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第三十三話 ゆうちゃん④

 ユラリの笑顔を見ていると、なんだか仕返しなんてどうでもいい気がしてくる。

 ハロー効果だっけ。

 見た目で受ける印象が変わる現象。

 ただしユラリに限る現象だな。


 ユラリはまた仰向けに泳ぎ始めた。

 海面から顔と胸だけが出ている。

 水が谷間を流れてる。

 胸の形は水では変わらない。

 白くて固い石で出来た彫刻みたいだ。


「ももかさん、もうすぐ軽自動車があった場所に着きます」


 泳ぎながらユラリが言った。


「分かりました」


「悪霊的な物になっていたら、危ないのですぐに逃げてください」


 ユラリの声が少し真剣味を帯びている。

 幽霊に海の中に引きずり込まれる怪談は、定番だ。


 足を引っ張られたりしたら、浮き輪を装備しただけの私は、抵抗も出来ずに沈んでしまうだろう。


「ゆうちゃんのお母さんが、悪霊になっちゃってるとは、考えたくないですね」


 姿は見えないけれど、ゆうちゃんは可愛くて明るい子だ。

 その子のお母さんが悪霊になってしまうなんて、想像できない。

 

 それに、お母さんが悪霊になってしまってたら、ゆうちゃんと会わせる事はできない。


「こればっかりは、運と生まれもった物で決まるので。お母さんが原因で死んでしまったなら、後悔も大きいでしょうし」


「そうなんですか……」


 ゆうちゃんは、何も知らずにただ死んでしまっただけだ。

 ゆうちゃんのお母さんは、二人が死んだ原因が自分だと、分かってる。


 どちらが辛いかといったら、多分お母さんの方だろう。


「ももかさんが気に病むことはないですよ」


 この言葉を言われるのは二回目だ。


「はい、ありがとうございます」


 これは私の我がままだ。

 ゆうちゃんも、ゆうちゃんのお母さんも見えないけれど、ただ、ゆうちゃんがもっと笑ってくれたら嬉しい、それだけ。


 お母さんがどうなっていたとしても、ゆうちゃんはちゃんと成仏出来るし、ゆうちゃんのお母さんも、時間が経てば成仏出来る。


 その前に首を突っ込んで、二人を会わせたいっていう我がまま。

 上手くいかないことを気に病むのは、図々しい。

 ただの他人なんだから。


「この辺りだと思います」


 ユラリはそう言って泳ぐのを止めた。

 立ち泳ぎになって、辺りを見渡している。


「あれですかね」


 海面からでも見えた。

 辛うじて黄色と分かる軽自動車が、斜めに傾いて沈んでいる。


「あれですね」


 ユラリと二人で顔を見合わせた。

 おそらく二年以上海中にあるだろう軽自動車は、びっしりと藻で覆われている。

 巣にしているのか、小さな魚の群れが車の周りを泳いでいた。


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