第四十三話 おもちゃ④
「牛乳プリンか、おいしいよね」
苦いカラメルが苦手だった本当に小さい頃は、私も普通のプリンよりも牛乳プリンの方が好きだった気がする。
今は大体桃のゼリーに手が伸びるけど。
あれ、今も甘いから好きってことは、あの頃と味覚が変わってないのかな。
いやいや、しし唐も食べられるようになったし。
ピーマンなんかはむしろ好きな部類だし。
レジのカウンターにかごを置いた。
中身はゼリーとプリンが一つずつだけだったから、かごはいらなかったかもしれない。
「スプーンお付けしますかー」
「はい」
プラスチックのスプーンがレジ袋に入れられる。
会計を済ませた後、私とゆうちゃんは家に向かった。
◇
「ただいまー」
本日二度目の帰宅の挨拶だ。
「おかえりー」
朝と違って、リビングから返事が返ってきた。
お姉ちゃんがいるみたい。
手を洗った後自分の部屋に向かう
シナモンのコインケースは、ふよふよと後を着いてくる。
宙に浮かぶシナモン。
種も仕掛けも全くない。
(流石に、これを見たらお姉ちゃんも驚くだろうな)
お姉ちゃんから幽霊が見えるなんて話を聞いたことがないし、私が見てるのと同じ、何の支えも無しに浮いているコインケースが見えるだけだろう。
部屋に入って、ローテーブルにプリンとゼリーを並べた。
コンビニの袋からスプーンを取り出して、ゼリーの蓋を開ける。
「おいしそう!いただきます」
手を合わせて食べようとしたとき、ツンツン、と袋に入ったままのスプーンに腕をつつかれた。
「ゆうちゃん?」
ゆうちゃんの方を見ると、牛乳プリンの蓋が閉じたままだった。
「開けられないのか、ごめんね気づかなくて」
私もペットボトルの蓋が開けられなくて、お姉ちゃんに怒られてたな、と思い出しながらプリンの蓋を開けた。
ビニールに包まれているスプーンも受け取って、開いてから渡した。
裸のプラスチックのスプーンが空中に浮いている。
今度は食べられるかな?
幽霊ってどうやってごはんを食べるんだろう。
家にある仏壇は、お母さんが玉に個包装のお饅頭や大福をお供えするくらいだ。
それだって、時間が経ったら家族の誰かが食べている。
法事の時は小さなお茶碗に白いご飯がよそわれて、中央に割りばしを突き刺してた。
ごはんにお箸を刺すのは、平安時代の食事作法の名残らしい。
その頃は、上流階級だけが箸を刺せる様な硬いご飯を食べていて、庶民はおかゆを食べていた。
お茶碗に盛ったご飯に箸を刺すのは、箸が刺せる硬い、今の時代では普通のご飯であることの証明だった。
それがお供えの作法として残って、仏壇に供える白ご飯には箸が刺されるようになったらしい。
(プリンにスプーンを刺した方がいいのかな?)
ゆうちゃんに何のサインも出されてないし、余計なことはしないでおこう。
困ったら仕草で知らせてくれるはずだ。
桃ゼリーをつつきながらゆうちゃんの様子を見守る。
宙に浮いたプラスチックスプーンが、プリンと少し上の空間を往復する。
スプーンには何も乗っていないように見える。
「ゆうちゃん、おいしい?」
尋ねると、何もついていないきれいなスプーンが揺れた。
食べることはできているようだ。
ゆうちゃんが食べているプリンのカップを覗いてみる。
中身は減っていない。
減っていないけど、だんだんと黒ずんでいるように見える。
灰かな?
燃やした後のようだ。
『お供え物が早くダメになるのは、幽霊が味わっているからですよ』
ユラリの言葉を思い出す。
これが幽霊が食べるということなのだろう。
口で噛んで、お腹で消化して、最終的にうんちとして出す生き物に比べたら、とてもきれいだ。
「おいしいね」
パクパクと桃ゼリーを食べながら言う。
何を食べても、全部似たようなうんちになって出てくるのは不思議だよな。
甘いものばかり食べてると、調子が悪くなるし、何でもいいってわけじゃないんだろうけど。
幽霊は栄養のバランスなんて考えなくていいだろうから、うらやましい。
おやつを食べた後は、絵本を読んだ。
本棚からすうっと絵本が抜き出されて、ローテーブルに置かれた。
『ぐりとぐら』だ。
本棚に置いていたけれど、こんな本があったなんて忘れていた。
胡坐をかいて、ローテーブルの上の絵本を広げた。
シナモンが近づいてくる。
読んでってことかな?
一人で部屋で音読をするのは恥ずかしい。
ためらっていると、ゆうちゃんが膝の上に乗ってきた。
重さも感触もないけど、シナモンの位置で、今ゆうちゃんが膝の上にいるのはわかる。
牛乳プリンの甘い匂いがした。
(かわいい!)
私はゆうちゃんのために、たとえとなりの部屋にお姉ちゃんがいて声を聞かれていようとも、この絵本を読むことにした。




