

 靴を浮かせ、後方に軽く跳躍し、そのまま学園の方へ飛んでいって先生の一人でも連れてくれば問題ない。

 シュミレート通りに靴を少しだけ魔力で浮かし、後方に飛ぶ。ぐん、と大幅に取れた距離を詰めるように炎の勢いが益々上がって行く。着地をし、そのまま垂直に上に飛び上がる。下を見下ろせば、尚も同じ形を繰り返す口元と全く笑っていない目。それが俺を捉えて離さず、炎が明確に俺を追いかけようと舌を伸ばして来た。

 このまま魔力で学園の方に飛ぼうと力を溜め始めた頃、びゅう、と強い風が吹いた。ただぷかぷかと浮いていただけの俺はいとも容易く吹き飛ばされ、学園とは反対の方向へと飛ばされる。俺の体は曰く付きの森へと勢いよく流された。

 すぐに体制を整えようと魔力を行使しようとしたところ、ふと、学園の校舎の屋上に人影があることが確認できた。

 ふと、消火器を持ったあの人影がフラッシュバックする。


「ーーッ、セドリックゥウウウウ!!」


 怒りに任せた咆哮を残し、俺は森の方へと飛ばされた。

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