第三話 出会い③
エラはゆっくりと開閉している。
中に見える肉のひだは赤く、血が通っていることが分かる。
「すごい……」
「信じて頂けましたか?」
「……人魚って居たんですね」
「ふふ、驚いてますね」
腕を下ろし、ユラリが愉快そうに笑う。
顔を近づけ気づいたが、上半身も人間の肌と違い、少し湿って艶を帯びている。
本当に、本物の人魚らしい。
「この、エラも触ってみてもいいですか?」
「ここもですか。うーん、少しだけなら」
「ありがとうございます」
エラに恐る恐る手を伸ばす。
開いた瞬間を見計らい指を突っ込んでみるとギャッ!?とユラリが間抜けな声を上げる。
「ちょっと、もうダメです!」
ドン、と体を押し退けられてしまう。
一瞬触れたエラの中は、生きた魚と同じ、冷たい様な温かい様な不思議な感覚だった。
「本当にエラがある……」
「ありますよ、人魚なんですから。エラはデリケートなんです。いきなり指を入れるなんて非常識です」
「すみません」
存在自体が非常識な人魚に常識を諭されてしまった。
ユラリは怒ってしまったらしい。
尻尾がさっきよりも激しく跳ねる。
確かに体内にいきなり指を入れるなんて非常識だ。
私だって口に手を突っ込まれたら怒る。
調子に乗ってしまった。
「初対面でこんなに触ってきたのはあなたが初めてですよ」
ユラリは呆れた様に呟く。
遠くを見るような目になったのは、私より前に会った人間を思い出しているからだろうか。
「ユラリさんは人間に会った事があるんですか?」
こんなに綺麗な女の人にいるなんて、噂がすぐに広まりそうだけどな。
芸能人を直接見たことは無いが、テレビに映る女優よりも綺麗な顔をしてると思う。
人が少ない田舎で、ご近所さんは皆顔見知りだ。
今まで生きてきて人魚を見たなんて話を聞いたことがない。
騒ぎになってもおかしくないのに。
「すごく…昔ですけどね。最近は見える人も減りましたし」
「その人ってこの辺りに住んでますか?私の知り合いかも」
「多分、知らないと思います。100年くらいは前の事なので」
「そうですか……」
さらりと言ったユラリに相づちを打つ。
100年前がピンと来ない。
1900年頃?明治だっけ?大正だっけ?お爺ちゃんもお婆ちゃんも生まれる前だ。
二人は昭和生まれって言ってたはず。
あれ、ということはユラリさんはお爺ちゃんよりも歳上って事なのかな。
「人間とは時間の流れ方と言うか、感覚が違うんですよね」
人魚は永遠に生きるのだろうか。
人魚の肉を食べて不死になった人間の伝説を思い出す。
「長い間生きられるって羨ましいです」
「人間さんには退屈だと思いますよ?」
微笑みながら言うユラリの顔を見る。
この人魚をずっと眺めていたら退屈しなさそう。
「人魚って、やっぱり海の底に住んでるんですか?」
「はい、皆海に居ます」
陸に上がって歌を歌うのはユラリの趣味らしい。
海底に住む人魚は陸に上がると水中との温度の違いに疲れてしまうそうだ。