都での生活 実践編 後編
Sideポチ
ポチは青い竜と一緒に近くの山まで来ていた。近くといってもそれは竜の感覚で、人間では往復一ヶ月の旅になるであろう。
なにゆえこの山まで来たのかというと、ポチの飛行訓練につきあっていた青い竜がアドバイスをくれたからだ。
「ここではなく、もっと風の強い場所でした方がよいやもしれん」
そんなわけでポチは青い竜の背に乗って、特訓場まで移動した。だが、引越し途中に親の背中から落ちたのは、未だ新しい記憶である。ポチは今度は落ちないように、しっかりと青い竜の背中に爪を立て、踏ん張ってしがみついていた。
特訓場に到着したポチは、踏ん張り過ぎて早速バテていた。
「軟弱だな」
「繊細と言って欲しいのである」
少々休憩した後、ポチは青い竜から高く飛ぶコツを教えてもらった。
「よいか、高い場所を飛ぶには強い風がいる。お前は他の竜の子に比べて少々丸いゆえ、より強い風がいるのだ」
どうやら高ければ高いほど、強い風で飛ばねばならないらしい。この特訓場は最初から強い風が吹いているので、ポチでも飛べるだろうということであった。
「万が一落ちたとしても、竜は頑丈にできている。どうということはあるまい」
自分ではないと思って、勝手なことを言う青い竜であった。
「よし! ではやるぞ!」
少々高い崖の上から、ポチは思い切ってババンと飛び出した。
「おお! いいカンジである!」
いつものように落下する様子はなく、安定して飛べている。ポチは上手い具合に風に乗れたようである。
しかし。
くるくるくるくる
ポチは強い風にのれたのはいいが、その風の渦の中で回りはじめてしまった。
「お前、風に遊ばれているぞ」
特訓の道のりは、けっこう遠いようである。
それから、日が暮れ始めるまで特訓をした。
「……疲れたのである」
ポチは潰れた饅頭のように、べっしょりとなっていた。
特訓の成果は、あったといえばあったし、なかったといえばなかった。少なくとも、ポチは風にのるということがへたくそであるということがわかった。あまりにくるくる回り過ぎて、三半規管が鍛えられたのが、成果といえば成果だ。
「お前、可哀想な奴だな」
ポチのあまりのみそっかすぶりに、青い竜は同情を禁じえないでいた。
「お前の親竜は、どのような竜なのであろうな」
親の教育が悪いのか、はたまた親もポチに劣らず不器用な性質なのか。ポチがコニーと一緒にいるようになったいきさつを聞くと、後者のような気がする青い竜であった。
「そろそろ帰るか、コニーが心配するゆえ」
「……腹が空いたのである」
がんばりすぎてエネルギー不足を起こして、一歩も動けないポチを、仕方がないので青い竜がくわえて飛んでいくのであった。
Sideコニー
ポチが帰ってきた。
コニーは最初、ポチがどこにいるのか分からなかったが、青い竜がくわえている灰色毛玉がポチだと気付いたのは、毛玉が腹の虫を鳴らしたからである。
「またばっちくなったね、ポチ」
灰色毛玉となったポチを、つんつんとつつくコニー。
「何度も崖から落ちたゆえな」
話す元気もないポチの代わりに、青い竜が説明する。
ピクニックで崖から落ちるなんて、途中で遭難でもしたのだろうか。それはさぞサバイバルなピクニックであっただろう。
「ポチ、ご飯の前にお風呂に入ろうね」
ポチは答える代わりに、尻尾をふりふりしていた。
「ところでコニー、後ろの白い竜はどなたかな」
青い竜は、コニーの後ろにずっといたポチの父親のことを尋ねた。
「うんとね、ポチのとーちゃん!」
コニーが振り向くと、ポチの父親はなにかにひどくショックを受けている様子であった。
「お待たせ、これがポチだよ!」
コニーは灰色毛玉なポチを、よいしょっと持ち上げてみせた。
「……丸い、そして汚い。姿のよさで定評のある我が一族の子が」
デカイ図体でよよよ、と泣き崩れるポチの父親。背後で泣かれると非常に鬱陶しかった。
「えー、これくらいがぽちゃっとしてて可愛いのに」
コニーの好みの体型を維持しているポチのことを、ポチの父親はお気に召さなかったらしい。
「文句を言うな、そもそも落として気付かなかったお主が悪いのだ」
青い竜も鬱陶しかったらしい。白い竜をしかりつけてくれた。
「今日は竜の子も疲れているゆえ、こやつは我が連れて行こう」
「ほんと? 助かっちゃった」
コニーは青い竜の提案に喜ぶ。ポチの父親と一緒に帰った時から、おじさんから邪魔だという苦情がずっときていたのだ。
「ほれ、行くぞ」
「我が子よ~」
めそめそしているポチの父を、青い竜が蹴飛ばしながら飛んでいった。
その様子をコニーはしばらく眺めていたが。
「帰ろうかポチ」
「腹が減ったのである……」
灰色毛玉なポチを風呂に入れるべく、コニーはよいしょと抱えておじさんの家に帰っていくのであった。
Sideポチ
特訓の翌日、ポチは父親と話をすることになった。しなくていいとポチは思うのだが、うるさいので一回話をしてやれと青い竜に言われたのだ。どこまでも迷惑な父親である。
青い竜に言われた場所に、コニーと一緒に向かうと、白い小山が迫ってきた。
「息子よ~!!」
潰されそうな勢いで突進してくる小山もとい父親を、とりあえずポチは避けた。
どしーん!
結構な地響きを起こして、父親は正面の森に突進してこけた。
「どうして避ける!?」
木の葉を体中につけた父親が、涙目で責める。
「つぶされるのは嫌であるゆえ」
それに冷めた返事をするポチ。
ちなみにコニーは立会竜である青い竜のところにちゃっかり避難し、離れた場所で見物していた。
「父との再会がうれしくないのか我が子よ!?」
身体中木の葉まみれの姿の白い竜が涙で目をウルウルさせても。ポチはドン引きするばかりである。
もう帰りたくなったポチだったが、ここで大切な決意を思い出した。
「ああそうだ。父よ、ちょっと伏せるといい」
ポチがお願いすると、父親はしゅたっと伏せた。その姿はまさしく犬であった。
ちょうど目の前にきた父親の顔の、鼻っ面目掛けて、ポチは思いっきり火を吹いた。今回は咽ることなく、煙も少ししか出ずに火を吹けた。
「おお、成功したな」
上手に火を吹けたポチを、青い竜が褒める。
「あちぃっ! こげる!!」
一方の父親はきゃんきゃん騒いで、ちょっとだけ燃えた鼻先の毛に息をふーふー吹きかける。
「何をする我が子よ! 一族でも見目良いと評判の私の顔に!」
父親はちょっとナルシストが入っているらしい。
しかしそんな父親を、ポチはジト目で睨む。
「よくも我を落としたばかりか、誰も助けにこなかったな」
落とした方は忘れても、落とされた方はあのときの恨みは忘れない。父と息子の間にある溝は海よりも深かった。
その後、すごすごと帰っていくポチの父親を眺めながら、結局何をしにきたのであろうかと首を傾げるコニーなのであった。




