ある騎士の主張
その日、朝から王子様が行方不明であった。
「さがさないでください」
そんな書置きを残して姿を消した王子様を、騎士団とメイドが総出で捜索したものの見つからない。「さあどうする!?」と城中が大混乱の中、当の本人は夕暮れ時にひょっこり帰ってきた。
後に乳母から聞いたという話によると、親友にどうしても相談したいことがあり、竜に乗って出かけていたそうである。
――だったら最初から、そう書置きに書いておけ。
そうしたら城中大捜索など、する必要もなかった。馬小屋を捜索場所に割り当てられた自分は、さんざん馬に邪魔にされてフンまみれになったというのに。
そんなわけで、城に戻ってきた王子様は、青年と少年と黒くて丸い生き物を一緒に連れて帰ってきた。青年が親友で、少年は親友の弟で、黒くて丸い生き物は少年の契約竜であるとか。幼く見えても魔術師であるらしい。
――人は見かけで判断してはならないということだろうか。
いやそれよりも、あんなに丸い竜がいるというのが驚きである。竜というのも多種多様であるらしい。
そんな王子様の客人たちは、城に着いて早々に問題を起こした。なんと客人の弟の方が、正門の敷地にある初代国王の銅像を壊してしまったらしい。
城の者たちは、「罰当たりな」という感想よりも、「どうやって?」という疑問が先に湧いてきた。あんな硬くてデカイもの、どうやったら壊れるというのであろう。
門番の話によると、弟が素手で腕をもいだらしい。幼くても魔術師、摩訶不思議なことをするものだ。
そんなわけで、いくら王子様の客人とはいえ、お咎めなしというわけにもいかない。なので騎士団の副団長の提案で、犯人の弟を初めとして、連帯責任で兄と竜にも、騎士団の仕事である害獣退治を手伝ってもらうことになった。
――あのキツイ仕事を、あんな子供ができるのか?
自分を始めとした騎士たちは、そんな疑問を抱いた。
その翌朝、兄弟と竜は身軽な格好で集合場所に現れた。今からピクニックにでも行くような格好である。
特別な装備らしきものは、兄は腰から剣を下げ、弟は魔術師が使う杖を背負っていた程度。竜が背負っていたリュックには、弁当が入っているらしかった。
これに騎士団長が怒った。
「遊びに行くのではない!」
しかしそんな騎士団長に、兄の方はさわやか笑顔で返した。
「そんな重装備では、できるものもできませんよ」
一方弟の方は、竜とどこで弁当を食べるかの相談をしていた。こっちはまるっきりピクニック気分であった。
こうして、害獣退治は始まった。
騎士たちの兄弟への不安は、無用のものであることが判明した。
兄弟の家は木こりであるらしく、普段から山道を歩きなれているため足取りは軽かった。弟も特に遅れることなく先をゆく兄についていく。
歌すら歌いながら歩いていく兄弟のその余裕ぶりの後方で、騎士団の面々はぜえぜえと息を切らしていた。あの丸い竜にすら遅れるのは、非常に問題であった。
「だから装備が悪いと言ったのに」
そう兄に厭味を言われる始末。
しかしこのことで、山に入る際の装備を見直してもらえるならば、下っ端騎士としてはありがたいものだ。
そんな一行が害獣退治をはじめると、兄弟の独断場になった。
まず、兄は驚くほと身軽であった。あれは人間ではない、何かそういう動物であると言ってもらった方が納得できる。森に逃げた害獣を、木々の間を飛ぶようにして追いかける。そして一撃で急所を襲うのだ。
そして弟の方は規格外であった。杖をかざして「凍れ~」と唱えるだけで、大人の倍くらいの大きさの熊を氷漬けにしてしまった。しかもそれを一人で両手で抱えて、城まで帰ったのだ。この怪力を見ると、銅像を壊したという話も頷けるというものだ。
一つだけ、城にいる魔術師との違いが気になったので、尋ねてみた。
「呪文を唱えないのか?」
弟は、眉を下げて答えた。
「あれ言わないとダメなの? 舌噛むから嫌だなぁ」
嫌だったら呪文は省略できるものらしい。そういえば魔術師でもある副団長が、長ったらしい呪文を唱えている姿を見たことがないかもしれないことに、今更ながらに気が付いた。これから城の魔術師を見る目が変わりそうだ。
ちなみに何故凍らせる魔術なのかと聞くと、以前自宅の裏山で、火の魔術を使えば山火事を起こしかけ、風の魔術を使えばハゲ山にしかけたのだそうだ。母親にたっぷりと怒られたらしく、山で火と風の魔術を使わないと約束したのだそうだ。
そんな兄弟は狩りの後、景色のよい場所で竜が背負ってきた弁当を食べ(竜の仕事はこれだけであった)、氷漬けにした熊を王子様への土産に持って帰った。
兄弟の住んでいる村では、この熊はご馳走らしい。毛皮も傷がついていないので売れるらしい。ちなみにこの熊の毛皮は、土産を喜んだ王子様の部屋の敷物になった。
後からわかったのだが、兄弟はあの、英雄と魔女の子であるらしい。通りでいろいろ凡人と違うはずである。
とりあえず、あの兄弟に喧嘩を売るのは止めたほうがいいと、知らない者に忠告すべきであろうかと思うのであった。




