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<病院、最強、最弱>のお題をいただきました。
3・病院(siruku)、最強、最弱(超絶暇人)
腕っ節最強と敵次第で最弱が仲良く病院送り。
はぁ。
もう帰りたい。
僕は何度目かわからないため息をついて、先生の後ろを通っていく看護師さんに苦笑いを返される。
斜め後ろに座った父さんと正面に座ったおっちゃん(担当医)の会話がなかなか終わらなくて、処置は終わっているのに帰ることができないんだ。
なぜここにいるのかって、骨折したから。咳をして肋を、ということもまああったけど、今回はそうではなくて、転んで足を。
毎度毎度、どうしたらそんなにって頻度で小さくない怪我(主に捻挫)をするから、この寂れてそうな整形外科にはとてもお世話になっている。何年も変わらない外見のおっちゃん先生は、父さんがまだ若くてこの町に引っ越してきた頃からずっといるらしい。年齢不詳。たぶん個人経営の診療所だから、誰か跡を継ぐ人がでるまではずっとこの先生なんだろうと思う。
寂れてそうだなって思うのは次の予約とか患者さんがいないから、毎回毎回、くる度に付き添いの父さんとおっちゃん先生が長話をするから。
はあ。
帰りたい。
最近の株価事情なんて、今ここで話す必要なんてないだろうに。
おっちゃん先生、なんか詳しそうなこと言ってるけど、株やってるのかな。
目線をあげると、おっちゃん先生の向こうには窓が見える。
今は陰になっていて直射日光が入らないせいか、カーテンも開いてる。
窓と網戸の間に虫がいる。どうやって入ったんだろう。あ、網戸に穴あいてる。あそこから入ったのかな。
あ、蝉の抜け殻もついてる。もう夏も終わるのに。今年は蝉とりあんましてないなー。1回目の時は坂を転げ落ちて肩を捻挫して、おっちゃん先生のお世話になって。2回目の時は溝に足がはまって、足首捻挫して、またおっちゃん先生のお世話になって。そのときも付き添いは父さんで、そんな暇してないはずなのに、なぜか僕が怪我をするときには父さん仕事休んでるんだよなー。でもって毎回おっちゃん先生と長話して。外を散歩してるときにも会うと長話が始まって。この前やっと足の捻挫が治って父さんと散歩してたタイミングでそれがあったもんだから、暇すぎてその辺歩いてたら盛大に転けて鼻の骨折ったり。そのままおっちゃん先生と診療所まで歩いたっけな。そうしてやっと骨折完治と思ったら道ばたで転んで今に至るのか。
ふあ〜あ。
何度目かのあくび。
おっちゃん先生は話に夢中なのか、気にもしない。
父さんの方も気づいてないけど、通りがかった看護師さんは気づいて、助け出してくれた。
松葉杖の扱いももう慣れたもので(といってもそんな難しいものでもないけれど)、ひょこひょこと待合室まで逃げ延びる。
ああ、早く帰りたい。
父さんとおっちゃん先生の会話は、次の患者さんが来るか日が暮れるまで、なんやかんやと続く。
ああ、暇だ。
気を利かせた看護師さんは、待合室の端にあるテレビのリモコンを渡してくれた。
ありがたい。
テレビをつけても、とくにおもしろい番組はやっていないけれど。
帰ったら何をしようかとぼんやり考えながら、眺め続ける。
名前を呼ばれて、ぼんやりと瞼をもちあげる。
松葉杖を片方、枕にしていたみたいだ。どおりで首が痛い。
部屋が橙に染まってる。もう夕方か。……寝てたのか。
テレビのなかでは見知ったアナウンサーのおじさんがニュースを読んでいた。
ああ、父さん、長話は終わったんだね。
支払いは済んだ?
帰ろう。
リモコンはテレビの前に置いて、電源を落として、松葉杖をついて診療所を出る。満面の笑みのおっちゃん先生と通りすがりの看護師さんたちが苦笑い気味に見送ってくれた。
そうして何回か通院して、足の骨折が治った頃。
僕はまたしてもすぐに怪我をする。
今度は学校の授業で、手の指を捻挫。
さてまたおっちゃん先生にお世話になるか、とあの診療所に学校の先生の付き添いでいくと、そこで父さんが待っていた。慣れたことだから、先生はすぐに学校へ戻る。そしてすぐに診察室に呼ばれる。
そこにいたのは、おっちゃん先生じゃなかった。
若そうな、ちょっと失礼かもしれないけれど、おっちゃん先生によく似た女の人だった。
手際よく処置をすませて次はいつごろ来てねとカルテを書きながら告げると、では今日は帰ってよろしい。と。父さんと長話をすることもなく。
支払いの時、受付に座ってる看護師さんにおっちゃん先生がいない理由を効くと、苦笑気味にごまかされてしまった。でもあの女の先生は、おっちゃん先生の姪っ子だと教えてくれた。
おっちゃん先生がいなくなった。
なんだかぽっかりと、こころに違和感ができた。帰りがこんなに早いなんて、なんだか変な気分。父さんも、なんだか変な感じだなーって家に向かって車を運転しながら言ってた。
捻挫が治るまでに何回か通院したけれど、毎回あの姪っ子先生で、おっちゃん先生には会えなかった。もしかして、と考えて、なんだか悲しくなったりもしたけれど。
またすぐに僕は怪我をして、診療所に行った。
そこに、おっちゃん先生がいたんだ。
診察室の机の横には杖が立てかけてあったけれど、べつに何ともないみたいに元気なおっちゃん先生だった。
またすぐに処置は終えて、前みたいに父さんとの長話にはいる。それがなんだかしっくりきて、暇だけれど、別に嫌だとは感じなかった。
今日は次の患者さんがいたみたいで、長話はそんなに長くなかった気もするけれど、家に帰るまでには日が暮れた。
どうやらおっちゃん先生、趣味のために海外に出かけていたらしい。もうだいぶ歳なはずなのに、トライアスロンの大会に出ていたんだって。しかも入賞を果たして賞金もらってきたとか。あの診療所が成り立っているのは、もしかしたら別の収入でやりくりしているおかげかもしれない、なんて思いながら、あの杖について聞くのを忘れていたことを思い出した。
「ねぇ、父さん」
「ん?」
「おっちゃん先生、足悪くしたの?」
「なんでだ?」
「机のとこに、杖があったから」
「あぁ、あれなら、ずっと前から使ってるぞ」
「そうなの?」
「なんでも、大切な贈り物らしい」
「ふーん」
なんで、足が悪くもないのに杖を使っているんだろう。
ファッション?
最強→おっちゃん先生
最弱→語り手の僕
……何とも雑なお題の回収でした。