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石田三成シリーズ(歴史短編)

「愛」をかかげる男

作者: 檸檬 絵郎

石田三成シリーズ第三弾。

今回は趣向を変えて、三成さんの独白という形で。

豊臣政権による天下統一後のお話です。


私の作品にしては改行・空行が少ないほう。読みにくかったら縦書き表示でどうぞ。




 石田いしだ治部少輔じぶしょうゆう三成みつなりが語る。――





 ***


 直江(なおえ)山城守(やましろのかみ)兼続かねつぐは食えぬ男だ。俺は太閤たいこう殿下でんかより豊臣・上杉(うえすぎ)間の取り次ぎの任を負っているため、上杉家執政(しっせい)のこの男とはしぜん交流を持たねばならぬ。この男は越後(えちご)の竜と呼ばれた関東管領(かんとうかんれい)上杉謙信(けんしん)の存命中よりその養子景勝(かげかつ)に仕え、謙信死後はあるじとともに上杉の本城春日山城(かすがやまじょう)へ入り、もうひとりの跡目候補であった謙信の養子景虎(かげとら)との争いへ臨んだ。こののち次第に家中かちゅうにおいて重用されるようになり、ついには筆頭家老の地位にまでのぼりつめたということだが、この越後守(えちごのかみ)上杉景勝の懐刀(ふところがたな)ともいうべき直江山城守は、合戦時に着用する(かぶと)前立(まえだて)に「愛」という一文字をかかげていた。


 「愛」とはなにか。愛とは愛染あいぜん、すなわち欲望への執着のことだ。とりわけ男女間の愛欲をしめす。日本ひのもと御仏みほとけの国であるからこれを煩悩のひとつとしてみきらうが、天下の衆生しゅじょうにこれを持たぬものはなく、他の煩悩にくらべ断ちきることが困難だ。それもそのはず、愛とはなくてはならぬもの、これをなくして人の世が存続してゆける理屈などあるわけがない。執着というと聞こえは悪いが、なければ人は大地を手離し早々に世から滅し去る。俺は法華経ほけきょうゆえ極楽を信じておらぬ、ゆえに万民がこのあめしたで豊かなる時を享受すべきだとかたく信じている。

 煩悩とされる「愛染」をさとりへと変える存在がある。すなわち愛染明王あいぜんみょうおうだ。怒りの形相ぎょうそうをあらわし軍神としてもあがめられるこの明王は、その名のとおり人を欲望への執着から救い、悟りへとみちびく。それもこのおそるべき煩悩を排せんとするのでなく、これに寄りい悟りへ変えてしまうという、理に適ったやり方で衆生を救う明王なのだ。


 あるいは山城守はおのれを愛染明王になぞらえ、天下万民の和平を望む熱き心の持ち主なのではあるまいかと俺は想像した。しかしながらこの男、なかなか人当たりの悪いところもあり、才気走った皮肉屋のように思えることもあるのだ。殿下にたいしてもその豪胆な態度は変わらなかったが、もとより殿下はこのような人物を好まれる。思えば山城守の人を見定めるような冷たい光を宿す両の眼は、この男が殿下と同様の気質を有するゆえかもしれぬ。


 陸奥(むつ)の大名伊達(だて)越前守(えちぜんのかみ)政宗(まさむね)などはこの山城守の気質をこころよく思っておらず、つねづね愚痴をこぼしている。先ごろも俺をつかまえて、伏見城(ふしみじょう)の廊下ですれ違ったあの男の尊大な顔つきが気に食わぬと文句を言った。「山城どのは好かんのです。どでかい図体も相まって、ますます私を見くだしておるようで」なぜそのようなことを、わざわざ上杉と結びつきのある俺に言うのだ、古くから当家と交流のある浅野(あさの)弾正少弼(だんじょうしょうひつ)にでも話せばよかろうと言うと、越前守は血相を変えてこう返す。「直江山城はともかくも、この政宗の耳あるところで二度とその名を発するな」なるほど越前守はそうとう 、伊達と豊臣の取り次ぎ役、浅野弾正少弼が好かぬらしい。怒りをおさめた越前守は俺を怒鳴った無礼を詫びて、別れ際、こうつけたした。「治部(じぶ)どのが私のおおやけの取り次ぎでなくてうれしい。治部どの、以後も政宗めを、よろしくお頼みもうします」これはいかにとるべきか、ひとまず虚仮(こけ)にされたととらえ、俺は越前守を見送った。



 さて、こう言いながらも俺としては、直江山城守を買っている。かの明王のごとくやわらかなる心を内に秘めた男だと信じている。山城守は俺に言う、お前は人を信じるなと。「先のわからぬ浮き世において、だれが天下をかえりみる。お前のその眼は残念だから、人を信じたその先に戦禍(せんか)の闇が見えぬのだ。……現に私の頭には、天下万民への興味はない。ただ上杉とその民の栄えあらんと願うのみだ」


 「愛」とはなにかと俺は思う。もしこの俺が、かかげるのだとしたら……

 欲にまみれた人の心、裏切り絶えぬこの浮き世……みな、そうなのだ。一人の人として、そうしてしぜんに生きている。俺はやはり、この身にあまる巨大なものを背負ってしまったのかもしれないのだ。



挿絵(By みてみん)



 さて、思ったよりも人物が多く出てきたので、主な人物をまとめときます。



・上杉家 …… 上杉景勝(越後守)

       直江兼続(山城守、上杉家臣)


・石田家 …… 石田三成(治部少輔じぶしょうゆう、豊臣・上杉間の取り次ぎ)


・伊達家 …… 伊達政宗(越前守)


・浅野家 …… 浅野長吉(弾正少弼だんじょうしょうひつ、豊臣・伊達間の取り次ぎ)



 ちなみに、上杉、石田、伊達、浅野は豊臣秀吉の直接的な家来(=直臣じきしん)となるわけですが、直江兼続のみ上杉家を通した豊臣家臣(又家来)ということで、陪臣ばいしんという扱いになります。作中の伊達政宗は、この自分よりも格下の相手の大きな態度が鼻持ちならなかったのですね。

 浅野長吉は晩年に「長政」と名を改めます。彼は政宗が豊臣家に臣従を示す以前から、伊達家と豊臣家の交渉の窓口を担っていましたが、政宗の彼にたいする不満は朝鮮出兵のころから募っていくことになります。まあ、興味があれば調べてね、ってことで。


 それでは、今後とも石田三成をよろしくお願いいたします。



檸檬 絵郎

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― 新着の感想 ―
[良い点] 三成の硬質な語りで浮かんでくる人物たち。 それぞれ個性的で、三成が彼らに抱いている心情もなんだか面白かったです。 当たり前なんですけど、人間なんだなって思え、遠い歴史上の人物が身近に感じ…
[良い点] 今回はいつもとテイストが違う感じですが、おもしろかったです。檸檬さんの歴史の解釈は、本当にいいですね。西軍愛があふれていて、どんどん増える登場人物たち。 文体と内容が、噛み合って深い歴史…
[良い点] 西郷隆盛の「敬天愛人」の愛は「万民」を愛するの意味らしいので、エロスよりもアガペー寄り、上に立つ者の指導の心得みたいです。 火伏せの愛宕神社か、愛染明王か、どっちが由来なんでしょうね? 三…
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