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第五十話 ピンクの貝がら①

 スマホを見ていたなっちゃんが言った。


「りんごから夏祭りの待ち合わせどうする?ってライン来たわよ」


 自分のスマホも見てみる。

 なっちゃんとりんごとのグループラインに新着メッセージがあった。


「りんごは夏祭りの日にこっちに帰ってくるんだっけ」


 私たちは三日間あるうちの、二日目に参加する予定を立てていた。


「17時位に駅前でいいかしら」


「電車が混みそうだし、もう少し早くしない?」


 なっちゃんに提案した。


「じゃあ16時位?」


「そのくらいがいい!」


 浴衣を着ていくつもりだったから、自転車には乗れないし。

 自宅から駅前への時間は、電車と自転車、どっちを使ってもあまり変わらない。

 線路が遠回りに通っているのだ。


「じゃあ16時ってりんごに言うわね」


「うん、ありがと」


 ◇


「おはようございます、ユラリさん」


「ももかさん、おはようございます」


 なっちゃんとりんごと約束した夏祭りの朝、私は浜辺に来ていた。


「ユラリさんそれどうしたんですか!?」


 あまりのことに声を荒げてユラリに聞く。


「何か変ですか?」


「変、ではないんですけど」


 ユラリは長かった髪の毛をバッサリと切って、ショートカットになっていた。

 この前、ショートカットも似合いそうだなんて思っていたけど、実際に見てみるとショックが大きい。

 あんなにきれいだった髪が無くなっている。


「髪型を変えてみたんです」


「随分と思い切りましたね」


「似合ってませんか?」


「いえ、似合ってます、似合ってるんですけど」


「けど?」


「私は長い髪の方が好みだったみたいです」


 びっくりしたし、本当にもったいないと思う。


「ももかさんが、喜んでくれると思ったんですけど」


 肩を落とした私を見て、ユラリは不思議そうに言った。


ユラリは先日渡した髪飾りを、短くなった髪につけている。

短い髪の隙間からは耳が見えた。

耳の外側に薄い色をしたヒレがついているのを、初めて知った。


 今まで知らなかった場所が見えて嬉しいけど、それよりも失望の方が大きい。


「綺麗な髪だったから、もったいないな、と思って」


「ふふふ、ありがとうございます」


 私の落胆をよそにユラリは緩く笑っている。


 短くなった髪も、絡まることなく潮風にそよいでいる。

 きっと手触りも長かったころと変わらないのだろう。


 綺麗だな。

 美人が三日で飽きるって嘘だと思う。

 髪型を変えただけでこんなにハラハラするんだから。


「ももかさんがそんなに言うなら、戻しますよ」


 ユラリが笑ったまま言った。


「戻す?」


「地上では無理ですけど、海の底ならすぐ元通りになります。だから少しだけ待ってくださいね」


 人間の髪は伸びるのにとても時間がかかる。

 一か月で2㎝、一年で24㎝。

 ユラリ位の長さにするのは、三年は必要だろう。


 そんな人間の常識は、ユラリには当てはまらなかったらしい。


「そんなにすぐに伸ばせるんですか?」


「はい。10分もかからないと思います」


 ユラリが事もなげに言った。


 一週間はかかるだろうという想像を超えてきた。


「良かった」


 安堵して、大袈裟に落ち込んだ自分が馬鹿らしくなった。

 だってしょうがないじゃないか。

 あの綺麗な髪がいきなり消えたら誰だって取り乱す。


「ももかさんが、そんなに髪が好きだったとは思いませんでした」


「その言い方だと、私が変態みたいですね」


 髪じゃなくて、ユラリが好きなんだけどな。


 髪がすぐに生えてくるってことは、切った髪を貰うことも出来るんじゃないか。

 こんな考えが浮かぶなんて、やっぱり私は変態かもしれない。


 頼んでみてもユラリは怒らないだろうし、聞くだけ聞いてみよう。


「ユラリさん、お願いがあるんです」


「なんですか?」


「切った髪を貰えませんか?」


 私の頼み事を聞いたユラリは、手を顎に当てて考え込むような仕草をした。


「ももかさんが喜ぶことはしてあげたいんですけど、無理ですね。すみません」


「残念です」


 嫌だから無理です、とは言われなかった。

 物理的な問題なのかな?


「人魚の髪、というか体って、エネルギーなんですよね。海の底はエネルギーに満ちているので形を保っていられるんですけど、地上に持ってきたらすぐに消えちゃうと思います」


 海の近く以外ではユラリもすぐに消えちゃうってことかな。

 ここでしか会えないって、改めて言われると寂しい。

 だから人魚姫は無理をして、地上の王子と結ばれるために人間になったのだろう。


「それにしても、髪の毛なんて何に使うんですか?」


 ユラリが言った。

 何に使うかなんて考えていなかった。


「目的とかは無いです。強いて言うなら、綺麗なものを手元に置いておきたいなって思って」


「髪の毛を、そんなに大事に持っている人は居ないと思います」


「そうかもしれません」


 私が、あり得ないけど仮に、切った髪の毛をくださいなんて言われたら、ドン引きするし、頭がおかしい人だと思うだろう。

 売るために綺麗な髪を伸ばす人もいるらしいけど、それは鬘を作る材料になるからだ。


 ただ手元に置いておきたいから欲しいって人は少ないだろう。

 芸能人の髪の毛だと、欲しがる人は居るのかな。


 ユラリは私のお願いに引いたりはしていない。


「ももかさんには、髪の毛なんかじゃなくて、これを大事にしてほしいです」 

 

 そう言って、ユラリは大きな貝殻を出した。

 貝殻の表面にはピンクと赤の模様が描かれている。


「綺麗……」


 ユラリから貝殻を受けとった。

 貝殻には留め具がしてある。

 小物入れかな?


「開けてみてください」


 ユラリに促されるまま、貝殻の留め具を外して中を開いた。


「可愛い!」


 中には、貝殻のついたブレスレットが入っていた。

 桜貝だっけ。

 細い銀色の鎖に、薄紅色の貝殻がワンポイントになっている。


「ももかさんには、桃色が似合うと思ったんです。名前も桃ですし」


「桃色は好きです」


 好きな色、を意識してるわけじゃないけど、そういえば」部屋のベッドや持ち物はピンクが多い。


 切った髪をくださいなんて言った変態が貰うにはもったいない気がする。


「この髪飾りのお礼です」


「ありがとうございます。大事にします」


 大きな貝殻の小物いれも可愛い。

 ブレスレットを着けられないときは、これにいれて大事にしまっておこう。


「着けてみてください」


 ユラリに言われて、慎重に腕にブレスレットを着けた。

 桜貝は割れやすいらしいけど、貝が欠ける気配がない。

 何か加工をしてあるみたいだ。


「なんだか暖かい気がします」


 ブレスレットを着けた手首がじんわりと暖かくなった気がする。

 それに良い匂いがする。

 ユラリの髪の毛を嗅いだ時に感じた匂いだ。

 

「ちょっと魔法をかけてあるんです」


「魔法?」


「ももかさんが幸せになれますようにって」


「魔法の効果、すごいです」


 ユラリの笑顔を見ていると、頭がくらくらしてきた気がする。

 甘い匂いで胸がいっぱいになる。

 お酒を飲んだことはないけど、酔っぱらうってこんな感じなのかな。

 

「これ、浴衣にも合いそう。夏祭りで失くさないように気を付けなきゃ」


 持って行かないという選択肢は無かった。

 せっかくユラリに貰ったものだし、出来るだけ身に着けていたい。


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