魔術師がきた 前編
Sideコニー
ポチがやってきてから、毎日が楽しい。
その日は暑かったので、ポチと裏山の泉まで泳ぎに行ってきた。
「我が遊泳を見よ! 優雅であろう!」
「ポチ、上手だね~」
最初泳げなかったポチも、今では得意な泳ぎは犬かきである。
泳ぎ疲れて家に帰ると、母親からおやつをもらう。
「おいしいねぇ、ポチ」
「うむ、りんごのパイが一番だが、このモモのタルトも美味である!」
キュー! と元気に尻尾をふりふり答えるポチは、口の周りを食べかすで汚している。竜の威厳台無しだが、こんなおマヌケなポチがコニーは大好きである。
少しふっくら気味のポチのお尻のあたりが、撫で心地よいのを気に入っているコニーは、ポチを膝にのせてお尻を撫でている。前みたいに太りすぎて飛べなくなっては可哀相だが、ちょっとぽっちゃりしていた方がいいなと思っているコニーであった。
そんな平和なおやつの時間に、コニーの家の様子を伺っている不審者の姿があった。
「おお、あれはまさに……」
よれよれの外套にくたびれた靴。たまに村に現れる、迷い旅人がちょうどこんな格好である。
しかしその不審者は、目をぎらぎらと輝かせて、井戸の側で並んでおやつを食べているコニーとポチを見ていた。
「しかしちょっと……いや、でもそれはまた……」
そんなことを小声でブツブツ言っている不審者は、木陰に隠れてコニーたちからは見えないようにしていた。
だが、その姿は隣の家の敷地からは丸見えであった。
「おうい」
「ブツブツブツ……」
隣の家の主人が不審者に声をかけるも、本人まったく気付かない。仕方ないので、ちょうど手に持っていたクワで尻を突いてやる。
ブスッ!
「アウゥッ!?」
不審者はその衝撃で飛び上がった。優しく突いてやったつもりだが、ちょっと痛かったのかもしれない。
「なにをする!?」
「おめー、ひとんち覗いてなぁにしてるんだ?」
抗議する不審者に、隣の家の主人は真っ当な疑問を投げかける。
「なにをっ、私は、この家の、関係者だ!」
尻をかばいながら弁解する不審者に、胡乱気な視線を向ける。
「怪しいやつはみぃんなそう言うんだぁ」
「本当だっ!」
そんな騒ぎを聞きつけて、コニーとポチがやってきた。
「どうしたのぉ?」
「むっ、泥棒か?」
のんびりと尋ねるコニーと、警戒するようにキューキュー鳴くポチに対して、不審者は胸を反らして身なりを整える。
「泥棒とは失敬な! 私は都の魔術師だ!」
だが、外套も靴もよれよれで格好がつかない。
「まじゅつしぃ? ってなに?」
コテン、とコニーが首を傾げる。
「コニー、ペテン師の類だ、相手にしちゃなんねぇぞ」
隣の家の主人が言い聞かせるように言うと、コニーはこっくり頷いた。
「わかったー。じゃあペテン師さんが来たよって、とーちゃんに知らせてくる!」
「ちがうわぁ!」
すたたっと駆けていくコニーに不審者が叫ぶも、コニーは聞いていなかった。
そんな外のやり取りが聞こえたのか。
「ペテン師だとぅ!? どこだそいつは!?」
「あらあら、大変どうしましょうか」
家の中から斧を片手に張り切っている父親と、おっとりと首を傾げる母親が現れた。
「おう、おめぇさんたちよ。こいつがお宅を覗いていたんだ」
隣の家の主人に説明され、両親がヨレヨレの不審者を見る。
「うむ、怪しいことこの上ないな」
キュー、とポチも同意してみせる。
「怪しくなどない! 長旅で見た目がくたびれていただけだ!」
反論する不審者に、母親が声をかけた。
「あらぁ? もしかして兄さんではないの?」
Sideポチ
ポチの一日は過酷だ。
朝起きて、コニーの朝の抱擁に耐え抜く。
「おはよー、ポチ! ムギュッ」
「死ぬ! 内臓が出る!」
その後コニーの家族と共に朝ごはん。
「美味しいね、ポチ」
「……内臓がまだ回復しておらず、食欲がないのである」
そして村の学校へ行くコニーのお供をして、村の子供たちにもみくちゃにされる。
「「「ポチだーーー!!」」」
「誰だ、我の毛を抜く奴は! ハゲたらどうする!?」
昼ごはんを食べに帰ってきて、外でコニーと遊ぶ。
「あ、鳥がいる!」
