第九話 人魚姫⑤
「目は片方なら良いかな。耳も」
「指が何本か無くなってもあんまり困らなさそうです」
「えー指は困りますよ。増えても良いくらいです」
「そうですか?じゃあ爪とか」
「つけ爪をつけちゃえば無くなっても大丈夫そうですね」
「眉毛もこう、描けば良さそうじゃないですか?」
「眉毛…眉毛を渡して叶えられる願いってショボそう」
「人魚姫の姉たちは髪の毛とナイフを交換した訳ですし、意外と毛髪には価値があるのかもしれません」
「確かに呪いで髪の毛が出てくるイメージがあります」
藁人形に入れたり、ホラー映画で蛇口から髪の毛が出てくるのは定番だろう。
だが眉毛もそうなんだろうか。
眉毛をつめられた藁人形はへそを曲げたりしないだろうか。
「人魚姫のお話に出てきた様な、怖い魔女って本当にいるんですか?」
ユラリに聞いてみる。
人魚って魔法が使えたりするのかな。
「怖いかは分かりませんが、魔女はいますよ」
ユラリによると、魔術を勉強する人魚が居るらしい。
人魚界のエリートですね、とユラリが語る。
「人魚姫の魔女もエリートだったんですね」
「そうだと思います」
「作者、アンデルセンさんは人魚に会ってたんでしょうか」
「さぁ……どうでしょう。もしかするとラーミルと会ってたかもしれません」
「ラーミル?」
「人魚と人間の間の子の事ですよ。私たちはあしつきとも呼んでます」
「足がついた人魚だからあしつき、ですか」
「見た目はほとんど人間なので、会っても気づかないと思います」
人魚と人間のハーフ。
手足に水掻きがついて鱗に覆われている外見を想像したが、違うらしい。
人間と何が違うんだろう。
「人間よりも長生きで、水よりも塩水を好んで飲む、位ですね」
あしつきの人魚は、人間と同じように赤ん坊から成長していくが、老化が人間よりも遅いのだそうだ。
周りと時間がずれ始めた時、海に行くか人間として暮らすか選ぶのだと言う。
「最近の人間は長生きですから。目立たずに普通に人間として暮らしているラーミルが増えていると聞きます」
ラーミルが陸で学んだ後に海へ帰り、魔女になることもあるらしい。
海に行ったラーミルは、足に布を巻き付けて一つにし、そこに魔女が魔法で尻尾を作るのだと言う。
「人間も、人魚になれるんですか?」
何の気なしに言った言葉が潮風に溶ける。
「なれますよ。普通に暮らしている人間がなるのは大変だと思いますが」
もし人魚になりたいと思ったとき、魔女には何を要求されるんだろう。