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<足、林檎、食卓>のお題をいただきました。
「あっ」
テーブルの上にある籠から梨をとろうとしたら、手が当たって林檎が落ちた。床に落ちて、ころころコロコロ転がってく。
届くはずもないけれど、つい手を伸ばしてしまう。
部屋のドアが横に動いて、ああ出ていってしまうどうしようと思ったら、ドアを開けた張本人の足に当たって林檎は止まった。
「真っ赤に熟れた林檎さん、お出迎えありがとう。
……そんなに私に会いたかった?」
見下ろされても、林檎は「あいたかったです!」とか「そんなんじゃないしっ」とか返事をするわけもなく。のばされた白い手に掴まれても、「きゃっ」とか照れたり、「優しくして〜」とか媚び売ったりも、別にしない。顔を赤くするのは手を伸ばしたままの私の方だし。まるで彼女に向かって伸ばしてるみたいじゃないか。
「お見舞い?」
「他に何が?」
彼女は模造品の林檎をサイドテーブルに置く。
「まったく。」
ベッドの脇のイスに座って、私が膝の上に置いていた黒い紙のスケッチブックに目をやった。
そこには梨の木が描いてあります。
「写真を撮るのに夢中で河原を転げて足折るなんて、なんてアホなのアンタは」
ただいま私、足を折って入院中です。
「だ、だって鳥さんがっ」
そんなに重傷な訳ではなくて、生活能力皆無な私には治るまで世話をしてくれる相手がいないから、病室も余ってるし頼んで入院させてもらってます。
「だってじゃない。アンタは毎回そう。」
毎回って。言うほど多いでしょうか。
「帰省してくるっていうから駅で待ってたら車窓からの眺めが綺麗だったからって終点まで乗り過ごし続けて結局終電間に合わなくて隣の県まで迎えに行ったし、遊びに来るっていうから迎えに行こうと思ったら一人でいけるとか言い張っときながら雲追いかけて田圃に落ちて泥だらけで家くるし──」
毎回毎回つきあってくれる彼女はいいヒトだなと思うけれど、照れてしまうので言わないことにします。
「今回だってせっかく祝ってあげようと待ってたのに、帰ってくるの遅くて探しに行ったら河原で倒れてて、ついに通り魔にでもあったかと心配になったよ?」
その日はなんの偶然か、いや必然か、私の誕生日。食卓には私の好物が並べられていたはずでした。
しかも待ちに待った彼女の手料理!
遠くに棲んでいる彼女がどうにかこうにか予定を調整してわざわざお祝いに来てくれていて、舞い上がっていたのでしょう。空に舞い上がる鳥さんを追いかけていたカメラも、今年はたぶん当日に渡せないからと数日前に送られてきたばかりの、彼女からの前祝いでした。
「せっかく林檎パイ焼いたのに。いつまでたっても帰ってこないから冷凍しちゃったよ」
退院したら解凍してありがたくいただきます。
そのときまでおいしいか分からないけども。
「ところで、何描いてるの?」
木の下には丸いテーブルを描きかけています。
「タルトでも食べたいなーと」
楽しみにしていた彼女との夕食、残念なことにお釈迦になってしまったけれど、未練たらたらなので、せめて絵の中ではと思って、優雅なティータイムを彼女と過ごしている妄想画を描こうとしておりました。彼女の実家は梨農家なので、立派な梨の木の下で。……本当の梨農園は、収穫しやすい位置に枝が広がっているのでこんなことはできませんが。
「食いしん坊」
そんな私に、彼女はお見舞いの品を鞄から出して、テーブルの籠に追加します。
「今度は葡萄ですか。」
「パイだけじゃなくて、ワインも用意してたの」
ああ、あの日を楽しみにしてたのは私だけじゃなかったのですね。
「……ゴメンなさい。」
「何が?」
にっこりと笑いを作る彼女だけれど、わりと根に持つタイプなのも知っています。だから食いしん坊な私のお見舞いに、毎回フルーツの模造品を持ってきてくれます。まぁ、デッサンの練習にもなるから意地悪だけではないのでしょうけれど。
「ふふふふふ」
「怖い笑いですね」
「退院祝いもまたくるから」
「ありがとうございます」
「そのときこそ、一緒に食事でも」
「はい。」
「退院の日、ちゃんと教えてね?」
「はい。」
結局、それだけで彼女は帰っていきました。
どうして頻繁にお見舞いに来てくれるのかは分からないけれど、きっと心配してくれているのでしょう。退院したら交通費分の何かを請求されそうな気もして怖いけれど、彼女の手料理にありつけるその日が早くくるとうれしいです。