第五十一話 ピンクの貝がら②
「よく似合ってますよ、ももかさん」
「ありがとうございます」
ブレスレットを着けた腕を海に向かって伸ばしてみる。
ピンク色をした桜貝のモチーフは、太陽の光を当てると透けるようだ。
「夏祭りってなんですか?」
ユラリが言った。
ラジオ体操もディズニーも知ってたから、夏祭りも知ってると思ってた。
お祭りは夜だし、見たことないのかな。
「夏にやるお祭りのことです」
手に持ったスマートフォンで“夏祭り”を画像検索する。
出てきた写真では、法被を着た男の人がお神輿を担いだり、夜空に花火が打ちあがってたりしていた。
「昼間にやるのもあるんですけど、大抵は夜ですね」
「なんだか皆たのしそうです」
「お祭りですから。花火を見て、踊りを見て、屋台で買い食いをします」
「これ、綺麗ですね」
ユラリがそう言って花火の写真を指さした。
「花火ですよ。暗くなった空に、火薬を詰めた球を打ち上げて、爆発させるんです」
「爆発、物騒ですね。戦でもやるんですか?」
戦、どうなんだろう。
花火が日本に伝わったのは戦国時代ごろらしい。
鉄砲が伝わったころだ。
例えば何かの合図として、花火が戦に使われることもあったかもしれない。
「いえ、空に広がった色々な色の光を見て楽しむんです」
現代では、花火は純然たる観賞用だ。
「百発以上打ち上げるんですよ」
打ち上げ場所から遮るものも無いし、この岬からも見えるだろう。
「百発、すごいですね」
ユラリが興味津々といった様子で花火の写真を見ている。
ユラリと一緒にお祭りに行けたらいいのにな。
「あの、ユラリさん、夜に海から上がってくる事ってできますか?」
ユラリに聞いてみた。
ユラリは少し迷った後言った。
「頑張れば、できます」
「夜はなにかあるんですか?」
ユラリと会うのはいつも朝だった。
海から出てくるのが朝だけなのは、理由があるんだろうか。
昼間は暑い、と言っていたし、基本的に日の射さない海中で暮らしているらしいから、昼間出られないのは分かる。
でもなぜ夜じゃないんだろう。
夜の方が涼しいし、太陽も隠れている。
「夜は、おばけが出やすいですから」
「おばけ?」
「はい。人魚と人間、おばけと人間よりも、人魚とおばけの方が近くて、影響を受けやすいんです」
人魚が住むような海底で死ぬ人間はいないから、基本的に人魚と幽霊が合うことは無いのだそうだ。
「でも海の浅い場所だと、水場に引き寄せられたおばけがいたりするんです」
「そうなんですか」
「おばけも人魚を知りませんし、お互いに何かするって訳じゃないんですけど、近くにいるだけでおばけの記憶が流れて来たことがあって」
前に、私が生まれていない位前に会った、おばけの記憶がユラリの意志とは無関係に流れ込んできたらしい。
それは幽霊が死ぬ間際の記憶と感情で、ユラリは死を錯覚したそうだ。
勝手に周囲に漏らしてしまうくらい強く心に刻まれた、死の記憶と感情。
「大丈夫でしたか?」
「大丈夫ですよ、一瞬でしたし、もうずっと前のことです」
ユラリと花火を見られたらいいな、なんて呑気なことを考えていたけれど、これを聞いてしまうと夜に海上へ出てきてほしいとは言えない。
「ももかさん、夜の方が都合がいいんですか?」
「違います。私、朝大好きです」
「それは知りませんでした」
「ユラリさんに会えますし。ただ……」
「ただ?」
「ユラリさんと花火がみたいな、と思いまして」
そう言ったとたん、ユラリが身を乗り出してきた。
目と鼻の先にこれ以上ないほど整った顔がある。
近い。
驚いて声をあげてしまった。
「花火が見られるんですか?」
ユラリの目が輝いている。
いつもキラキラしているけど、それ以上、星でもでてきそうだ。
「多分、前に家から見たことがあるんで、ここからでも見えると思います」
「ももかさん、私、花火が見てみたいです」
顔を近づけたままユラリが言った。
こんなに興奮しているユラリを見たのは初めてだ。
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