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第四十四話 ばいばい①

 絵本を読み終わった後、ゆうちゃんは眠ってしまった。

 話しかけても、シナモンもクレヨンも動かなくなったから、最初はすごく焦った。

 必死に声をかけると、クレヨンでおやすみなさいと文字が書かれた。

 幽霊も眠るのかと驚いた。


 ゆうちゃんが眠った後、私は浜辺に来ていた。


 みかこさんの様子を見に来たのだ。

 今度は水着じゃなくて下着を身に着けて、自転車を漕ぐ。


 今は午後八時くらい。

 夏だからまだ明るい。


「多分、ユラリは居ないだろうな」


 学校帰りに砂浜を訪れたとき、ユラリは居なかった。

 誰も居ない道を自転車で走る。

 この時間は涼しい。

 蝉の声もしないし、車もたまに通るだけ。

 朝の次に静かな時間だ。


「到着!」


 誰も居ない砂浜にたどり着いた。

 釣り人も居ない。

 昼間はたまに泳ぎに来る人もいるけど、今日は皆もう帰ったみたい。


 堤防に自転車を停めて浜辺に降りた。


「みかこさんと話したのは、この辺りかな」


 朝、みかこさんが居たその場所からは、そこにポンプでも埋まってるみたいに、水が湧き出ていた。

 その周辺を探してみるけど、砂浜に穴は見つからない。

 波打ち際だったし、海が何度も舐めたせいで穴も塞がってしまったのだろう。


「どうしよう」


 ユラリとはいつも同じ場所で会えるから、みかこさんが移動してる可能性を考えていなかった。

 約束もしてないし、すんなり会える方がおかしいか。

 幽霊のみかこさんは私には見えない。

 辺りを見渡してみても、誰も居ない。

 砂浜には私の足跡があるだけだ。


 砂浜を探してみることにした。


「穴を探す?みかこさんには私の声が聞こえるはずだから、呼びながら探すか」


 地面から水が噴き出てくる事が、みかこさんが泣いている証明なら、穴が見つからないということは、みかこさんはもう泣き止んでいるということだ。


 それは喜ばしいことだ。

 涙の穴があったらみかこさんを見つけられるけど、涙の穴があったらみかこさんはまだ泣いていて。

 できれば涙の穴は見つからないで欲しいな、と思いながら私は砂浜を歩いた。


「みかこさん、みかこさん!居ますか?居たら、えっと、私の腕を引っ張ってください!」


 居たら返事をしてください、は意味がない。

 私にはみかこさんの声も聞こえないんだから。

 

 海で足を掴まれる感触があったし、もう暗くなりかけているし、人間の腕を掴むことはできるだろう。


「みかこさーん!朝にあなたとお話しした、ももかです!」


 両手を口に当てメガホン替わりにしながら呼び掛ける。


 砂浜の真ん中に来た頃、急に腕を誰かに掴まれた。

 

「ひいっ」


 力強く腕を掴まれ、突然のことに体のバランスを崩した私は顔から砂に突っ込んで転んだ。


「いたた……」


 砂が柔らかくて助かった。

 アスファルトの地面で同じコケ方をしたら鼻血が出ていただろう。

 口の中に入った砂をティッシュに吐き出し、顔と体の砂を払う。


 目の前の砂浜に『大丈夫?』と文字が書かれていた。

 木の棒が宙に浮いている。


「みかこさん?」


『はい』


 尋ねると、砂浜にまた文字が書かれた。

 良かった、会えた。


「みかこさんの様子が気になって、来ちゃいました」


 みかこさんはまた木の棒で何かを書こうとしている。

 それを止めて、こういった。


「座ってお話しませんか?」


 ◇


 砂浜で唯一街灯がある場所には、錆びついたベンチがあった。

 ハンカチで軽く椅子を拭いた後、ベンチに腰掛ける。


「初めましてって、二回目ですね。ももかです」


──初めまして


 メモ帳にさらさらと文字が書かれた。


──会ったことある?


「いえ、全然。一度もお会いしたことないです」


──じゃあ、何をしに海まで?


 疑問に思うのは当たり前だ。

 ゆうちゃんのこと、話した方がいいのかな。

 おばけに会って、それがあなたの娘さんだったんですって、今言うべきだろうか。

 

「人魚に会いに来てて、それで海にみかこさんが居ることが分かったんです」


 嘘は言っていない。


──人魚?


「朝、私の他に髪が長い人がいたじゃないですか。その人が人魚です。ユラリって名前らしいです」


──幽霊が見える変わった人だと思ってたわ


「普段は海の底にいるらしくて、朝だけ浜辺に来るんです」


 家族や友達にはユラリのことを話していないけど、幽霊のみかこさんにならいいだろう。

 ユラリの話をするのは初めてだな。


──海はもう嫌


 メモ帳に、少し震えた文字で書かれた。

 みかこさんにとっては死んだ原因になった場所だ。

 海に恐怖を感じるのは当たり前だろう。

 配慮が足らなかった。


「すみません、えっと、じゃあ移動しましょうか」


 私の部屋にはゆうちゃんがいる。

 みかこさんを連れていこうか少し考える。

 みかこさんが座っているベンチは少し濡れている。

 隣に座っている私まで水は来ない。

 朝は井戸でも掘ったんじゃないかってくらい水が湧き出ていたから、その時よりは落ち着いているんだろう。


(大丈夫か)


 私はゆうちゃんのところへみかこさんを連れていくことにした。


「私の家に行きましょう」


──ありがとう


 みかこさんは、日中も海から離れようとはしたそうだ。

 しかし浜辺から出るたびに、海から波が襲ってきて離れられなかったらしい。


 浜辺にきた人に砂に文字を書いたり、小石を投げたりしてアピールをしたが、気づいてもらえなかったと言った。


「いるって思って探さないと、見えない人を見つけるのは難しいですもんね」


 昼間にゆうちゃんと一緒に堂々とコンビニに入ったことを思い出した。

 シナモンのコインケースはひとりでに宙に浮かび、明らかに異常な光景だったが、店員も、すれ違った客も、誰も気に留めていなかった。


「着きました」


 家にたどり着き、自転車から降りた。


 家の隣に自転車を停め、みかこさんに向き合う。

 部屋にゆうちゃんが居ることを伝えなければならない。 


「みかこさん、私の部屋に、娘さんのゆうちゃんの幽霊が居ます。みかこさんを探しに行ったのは、ゆうちゃんに会わせたかったからです」


 浮いていたメモ帳とボールペンが落ちた。

 砂浜で見た様に、メモ帳とボールペンが落ちた場所から水が溢れだした。


 みかこさんが泣いてるんだな、と分かる。

 ポツポツと雨が降り出した。

 ほっぺたに雨粒が落ちてきて鬱陶しい。


 雨は段々強くなってきて、みかこさんが出してる水と混ざり始めた。


──ううっ、うっ


 あれ?泣いてる声が聞こえる。

 

「みかこさん」


──……はい


 やっぱりみかこさんの声だ!

 今まで全く聞こえなかったみかこさんの声が聞こえるようになってる!


──おかあさん!


 今度は甲高い子供の声がした。


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