第四十八話 髪かざり②
「ユラリさんの髪はサラサラですね」
髪飾りを付けた後も、なんとなく手放すのが惜しくて髪を撫でる。
サラサラといったけど、サラサラよりもなめらかだ。
触ると水に手を入れたみたいに冷たいのに、手を見ても濡れたりはしていない。
タプタプ、キラキラ、スルスル、擬音語は色々ある。
きれいな響きの擬音語は、大体当てはまりそう。
「ありがとうございます」
髪を手櫛でとく。
随分と長い間触っている気がするが、制止されない。
鱗は長い間触れなかった。
こんなに長いと、端の方を触っても、ユラリには感触が伝わらないのかもしれない。
「シャンプーとか、するんですか?」
私の髪は、海水に浸かったらシャンプーをして、リンスをつけて、それからドライヤーもしないと元に戻らない。
お姉ちゃんはもっと気を使っている。
トリートメントだっけ、お風呂の中用、寝る前用、朝用とたくさんの種類を持っている。
お姉ちゃんは使わなくなった奴をたまにくれる。
裏の使用方法を覚えるのが面倒で、私は全部お風呂のなかでリンスと同じ様にして使っている。
「シャンプーはしませんね」
海の中だとシャンプーを泡立てたりできないものな。
そう言えば前にお風呂にも入らないと言っていた気がする。
手入れしなくてもこんなにきれいな髪になるんだ。
人魚ってすごい。
「なんだかいい匂いがする気がします」
ユラリに見えないのをいいことに、長い髪の毛を鼻に近づけて匂いを嗅ぐ。
シャンプーや、もちろん香水なんかも使っていないだろうから、このいい匂いはユラリの物なのだろう。
甘い匂いがする。
砂糖に匂いがあったら、こんな匂いがしそう。
「それは少し恥ずかしいです」
普段と同じ口調で、ユラリが言った。
少し俯き加減になってるが、恥ずかしがってる風に見えない。
「人魚も恥ずかしいって思うんですか?」
意外に思ってユラリに聞く。
尻尾はそのままだし、胸を隠してしまっている以外は、ほとんど裸なのに。
「思いますよ」
「すごい恰好をしてるのに」
「服ですか?人魚は皆こんな感じなので」
「そういうものですか」
ほとんど裸のユラリが髪の匂いを指摘されただけで恥ずかしがっている。
変なの。
なんだか面白くなって笑えて来た。
「あはは」
「ももかさん、急にどうしたんですか」
「なんだかおかしくなっちゃって」
「ももかさんのツボが分かりません」
「実はよく言われます」
ひとしきり笑ったら落ち着いた。
「どうしたらユラリさんみたいな髪になるんでしょう」
ユラリの髪をいじりながら言う。
どれだけ触っても飽きない。
私は人間だから無理かな。
私より気合を入れてケアをしているお姉ちゃんの髪もきれいだとは思うけど、ここまでではない。
きっと天女の羽衣もこんな感触なんだろう。
「ももかさんの髪もきれいだと思いますよ」
「ありがとうございます」
お世辞でもユラリに褒められるとうれしい。
実際の私の髪は、美容院に行くのも三、四ヶ月に一回だし、取り立ててきれいではない。
「伸ばしてみようかな」
私は今、肩にかかるくらいのミディアムの髪だ。
これくらいだと結べるし、痛んだ髪を伸ばすこともないから中学校からずっとこの髪型だった。
伸ばすといっても、ユラリ位は無理だろうけど。
ユラリの髪は長い。
多分、私が同じくらい伸ばしたら、立った時にお尻のあたりまで髪がくるだろう。
どれだけ泳いだり風にそよいでも絡まらない人魚の髪ならともかく、普通の人間の髪だとこれだけ伸ばしたら邪魔になる。
この長さの髪をポニーテールにしたら凶器になりそうだ。
少し動くだけで髪は跳ねるだろう。
「ももかさんはどんな髪型でも似合うと思いますよ」
「ユラリさんの方が似合うと思います」
顔も小さいし、思い切ってショートカットなんかにしても似合いそう。
ユラリが髪を切ったら、その髪の束が欲しいな。
寝る前に触ってたら安眠できそう。
「髪型を変えるって発想はなかったですね」
「ずっとこの髪型なんですか?」
「多分、生まれたときから」
ユラリが生まれたのはいつなんだろう。
100年前に海から出てきてたなら、それよりは前に生まれてるのは確かだ。
「赤ちゃんの時からこれだと、周りの人が驚きそうです」
