第三十七話 ゆうちゃん⑧
「あった」
普段使いのかばんにいつも入れているメモ帳とボールペンを取り出して、また走って砂浜に戻った。
堤防のコンクリートの道路の上に、私から落ちた水滴が落ちて、濃いシミになる。
シミはすぐ乾いて、他の場所と同じ色になるだろう。
今日は結構暑い。
海から上がったばかりなのに、髪の毛がもう半乾きになっている。
「お待たせしました」
ユラリとゆうちゃんのお母さんが待つ波打ち際に戻った。
持ってきたボールペンとメモ帳を、座ったユラリの前、ゆうちゃんのお母さんが居そうな方へ差し出す。
「私、幽霊の声が聞こえないんです。すみません、文字を書いてもらってもいいですか?」
私が聞こえないばっかりに、面倒な事をさせてしまってごめんなさい。
「いいですよ、だそうです」
ユラリが答えてくれた。
ボールペンとメモ帳が宙に浮いた。
サラサラとペンが走る。
『初めまして、みかこと言います』
メモ帳に書かれた文字は、柔らかい女の人の字だった。
みかこ、新聞で見た名前だ。
『私は今、幽霊なんですね』
「えっと、今は20◯◯年で、事故から二年以上経ってます」
ペンとメモ帳が落下した。
海に落ちる前に、ユラリがキャッチしてくれた。
「大丈夫ですか!?」
みかこさんと、ユラリを交互に見た。
みかこさんが立っているだろう波打ち際の砂から水が溢れ出した。
何もない所から水が溢れてくるなんて、なっちゃんと見た映画みたいだ。
分かりやすい超常現象。
見慣れた場所で、明るいしユラリも居るからそんなに怖くはない。
「みかこさん、泣いてます。混乱してるみたいです」
ユラリが言った。
「どうしましょう」
オロオロしながらユラリに言った。
目の前で泣かれると、困ってしまう。
事故の事を思うと、無関係の私も胸が苦しくなる。
当事者なら尚更だろう。
なんて声をかけたらいいか分からない。
「少し落ち着いてから、ゆうちゃんの事を話しましょうか」
「分かりました」
みかこさんの涙が枯れるまで待とう。
幽霊なら水分補給はいらないし、枯れないかもしれないけれど、泣かないよりはいいはずだ。
涙は色んな物を洗い流してくれる。
幸い砂から沸きだす水の様子で、私にもいつみかこさんの涙が止まったかは分かる。
波打ち際に、ユラリと同じように私も座った。
砂から沸きだしているこの水も、海と同じようにしょっぱいんだろうか。
海より甘い、涙の味がしそうだな。




