第六話 人魚姫②
「あたーらしーいあーさがきた♪」
今日も人が居ない朝の通学路を自転車で走る。
昨日と違い海は穏やかだ。
遠目にチラホラと浜辺で釣りをしてる人が見える。
雨が降らなくて良かった。
ふと、釣りをしてる人達にユラリは見えて無いのかと疑問がわく。
ユラリはよく陸に上がっているらしいから、見かけても不思議は無いのに。
灯台で死角になっているのかな。
つい昨日まで人魚の存在に気づいていなかった自分を棚に上げ考える。
浜辺に降り、出来るだけローファーに砂が入らない様にゆっくりと歩く。
昨日は気にせず歩いたせいで靴下まで砂が入り一日中気持ち悪かった。
ユラリはもう岬の先に腰掛けていた。
「ユラリさん、おはようございます」
「おはようございます、ももかさん」
顔を見合わせ笑う。
「今朝歌っていたのは、ラジオ体操の歌ですよね」
「聞こえてたんですか?ここに来る大分前に止めたのに」
「人魚は耳が良いんです」
「ラジオ体操まで知ってるとは」
「夏になると毎朝聞こえて来ますから」
「私が参加してた頃のも聞かれてるかもしれません」
ラジオ体操の歌のアレンジバージョンです、と歌詞がない歌を歌ってくれる。
ラジオ体操の歌とは思えない荘厳さだ。
パチパチと拍手をする。
一緒に歌いましょう、と言われ、浜辺にいる人に聞こえない程度の声でラジオ体操の歌を歌う。
ユラリさんがハモったりコーラスをしたりする。シュールだ。
「人魚って皆歌が上手いんですか?」
「上手いと思います。そうじゃないと人間を誘惑できませんしね」
冗談っぽくユラリが言う。冗談のはずだ。
「海に引きずり込むために…?」
心臓の音が早い。怖い。ユラリも化け物なのだろうか。
「あら、怖がらせてしまいましたか」
冗談ですよ。とユラリが言う。怯えが顔に出てたらしい。
「外国ではそう言う風に伝わってたりもするらしいですが、人間を海に入れても意味ないですし」
「安心しました」
「人間は海ではすぐ死んじゃいますしね」
不便ですよね、とユラリが言う。
何で息ができないのだろうと心底不思議に思っている様だ。
「人魚の歌が上手いのは、人魚が綺麗な物が好きだからですよ」
「どういうことですか?」
「言葉通りの意味です。綺麗な物が好きで、綺麗だったらいいなと思ってると綺麗な歌が歌えます。逆に下手な歌を歌うのは無理かもしれません」
「そう言う物ですか」
よく分からないが、ユラリがそう言うならそうなのだろう。
「私は海から出るのが好きなので、たまに地上の音も聞きますけど。他の皆はあんまり地上の音を聞かないので」
「人魚って地上にはあんまり来ないんですか?」
「やっぱり海の中の方が楽ですから。最初に水から上がった時は体が重くて、慣れるまでは大変でした」
これも地上に出るように特別に作ってもらったんですよ、とユラリは胸を押さえている布を引っ張る。
支えが無いと重いだろうと分かる大きさだ。
「特別にって、じゃあまさか海中だと皆何もつけていないんじゃ」
海底の竜宮城は目のやり場に困りそうだ。
長い間浦島太郎が帰らなかったのはそう言う訳があったのか。
「あ、いや軽く布を当てたり、貝殻をつけたりはしてますよ」
なんだ、とちょっとだけがっかりする。