生まれたときから髪の毛がふさふさだと、大変そう。
身長よりも髪の毛が長くなる。
「あ、人魚は最初から大人、というか、この姿なんですよ」
「そうなんですか?」
「人間との混血だと違うんですけど、海で生まれる人魚はみんな最初から決まった姿ですね」
知らなかった。
ユラリは生まれたときからユラリなのか。
人魚は老いたりしないと言っていたし、全員同じくらいの年齢の見た目なのかな。
「じゃあ、子供もお年寄りも居ないってことですか?」
「少ないですけど、いますよ」
ユラリが言うには、人魚たちは最初から、その人魚にとっての完璧な姿で生まれるらしい。
その人魚にとって、小さな子供の姿や、威厳ある老人の姿が完璧なら、その姿で生まれるのだという。
魔法で服を変えるように、容姿を変えることも出来るが、皆、自分の姿に疑問を持つことがないため、変える人魚はほとんどいないらしい。
「百年以上この姿のままって、すごいですね」
描いたらその後変化しない絵画のようだ。
絵の具がはげたり、キャンバスが劣化したりして、絵画もずっと最初のままとはいかないから、絵画よりもすごいかもしれない。
「人間の変化は目まぐるしいです」
「人魚に比べたら、そうですね」
「ももかさんも、もっと大きくなったりするんでしょうか」
「私はこのままの身長で止まったら、少し困ります」
「今のままでも可愛らしいのに」
「身長が小さいのは、色々と不利なんです」
私は未だに140㎝代だ。
まだ高1だから、もう少しは伸びるはず。
伸びてもらわないと困る。
お姉ちゃんは150㎝代だし、大丈夫のはず。
20歳まで身長は伸びるらしいし後4年はある。
ユラリが人間だったらどれくらいの身長だろう。
いつも腰掛けていて立ち上がらないから気にしたことはなかったけど、頭のてっぺんから尻尾の先までの長さは、結構ある気がする。
両手を広げてユラリの体の長さを測ってみる。
「あの、ももかさん何をしているんですか?」
いきなり腕をユラリの体に密着させ始めた私に驚いて、うろたえながらユラリが言った。
「ユラリさんは、どれくらい身長?体長?があるのかな、と思って」
「いいですけど、いきなり無言でやり始めないでくださいよ。怖いです」
「すみません」
ユラリが座っていることもあって上手く測れない。
体を伸ばして頂きたい。
「ユラリさん、ちょっと寝そべってください」
「身長、そんなに知りたいですか?」
「一回気になると気にせずにはいられないんです」
「海に浮かぶのじゃ駄目ですか?」
「浮かぶのだと動いちゃって正確に測れませんし」
「そうですか」
ユラリは諦めたように言って、岬の濃い灰色の平らな岩に体を横たえた。
髪の毛が岩に散らばって、太陽の光が反射している。
海の中では縦横上下、自由自在に動けるユラリも、陸の上だと形無しだ。
岩の上では這う以外で移動できないから、この岩に横たわるまでに結構な時間がかかった。
なんだっけ、今の状況にピッタリなことわざがあった気がする。
「まな板の上の鯉」
「怒りますよ」
「あ、すみません!」
思ったことがついポロッと口から出てしまった。
慌てて謝る。
「もう、岩が硬くて背中が痛いです。早く済ませてください」
ユラリは口を尖らせながら言った。
「分かりました」
そう言って横たわったユラリの横で腕を広げた。
人が両手を広げた長さは、およそその人の身長と同じらしい。
だからまあ私が広げた長さはおおよそ150cmだ。
けして見栄を張って150cmとしたわけではなく、その方が分かりやすいと思ったのだ。
「うーん、やっぱり!2mはあります」
私が両手を広げた長さに、私の片手の長さを足したくらい。
こうしてみると、尾びれが大きい。
横幅は70cm、縦は30cmある。
「満足しましたか?」
感動する私を呆れた様に見ながら、ユラリが言った。
「はい!ありがとうございました」
「もう動きますよ」
ユラリはそう言って起き上がり、元の岬のへりへと行った。
私はその移動を手伝った。
今度メジャーを持ってきて、ユラリの体のサイズを測らせてもらおうかな。
スリーサイズとか。
芸能人も裸足で逃げ出す様な結果が出そう。
自分のスリーサイズも測ったことがないのに、想像する。




