第五話 人魚姫①
「幽霊ねぇ、20歳までに見なかったら一生見ないって言うわよね。」
なっちゃんが抹茶ミルクのパックを飲みながら言う。
「なつめ、ホラー好きだし信じてると思ってた」
「作り物だから面白いのよ。現実に起きるのは嫌」
そういえばリビングゾンビシリーズの続編が今度あるらしいの、と映画の話に変わる。
幽霊は、20歳までに見なかったら一生見ない……ということは人魚を見た私はこれから幽霊が見える様になるんだろうか。
そんなのはゴメンだ。
嫌だ。
笑うユラリを思い出す。
足は無かったけど尻尾はあったし、きっと大丈夫だよね。
朝に会ったし、多分幽霊って夜に居るものだし。
恐怖よりもユラリに会いたい気持ちが強い。
◇
部活を終えて家に向かって自転車を走らせる。
朝練を休んだことは思ったより怒られなかった。
自転車のライトを付けなくても空が明るくて夏を感じる。
自転車を道の途中で停めて岬に立ち寄る。
ユラリは居ない様だ。
『なんか浜辺に出るって噂はあるらしいねー』
昼間の会話を思い出して背筋に寒気が走る。
まだ夜になってないからセーフのはず。
でも誰も居ない暗い海なんて長居はしたくない。
少し色が違うだけなのに、朝や昼と違って飲み込まれそうな凄みがある。
ユラリが居ないなら用はないし、早く帰ろう。
「ただいまー」
部屋に荷物を置きお風呂場に行く。
汗くさくなった練習着を洗濯かごに放り込みそのまま裸になってお風呂に入る。
暑いしシャワーでいいや。
早く入らないとお姉ちゃんが入るし。
無駄に長く入るんだよね。
お風呂から出たあと、裸のままで部屋に戻って下着だけ身につける。
暑い、服を着る気にならない。
そのままベッドに寝転がり、スマホを持つ。
(に、んぎょ…検索っと)
一番に出てきたwikipediaの文章を流し読みする。
人魚、マーメイド、セイレーン、ローレライ、メロウ。
いろんな呼び方があるらしい。
歌で誘き寄せて海に人を引きずり込んでしまう妖精と書いてある。
『ももかさんも一緒に泳ぎませんか?』
気持ち良さそうに泳ぎながら言ったユラリを思い出す。
いや、でも引きずり込まれるのは男の人らしいし。
多分大丈夫。
人魚を描いた絵もたくさんあるようだ。
ユラリに似ている絵は無いか探してみる。
これは雰囲気が似てるかも。
普段は見ない油絵を眺めると、絵がうまいなあと小学生のような感想が浮かぶ。
ユラリを写真に納めたら絵になるだろう。
明日スマホで撮ってもいいか聞いてみよう。
楽しみ。
明日は朝練もないし、ゆっくり話ができる。
(人魚姫は泡になって消えてしまいました、か)
人魚姫の話を読んでみる。
この話は読み手によってハッピーエンドかバッドエンドか解釈が変わる、メリーバッドエンドと言うらしい。
(私には、バッドエンドにしか見えないけどなあ)
小さい頃に絵本で読んだ気がする。
その時にどう思ったかは思い出せない。
(誰も悪くないから、余計に後味が悪いや)
命の恩人を好きになって結婚した王子も、砂浜に倒れていた王子を見つけて人を呼び助けた修道院の女の人も、溺れた王子を助けて恋の為に声と足を引き換えにした人魚姫も、誰も悪くない。
(ユラリさんはこの話を知ってるかな)