第十話 人魚姫⑥
人魚姫が人間になるときに、声を要求された。
人間が人魚になるときは何が必要なんだろう。
人魚の声は価値がありそうだけど、何か魔女が欲しがる物を自分は持っているかな。
「人魚に、もしなるとしたら人間は何を要求されるんでしょう」
「魔女によると思います。それに普通の魔女なら引き受けないでしょう」
「そうなんですか?」
「人魚が人間になることも、人間が人魚になることも、すごく無茶なんですよ」
人魚姫は人間の足を手に入れたが、それは歩く度にナイフで抉るような痛みが走る不完全なものだった。
すごく難しい手術みたいなものかなあと考える。
「難しい手術、そうかもしれません。それが出来る魔女は少ないと思います」
人魚が人間になるのは、潮の流れに逆らって泳ぐようなものなのだと言う。
「自然のままに、流れに身を任せてたら早く泳げますよね」
「追い風に乗って走る様なもの?」
「はい。逆に流れに逆らうと、頑張って泳いでも中々進みません。それと同じように…人間はよく運命と言いますが、そういう物に逆らうと抵抗が出来るんです」
運命、抵抗?話すユラリの顔を見る。
人魚姫が人魚としての運命に抗った結果、運命も人魚姫に抗う様になったとユラリは言う。
足は激痛を伝える不完全なものになったのはそのためらしい。
「ももかさん、人魚姫が人間になる条件はなんでしたか?」
「恋をした王子と結ばれる事、でした」
「それは人間、自分以外の他者が人魚姫を愛し、人間の人魚姫と結ばれたら、運命が人魚姫に抗うのを止めるからです」
人魚姫一人の運命だと、人間になることは不自然で異物となり、運命は人魚姫に抵抗し続ける。
だが人魚姫を人間だと思い、人間の人魚姫と結ばれる存在が出来ることで、新しい運命が作られるのだと言う。
「人魚姫の意志と、王子の愛があれば新しい運命を作る事ができました」
「ロマンチックですね」
「はい。愛で運命が変わる、なんてに本当にロマンチックです」
愛や運命なんて何かの台詞みたいですね、とユラリが笑う。
でも運命は変わらず人魚姫は泡になった。
現実は厳しい様だ。
これは童話なのに。
ふと、頭にある考えが浮かぶ。
「人魚姫が王子を殺すチャンスがあったのは、死ぬはずだった王子への障害?」
もし人魚姫が王子を殺していたら、人魚姫が王子を助ける前の状態に戻る。
人魚姫は人魚で、王子は死んで、修道院の女性は他の人と結婚するだろう。
「人魚姫はそうしませんでした。王子が幸せに暮らすことが出来たのは、妃になった人の愛と、王子に生きていてほしいと願った人魚姫の意志だと思います」