「コニー、追いかけるならば我から手を放せ、こら、藪に突っ込むなと痛タタ……!」
おやつを食べて昼寝をしているうちに、夕方父親とピートが帰ってくる。
「スピスピ……」
「一日で、唯一平穏な時間である……あ、こらコニー、抱きしめるなムギュッ」
家族で夕食を食べて、コニーと一緒に就寝。
思い返せば、一日に何度命の危機を迎えるか数え切れない。子供時代とは、もっと平和なものではないだろうか。それは己の理想でしかなかったのか。他の竜の子は、もっと過酷な試練を受けているのだろうか。ポチは日々思い悩んでいた。
そんなポチが唯一楽しみにしていることがある。それがおやつである。コニーの母親が作るおやつは絶品である。このために一日を耐え抜いていると言っても過言ではない。今日もコニーに何故か尻を撫でられながら、おやつを食しているポチであった。
そんなある日、コニーの家に不審者が現れた。
見咎められた不審者は、魔術師だと言い張っていた。魔術師は都のあたりに住まうもの。都とは、この村からはるか遠くであったはずだ。このような田舎にはるばる来るとは、ヒマな魔術師もいたものである。
ところがその後、不審者はコニーの母親の兄であることが判明した。母親は手紙にコニーが竜を拾ったことを書いたらしく、兄は事実を確認しにやって来たらしい。
――しかし、気になる。
ポチの一族の言い伝えで、魔術師の血は胃腸によいと言われているが本当であろうか。よれよれなこの魔術師の血を飲んでも身体に悪そうに思えるが、試してみるには丁度良いと言える。一口なめるくらいは許されるのではないだろうか。
そんなことをずっと考えて、ポチは魔術師を見ているのであった。
Sideコニー
不審者はペテン師ではなく、なんと母親の兄であった。
「兄さん、来るなら手紙でしらせてくださいな」
母親が呆れた顔で苦情を言った。
「なんだ、ペテン師だって言うから張り切ったのにアンタかよ」
父親は少々がっかり気味だった。期待した何かと違ったらしい。
「……都からはるばるやってきた兄を、労わってはくれないのかメリー」
ペテン師は肩を落としてがっくりした。
そうこうしていると、ピートも家に帰って来た。外で話をすることもないということになり、一家は場所を家の中に移して話をすることにした。
家に招き入れられたおじさんに、コニーは興味津々だ。
「コニーは一度会ったと言っても、赤ちゃんだったから覚えてないわよねぇ」
母親が朗らかに笑った。
「ねぇ、都ってにーちゃんがいたところ?」
「そうよぉ、とっても遠いのよ」
兄のピートは去年まで都の学校に行っていた。そこで仕事を見つけてもよかったのだが、やはり自然が恋しくなったらしい。今では父を手伝って木こり仕事のかたわら、村の学校で勉強を教えている。
「ふーん」
そんな遠いところから、おじさんがなにをしに来たのかも気になるが、さっきからポチのことも気になる。おじさんのことをずっと見ているのだ。
――珍しい食べ物を持っているとかかも。
ポチのこの目は、食べ物を前にしたときの目である。
「おじさん、なにかおいしいもの持ってない?」
「は……、土産か?持ってはきたが食べ物ではないぞ」
コニーが尋ねると、困ったようにおじさんが言う。
「こらコニー、食い意地が張ってるぞ」
父親がコニーをたしなめるが、それに不満そうにコニーは頬を膨らませる。
「ちがうよぉ。ポチがものほしそうにおじさんを見てるからさぁ。なにか持っているのかと思って」
「うむ、魔術師の血は胃腸に良いとされるが、本当かたしかめるチャンスであるからして」
キューキュー、と鳴くポチに、おじさんは嫌そうだ。
「そんな俗説を真に受けないでください。竜の間ではまだ言われているんですか」
「確かめた者の話を聞かぬから、ウソかまことかわかるまい」
「胃腸薬だと思われて、常備薬代わりに連れて行かれたら迷惑です」
「ひとかじりすればわかるやもしれん」
「嫌です」
しばし、おじさんとポチがにらみ合う。その様子をキョロキョロと見ていたコニーは、びっくりして目を丸くしていた。
「すごぉい! おじさんポチの言うことがわかるの!?」