第八話 人魚姫④
王子の部屋に行き、眠っている王子に向かって両手でナイフを振りかぶる。
目を瞑り王子にナイフを突き立てる。
王子が叫び、目を覚まし、起き上がろうとする。
抵抗されない様に王子の目をナイフで潰す。
ナイフは中々深く突き刺さらない。
何度も何度も死ぬまでナイフを突き立てる。
王子は呻き、口から血を吐き出す。
返り血を浴びた所が徐々に人魚の肌に戻っていく。
『はあ、はあっ…』
呻き声が聞こえなくなる。
上がった息が戻らない。
涙が込み上げてくる。
泣きながら、首に手を当て、脈が止まっていることを確認する。
試しにナイフを突き刺してみる。
ピクリとも動かない。
滅多刺しでボロボロになった寝巻きの胸元を開け、ナイフを使って心臓をえぐりだす。
心臓を抱えて海に向かって走り出す。
お姉ちゃんが近衛を眠らせて置いてくれたらしい。
誰にも見つからずに砂浜にたどり着き、心臓を抱えて泣く。
返り血だらけの私をお姉ちゃんが抱き締める。
夜が明けて日が昇る。
王子の心臓から流れた血はすっかり私を元の人魚の姿に戻す。
ただ、色は前と変わっている。
青銀だった鱗は、血の色に染まったのか錆色をしている。
◆
「…殺しますよ。生きるためですもん」
想像上で人魚姫となった私は、アンデルセンの物語よりもバッドエンドを向かえそうだが、強がってそう言う。
「助けた人を追いかけて、振り向いてもらえないから殺す。すごいエゴですね」
「しょうがないですよ。そうしないと自分が消えちゃうんですから」
「王子は命の恩人に殺され、人魚姫は助けた命を自分で殺す。妃になる予定だった女性は結婚式を挙げる前に未亡人です」
「とんでもないバッドエンドですね」
「はい、人魚姫が最初に王子を助けない方が、まだましかもしれません」
「人魚姫は、王子を殺さずに泡になった方が良かったんでしょうか」
最初の物語の通り、風の精となって二人の幸せを見守りながら、永遠の命を目指す方が良かったのだろうか。
「ももかさん、こっちに来てください」
ユラリが手招きする。
それに誘われるまま、ユラリの方に向かい隣に腰かける。
「えいっ」
「きゃ!」
ユラリに抱き締められる。
不意打ちで驚き思わず短い悲鳴が出る。
「人魚姫はこうやって、言葉以外で王子に告白しちゃえば良かったんですよ」
ユラリはほとんど裸の上半身を惜し気もなく押し付けて来る。
柔らかくて気持ちいい。
胸の形がぐにゃぐにゃと変わる。
でもなんだか誤魔化された気がする。
「偉そうに言いましたが、私もそのときになってみないと分かりません」
ユラリがくっついたまま言う。
「ユラリさんは殺しますか?」
「殺すかもしれませんし、殺さないかもしれません」
「私もです」
そんな状況は一生起きないだろうから、そのとき自分がどうするかは知る由もない。
起きたら困る。
「声があったら結末は変わってたんでしょうか」
ポツリと呟く。
「さあ?少なくとも私なら声を引き換えにはしませんね」
歌えなくなるのは困ります、とユラリが言う。
二人でこれは引き換えに出来る、出来ないと言い合う。